悪役令嬢が出演しない婚約破棄~ヒロインの勘違い~

鷲原ほの

文字の大きさ
2 / 10
本編

2. 思い込みって怖いよねー

しおりを挟む
 
 放課後の空き教室で、怪しげな二人の学院生が私欲に塗れ、悪巧みのため顔を突き合わせていた頃と同じ時刻。
 似た年頃の男女が温かな陽光に照らされて、見事な屋上庭園に設けられたお茶席で給仕を受けている。
 建物は文化都市マギステラにある貴族街。各国の領事館を兼ねた邸宅の並ぶ一角にあって、区画最大の敷地面積を誇るアリストラス王国の大豪邸である。
 若き才能が集う情熱から遠く、人気の少ない校舎の寂しさとも違う、上品な静けさのみが空間を満たす。

「あの子たち、未だにあの計画を進めているみたいね」

 用意されていた焼き菓子を一口、女性の呆れたような口調から会話は始まった。
 淡い金糸を思わせる、柔らかなロングヘアを靡かせる彼女の名前はエミリア・ジルザンクト。
 アリストラス王国の名門貴族ジルザンクト侯爵家に名を連ねる者であり、国立マギステラ高等学院をもうすぐ卒業する予定の令嬢である。

「らしいね~。自分達が思い描いたシナリオと合わせるために、卒業式から舞踏会へ移ったところで婚約破棄。そのための準備もそろそろ終わりが見えてきたらしいよ」

 エミリアの向かいに座り、自らの情報網から得た報告を交えて困ったねと返したのは、彼女と同い年の婚約者。
 ステファント王国と隣接する、大陸最大の国土を誇る魔導大国であるアリストラス王国の第一王子。
 そして、五年前に王位を継承した父親こくおうから早々に後継ぎの指名を受けた、アリストラス王国の未来を担う皇太子である。
 使われていない教室に何度も集まっていれば、それなりに小道具を探られることもあるだろう。警戒しているのが、自分達だけとは限らないのだから。

「本当に、誰も気が付いていないのかな?」
「思い込みって怖いよねー」

 皇太子とその婚約者のやり取りと言うには緩い、砕けた会話を交わしている理由は、お互いに日本人としての前世を思い出しているから。
 公の場はともかく、他人の目がなくなる憩いの場になると慣れ親しんだ動作や口調が出てきてしまうくらい心安い間柄だ。
 今は同じ十八歳だが、数年ほど長く社会人をしていたエミリアは、カップのミルクティーをくるくるとかき混ぜ続けるアルバートを愛おしそうに見守っている。

「一つだけ事実を見逃しているとか、そういうお話ではないのですけどねぇ……」
「ねー」

 自分の適温となったと判断したアルバートが、カップを持ち上げてこくこくと喉を鳴らした。
 彼等が領事館の屋上庭園で寛いでいるのは、アリストラス王国が用意している寄宿舎ではなく、こちらから高等学院へ通っているから。
 元から高度な設備と警備を施されているという理由と、下級貴族出身者の多い寄宿舎では要らぬ気遣いをさせてしまうという理由がある。
 また、大国の皇太子と皇太子妃候補が揃っていることから、様々な勢力から交流が持ち掛けられる。その都度、警護を整えて移動してくるくらいなら、会合場所の近隣に普段から控えてもらっていた方が捗るというもの。

「本当に……、知っている小説の世界かもっていう興味本位、どういう顛末になるかなって眺めてみたいと留学してきただけなんだけどなぁ……」

 焼き菓子をもふもふと齧る彼は、小説の舞台に楽しむより戸惑いの気持ちが大きくなっている。
 馬鹿騒ぎだって痴情の縺れだって、自分が関わらないところから見学しているだけなら楽しめるというもの。
 ちなみに、アルバートこと福富ふくとみ朝比あさひは、異世界転生ものを好んで読んでいた。そして、実姉の影響という名の強制により恋愛小説なども嗜まされていた。
 感想を聞いてみたいから、あんたもこれを読んでみなさいと書籍を頭に置かれたことが数度どころではなく記憶にあるのだ。
 だから、彼が知るイベントがヒロインに尽くスルーされ、それなのに卒業式に一大イベントを画策しているのだ、困惑ばかりが積み重なっても仕方ないだろう。

