64 / 67
64.あなたのそばで
しおりを挟む
「フィルさん、ちょっと恥ずかしいです」
「断る。せっかく時間がとれたのだから、このままがいい」
中庭の東屋で、ユーリはフィルの膝の上に横向きに座ったまま、焼き菓子を口に運ばれるという羞恥プレイを強要されていた。
チヤ王女に教えられたことによると、竜人の給餌行為は、熱烈な求愛行為らしいのだが、ユーリの常識からするとありえないぐらいに恥ずかしい行為である。
あれから、イングリッドは拘束され、今は母国サランナータと引き渡しについて調整中となっている。あのときフィルと共に助けに来てくれたエクセには申し訳ないが、外交担当である以上、彼が適任なことは間違いなかった。
「あの、もうイングリッドさんはいないわけですし、もう無茶なことはしませんよ?」
無事に助け出された後、しばらく離して貰えなかったことを思い出して告げるが、フィルは首を横に振って「俺がこうしていたいだけだ」と解放するようすはない。
仕方なく、ユーリは観念することにした。それに、これから話そうとしている内容は、彼の顔を真正面から見ない方がきっとスムーズに口にできる、とポジティブに考える。
「……あのとき、あの洞窟でイングリッドさんから色々と言われたときに、思ったことがありまして」
「なんだ?」
「イングリッドさんは、ただひたすら自分の知識欲を満たしたいだけのように思えました。その知識が危険なものかもしれないのに、迷うことなく我欲のために」
「そうだろうな。あの魔女はそういう性格だ」
フィルは魔物の大侵攻のときのイングリッドの行状を思い出し、深く頷いた。
「でも、フィルさんや、フィルさんの周りの人たちは違います。私の意思を尊重してくれますし、私が持ち込んだ知識を、広く還元しようと動いてくれる。だから、彷徨い人として、先に出会ったのがフィルさんで、本当に良かったと思ったんです」
ユーリの頭に、フィルの武骨な手が乗せられた。まるで褒めるように撫でられると、自然とユーリの緊張がほどけていく。
「過去の為政者の中には、彷徨い人を囲い込み、いいように扱った者もいた。だからこそ、彷徨い人を秘匿してはならないと言われている」
「はい。近くお披露目をしなければならない、と王妃様から伺いました」
国の威信をかけてお披露目の衣装を作るのだと瞳を輝かせていたことを思い出し、ユーリは小さく身震いをした。
「大丈夫か」
「大丈夫です。ちょっとこれから大変だなって思っただけなので」
ユーリは「話が少し脱線したな」と思って、一つ、咳払いをする。
「フィルさん。……私、どう言ったらいいのか分からないんですけど、フィルさんの隣でなら、きっと楽に息ができると思うんです」
「? あれから、うっかりユーリを抱き潰さないように気をつけているが」
「ふふっ、そういう話じゃないんです。もう、フィルさんには率直に言いますね」
ユーリはフィルの顔をそっと見上げた。
「フィルさんの隣でなら、長い年月でも安心して生きていけそうかな、って」
「! ……それは、もしや」
フィルの表情がじわじわと喜色を帯びていく。ユーリはそれを見つめながら、恥ずかしげに小さく頷いた。
「私の名前は、潮 日向って言います。あ、この世界で言うなら、ヒナタ・ウシオでしょうか。ヒナタが名前で、ウシオが名字――家名なので」
「ヒナタ?」
「はい」
「ヒナタ。そうか、ヒナタか……」
陶然と彼女の名前を繰り返していたフィルだったが、何かに気付いたように慌てて周囲を見回す。誰もいないことを確認してから胸をなで下ろすと、ゆっくりユーリに向けて顔を近づけた。
「ユー……ヒナタ」
「はい」
ゆっくりと引かれ合うように違いの距離が縮まり、唇が重なる。どちらからともなく離れ、元の距離に戻ったところで、フィルがあっさり暴走した。
突然、自分の親指の先を噛み切ったのだ。
「え、ちょっと、フィルさん? 何を……むぐっ」
前触れなく血の滲む親指を口の中に入れられ、ユーリは目を白黒させた。一体何を、と問いかける間もなく、フィルは今度はユーリの親指の先に小さな傷を作り、自分の口に含む。
『我フィル・リングルスはヒナタ・ウシオと命脈の絆を結び、彼女を唯一無二の相手として守り尊び、運命を共にすることを誓う!』
フィルの宣言が終わるや否や、ユーリの全身に温かい風が吹き渡った。それが風そのものではなく、番の誓約が為されたことによるものだと知るのは、後のことである。
「え、フィルさん……?」
「あぁ、少し巻き戻ったか。だが、違和感はないな」
もしや、とは思うものの、未だに実感のないユーリに向かって、フィルは空気中の水分を集め、空中に水鏡を作った。
「え? 嘘、こんなことって……」
ユーリは自分の頬に手を当てた。劇的に変わったわけではないが、顔の輪郭や肌の感じに違和感がある。
「寿命の変化に引きずられて外見が少し若返ったかもしれない。だが、そこまで劇的なものではないから、気付かれることもないだろう」
「えええぇぇぇっ! 聞いてないですよ、そんなの!」
また知らない常識に翻弄された、と嘆くユーリの元に、大声を聞きつけた者が駆けつけてくる。だが、そんなことお構いなしで、ようやく番を自分の庇護下に入れることができたフィルは、愛する彼女にキスの雨を降らせるのだった。
