悪役令嬢が出演しない婚約破棄~ヒロインの勘違い~

鷲原ほの

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本編

3. 未読だったんだよねー……

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「え、あー、あれでしょ……、恋愛小説の登場人物を基本にしているけど、ヒロイン側がざまぁされちゃうっていう新作」

 エミリアの指摘に、アルバートの記憶が底の方から可能性を引っ張り出してきた。
 それは、日本の記憶として残る最終日の、お昼休みの出来事。
 残念な転生者を絡めて、努力する方向を間違えた成り上がり令嬢が破滅する方向で書き進めてみたとお知らせが入っていた、そんな文章を見た覚えがある。

「そう、何故かそっちの展開もあったらしいのよね?」
「わたくし、さすがにそっちは未読だったんだよねー……」

 社会人一年目には帰宅するまで余裕なんてなくて、作者から届いたお知らせの内容しか掴めていない。
 とは言え、作品群を全て積極的に読んでいたわけでもなく、時間があっても未読だった可能性はかなりある。書籍になっていない作品は感想を聞かれることも稀だったわけだし。

「オリヴィアに、もう少し詳しく聞いておけば良かったかな」

 エミリアが日の昇る、王都ステファードの方角に顔を向けた。
 同席していないオリヴィア・マークシアとは、ステファント王国の貴族令嬢だ。
 幼少期の交流会にて出会い、彼女に物語の世界かもという情報を初めて提供してくれた転生者でもある。

「強制力がないと思い込んでいたのは我々も、だったと……」
「判断に困りますよね、我々だけだと」

 エミリアには、彼女がお知らせを受けて直後に読み始めていたと、そう話していた覚えがある。悪役令嬢に貶められた主人公がやり返す展開も口にしていたはずなのだ。
 だから、舞台の高等学院から遠い場所にいる彼女を、あまり投稿小説を読んでいなかった自分より詳しく分析できるだろうと縋りたくて名前を出してしまった。
 ちなみに、努力が実り王子様と結ばれてハッピーエンドを迎えたヒロインがやり返される投稿小説が、何故作者本人によって描かれたのか。
 それは、ヒロインの子爵令嬢をだんだん実在の誰かと結び付けてしまい、書き進めてエンディングへ近付くたび、漂い始めたぶりっ子具合に腹が立つようになったという作者自信の鬱憤を晴らすためだ。
 八つ当たりだと分かっていても、すっきりするために性格がさらに寄せられていたとかいないとか。

「そうなんだけど……、だからといって卒業式までに会う機会を設けるのも難しいよね?」
「そうなのですよね、あちらはあちらで重要な式典の準備に携わっていますから」

 頼りたいが、馬車で三日掛かる王都ステファードにいる彼女と顔を合わせるためには時間が足りない。
 そもそも、隣国の皇太子や侯爵令嬢とはいえ、要望を出したその日に会合というのは難しいだろう。

「姉上に手紙を出すにしてもなー」
「卒業式までにお返事が届きませんからね」

 国境を越えてアリストラス王国の王都まで、早馬でも七日は掛かってしまう。
 もう一人の理解していそうな相手と手紙を往復させる時間も残されていなかった。

「どちらにせよ、あの方達は周囲の話を聞いてくださいませんからねぇ」

 当人達にしてみれば、運命を左右する作戦を実行中なのである。他国の人間に横槍を入れられたくはないと拒絶しそうだ。

「そうか、詳しく分かったところで面倒事が起こることは変わらない、かぁ……」
「なのですよねぇ……」
「近付く学院生を選り好みするようにもなっていたもんね」

 お仲間から拙いかもしれないと問題の報告を聞いたときには、周囲の取り巻き子弟が役に立たなそうな下級貴族などを排除するようになっていた。
 自分達の取り分を減らさないためなのか、漏洩を恐れ慎重になっているのかは分からない。それでも、首謀者を中心にして結束は強くなっているだろう。
 影響力のありすぎる隣国の王子や侯爵令嬢の接近には必要以上に警戒するのだ。己の疚しさを探られていると思うのかもしれない。

「本当に、ざまぁされちゃう方なんじゃないかって思えてきたよ」
「舞踏会で騒ぎ出したら、あなたに間違いを訂正する役目がお願いされそうね」
「え……? ぅえ、マジで……?」

 チョコムースを咥えようとしたところで動きが止まった。
 あいつらと話し合う役目が回ってくるのと驚きが駆け巡る。

「だって、対等な立場で間違いを訂正できるとしたら、大国の王子という身分が必要だと思いますよ」

 背筋を伸ばすようなエミリアの変化に、アルバートの背中が丸まっていく。

「この国の王子様だもんなぁ……」

 影響力のあるステファント王国の王子は、どれほど残念王子と馬鹿にされていようとそれなり以上の遠慮を引き出してしまう。
 都合の悪いことに、王宮へ戻ってから改めて祝いの席を設けるらしく、息子の卒業式に国王陛下の臨席は予定されていない。
 叱り付けられる良識の保護者が参加しないのだ。そうなると、事実を語れる人物は限られてくる。

「一応みたいな認識ですけど、まだ殿下ですからね」
「そうか、会場入りして待機をしているときに騒ぎ出すと、たぶん学院長が来ていないから……」

 徐々にそうなるかもという気がしてきて、アルバートはちょっとだけ覚悟を決めるか迷う。
 しかし、もうそうなるような予感しかしていないことは、心のどこかで認めている、無駄な抵抗を試みているだけで。

(さすがに、巻き込まれる流れじゃ、ないはずだよな……、誰かそう言っておくれぇ……)

 傍観者の気分だったのにと、小さく溜め息を漏らした彼は気が付いていない。
 この世界が、元々感想を強要していた姉君が生み出していた物語が基礎となっていることを。
 そして、その創造主げんさくしゃが登場人物に転生していないのなら、おかしな強制力はなさそうねと判断して、現世も姉上として君臨しながら、のんびりと王家の別荘で婚約者と土弄りを楽しんでいることを。
 すなわち、アルバート君はとっくに巻き込まれているのである、これ幸いと面倒なことを弟に押し付けた姉によって。
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