「登場人物に転生する小説でよくあるという、物語の強制力、的なー……、そういう不思議な現象は確認されていないんですよね?」
「現状を考えるとないはず、という結論になるんだけど……、流れが自分達にあると信じて疑わないらしいよ」

 首を傾げたタイミングでさらりと目に掛かった金髪を、アルバートは長くなったなと摘まんでから人差し指でぴんと払い除けた。
 ヒロインだから世界が自分に合わせてくれるなんて、そこまで都合良いわけがないと思っている。自分やエミリアだって、相応の努力をして今の地位を維持しているのだから。

「そもそも、あれで悪役令嬢って言えるか微妙なんだけどなー。書籍を知るお仲間に聞いてみても、あそこまで自信満々になれる理由が分からないって感じだし……」

 彼等が顔見知りとなった転生者仲間は相当数になる。そして、生まれや年代も様々だ。
 実在する聖地になったと、国立マギステラ高等学院へ女教師として潜り込んでいた物好きもいるくらい。
 それとなく男女関係の乱れを注意してみれば、平凡顔のモブがヒロインの邪魔をするなと文句を言って去って行ったらしい。虜にしている王子や令息達と合流していなければ、思いっ切り頭を叩いてやりたかったと愚痴を聞かされたりもした。

「追い落とすことに成功すれば、権力を得られると思い込むのも分からなくはないけど……」

 しかし、目論見が成功するはずがないと認識しているエミリアは首を振る。

「物語通りの結末を本当に得たいなら、努力する方向が圧倒的に違うんだよなー」

 ステファント王国の制度を知るアルバートも合わせて首を振った。
 それから運ばれてきたチョコムースを一口、沈みゆく太陽に、散りゆく夕焼け雲に目を向ける。

「もしかしたら、もう一つあったらしい展開が優位になっているとかはないのかな?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

これぞほんとの悪役令嬢サマ!?〜掃討はすみやかに〜

黒鴉そら
ファンタジー
貴族の中の貴族と呼ばれるレイス家の令嬢、エリザベス。彼女は第一王子であるクリスの婚約者である。 ある時、クリス王子は平民の女生徒であるルナと仲良くなる。ルナは玉の輿を狙い、王子へ豊満な胸を当て、可愛らしい顔で誘惑する。エリザベスとクリス王子の仲を引き裂き、自分こそが王妃になるのだと企んでいたが……エリザベス様はそう簡単に平民にやられるような性格をしていなかった。 座右の銘は”先手必勝”の悪役令嬢サマ! 前・中・後編の短編です。今日中に全話投稿します。

ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

婚約破棄された公爵令嬢は数理魔法の天才

希羽
ファンタジー
この世界では、魔法は神への祈りとされる神聖な詠唱によって発動する。しかし、数学者だった前世の記憶を持つ公爵令嬢のリディアは、魔法の本質が「数式による世界の法則への干渉」であることを見抜いてしまう。 ​彼女が編み出した、微分積分や幾何学を応用した「数理魔法」は、従来の魔法を遥かに凌駕する威力と効率を誇った。しかし、その革新的な理論は神への冒涜とされ、彼女を妬む宮廷魔術師と婚約者の王子によって「異端の悪女」の烙印を押され、婚約破棄と国外追放を宣告される。 ​追放されたリディアは、魔物が蔓延る未開の地へ。しかし、そこは彼女にとって理想の研究場所だった。放物線を描く最適な角度で岩を射出する攻撃魔法、最小の魔力で最大範囲をカバーする結界術など、前世の数学・物理知識を駆使して、あっという間に安全な拠点と豊かな生活を確立する。 ​そんな中、彼女の「数理魔法」に唯一興味を示した、一人の傭兵が現れる。感覚で魔法を操る天才だった彼は、リディアの理論に触れることで、自身の能力を飛躍的に開花させていく。 ​やがて、リディアを追放した王国が、前例のない規模の魔物の大群に襲われる。神聖な祈りの魔法では全く歯が立たず、国が滅亡の危機に瀕した時、彼らが頼れるのは追放したはずの「異端の魔女」ただ一人だった。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

処理中です...