「断る。せっかく時間がとれたのだから、このままがいい」
中庭の東屋で、ユーリはフィルの膝の上に横向きに座ったまま、焼き菓子を口に運ばれるという羞恥プレイを強要されていた。
チヤ王女に教えられたことによると、竜人の給餌行為は、熱烈な求愛行為らしいのだが、ユーリの常識からするとありえないぐらいに恥ずかしい行為である。
あれから、イングリッドは拘束され、今は母国サランナータと引き渡しについて調整中となっている。あのときフィルと共に助けに来てくれたエクセには申し訳ないが、外交担当である以上、彼が適任なことは間違いなかった。
「あの、もうイングリッドさんはいないわけですし、もう無茶なことはしませんよ?」
無事に助け出された後、しばらく離して貰えなかったことを思い出して告げるが、フィルは首を横に振って「俺がこうしていたいだけだ」と解放するようすはない。
仕方なく、ユーリは観念することにした。それに、これから話そうとしている内容は、彼の顔を真正面から見ない方がきっとスムーズに口にできる、とポジティブに考える。
「……あのとき、あの洞窟でイングリッドさんから色々と言われたときに、思ったことがありまして」
「なんだ?」
「イングリッドさんは、ただひたすら自分の知識欲を満たしたいだけのように思えました。その知識が危険なものかもしれないのに、迷うことなく我欲のために」
「そうだろうな。あの魔女はそういう性格だ」
フィルは魔物の大侵攻のときのイングリッドの行状を思い出し、深く頷いた。
「でも、フィルさんや、フィルさんの周りの人たちは違います。私の意思を尊重してくれますし、私が持ち込んだ知識を、広く還元しようと動いてくれる。だから、彷徨い人として、先に出会ったのがフィルさんで、本当に良かったと思ったんです」
ユーリの頭に、フィルの武骨な手が乗せられた。まるで褒めるように撫でられると、自然とユーリの緊張がほどけていく。
「過去の為政者の中には、彷徨い人を囲い込み、いいように扱った者もいた。だからこそ、彷徨い人を秘匿してはならないと言われている」
「はい。近くお披露目をしなければならない、と王妃様から伺いました」
国の威信をかけてお披露目の衣装を作るのだと瞳を輝かせていたことを思い出し、ユーリは小さく身震いをした。
「大丈夫か」
「大丈夫です。ちょっとこれから大変だなって思っただけなので」
ユーリは「話が少し脱線したな」と思って、一つ、咳払いをする。
「フィルさん。……私、どう言ったらいいのか分からないんですけど、フィルさんの隣でなら、きっと楽に息ができると思うんです」
「? あれから、うっかりユーリを抱き潰さないように気をつけているが」
「ふふっ、そういう話じゃないんです。もう、フィルさんには率直に言いますね」
ユーリはフィルの顔をそっと見上げた。
「フィルさんの隣でなら、長い年月でも安心して生きていけそうかな、って」
「! ……それは、もしや」
フィルの表情がじわじわと喜色を帯びていく。ユーリはそれを見つめながら、恥ずかしげに小さく頷いた。
「私の名前は、潮 日向って言います。あ、この世界で言うなら、ヒナタ・ウシオでしょうか。ヒナタが名前で、ウシオが名字――家名なので」
「ヒナタ?」
「はい」
「ヒナタ。そうか、ヒナタか……」
陶然と彼女の名前を繰り返していたフィルだったが、何かに気付いたように慌てて周囲を見回す。誰もいないことを確認してから胸をなで下ろすと、ゆっくりユーリに向けて顔を近づけた。
「ユー……ヒナタ」
「はい」
ゆっくりと引かれ合うように違いの距離が縮まり、唇が重なる。どちらからともなく離れ、元の距離に戻ったところで、フィルがあっさり暴走した。
突然、自分の親指の先を噛み切ったのだ。
「え、ちょっと、フィルさん? 何を……むぐっ」
前触れなく血の滲む親指を口の中に入れられ、ユーリは目を白黒させた。一体何を、と問いかける間もなく、フィルは今度はユーリの親指の先に小さな傷を作り、自分の口に含む。
『我フィル・リングルスはヒナタ・ウシオと命脈の絆を結び、彼女を唯一無二の相手として守り尊び、運命を共にすることを誓う!』
フィルの宣言が終わるや否や、ユーリの全身に温かい風が吹き渡った。それが風そのものではなく、番の誓約が為されたことによるものだと知るのは、後のことである。
「え、フィルさん……?」
「あぁ、少し巻き戻ったか。だが、違和感はないな」
もしや、とは思うものの、未だに実感のないユーリに向かって、フィルは空気中の水分を集め、空中に水鏡を作った。
「え? 嘘、こんなことって……」
ユーリは自分の頬に手を当てた。劇的に変わったわけではないが、顔の輪郭や肌の感じに違和感がある。
「寿命の変化に引きずられて外見が少し若返ったかもしれない。だが、そこまで劇的なものではないから、気付かれることもないだろう」
「えええぇぇぇっ! 聞いてないですよ、そんなの!」
また知らない常識に翻弄された、と嘆くユーリの元に、大声を聞きつけた者が駆けつけてくる。だが、そんなことお構いなしで、ようやく番を自分の庇護下に入れることができたフィルは、愛する彼女にキスの雨を降らせるのだった。
8
あなたにおすすめの小説
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる