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本編
2. 思い込みって怖いよねー
しおりを挟む放課後の空き教室で、怪しげな二人の学院生が私欲に塗れ、悪巧みのため顔を突き合わせていた頃と同じ時刻。
似た年頃の男女が温かな陽光に照らされて、見事な屋上庭園に設けられたお茶席で給仕を受けている。
建物は文化都市マギステラにある貴族街。各国の領事館を兼ねた邸宅の並ぶ一角にあって、区画最大の敷地面積を誇るアリストラス王国の大豪邸である。
若き才能が集う情熱から遠く、人気の少ない校舎の寂しさとも違う、上品な静けさのみが空間を満たす。
「あの子たち、未だにあの計画を進めているみたいね」
用意されていた焼き菓子を一口、女性の呆れたような口調から会話は始まった。
淡い金糸を思わせる、柔らかなロングヘアを靡かせる彼女の名前はエミリア・ジルザンクト。
アリストラス王国の名門貴族ジルザンクト侯爵家に名を連ねる者であり、国立マギステラ高等学院をもうすぐ卒業する予定の令嬢である。
「らしいね~。自分達が思い描いたシナリオと合わせるために、卒業式から舞踏会へ移ったところで婚約破棄。そのための準備もそろそろ終わりが見えてきたらしいよ」
エミリアの向かいに座り、自らの情報網から得た報告を交えて困ったねと返したのは、彼女と同い年の婚約者。
ステファント王国と隣接する、大陸最大の国土を誇る魔導大国であるアリストラス王国の第一王子。
そして、五年前に王位を継承した父親から早々に後継ぎの指名を受けた、アリストラス王国の未来を担う皇太子である。
使われていない教室に何度も集まっていれば、それなりに小道具を探られることもあるだろう。警戒しているのが、自分達だけとは限らないのだから。
「本当に、誰も気が付いていないのかな?」
「思い込みって怖いよねー」
皇太子とその婚約者のやり取りと言うには緩い、砕けた会話を交わしている理由は、お互いに日本人としての前世を思い出しているから。
公の場はともかく、他人の目がなくなる憩いの場になると慣れ親しんだ動作や口調が出てきてしまうくらい心安い間柄だ。
今は同じ十八歳だが、数年ほど長く社会人をしていたエミリアは、カップのミルクティーをくるくるとかき混ぜ続けるアルバートを愛おしそうに見守っている。
「一つだけ事実を見逃しているとか、そういうお話ではないのですけどねぇ……」
「ねー」
自分の適温となったと判断したアルバートが、カップを持ち上げてこくこくと喉を鳴らした。
彼等が領事館の屋上庭園で寛いでいるのは、アリストラス王国が用意している寄宿舎ではなく、こちらから高等学院へ通っているから。
元から高度な設備と警備を施されているという理由と、下級貴族出身者の多い寄宿舎では要らぬ気遣いをさせてしまうという理由がある。
また、大国の皇太子と皇太子妃候補が揃っていることから、様々な勢力から交流が持ち掛けられる。その都度、警護を整えて移動してくるくらいなら、会合場所の近隣に普段から控えてもらっていた方が捗るというもの。
「本当に……、知っている小説の世界かもっていう興味本位、どういう顛末になるかなって眺めてみたいと留学してきただけなんだけどなぁ……」
焼き菓子をもふもふと齧る彼は、小説の舞台に楽しむより戸惑いの気持ちが大きくなっている。
馬鹿騒ぎだって痴情の縺れだって、自分が関わらないところから見学しているだけなら楽しめるというもの。
ちなみに、アルバートこと福富朝比は、異世界転生ものを好んで読んでいた。そして、実姉の影響という名の強制により恋愛小説なども嗜まされていた。
感想を聞いてみたいから、あんたもこれを読んでみなさいと書籍を頭に置かれたことが数度どころではなく記憶にあるのだ。
だから、彼が知るイベントがヒロインに尽くスルーされ、それなのに卒業式に一大イベントを画策しているのだ、困惑ばかりが積み重なっても仕方ないだろう。
「登場人物に転生する小説でよくあるという、物語の強制力、的なー……、そういう不思議な現象は確認されていないんですよね?」
「現状を考えるとないはず、という結論になるんだけど……、流れが自分達にあると信じて疑わないらしいよ」
首を傾げたタイミングでさらりと目に掛かった金髪を、アルバートは長くなったなと摘まんでから人差し指でぴんと払い除けた。
ヒロインだから世界が自分に合わせてくれるなんて、そこまで都合良いわけがないと思っている。自分やエミリアだって、相応の努力をして今の地位を維持しているのだから。
「そもそも、あれで悪役令嬢って言えるか微妙なんだけどなー。書籍を知るお仲間に聞いてみても、あそこまで自信満々になれる理由が分からないって感じだし……」
彼等が顔見知りとなった転生者仲間は相当数になる。そして、生まれや年代も様々だ。
実在する聖地になったと、国立マギステラ高等学院へ女教師として潜り込んでいた物好きもいるくらい。
それとなく男女関係の乱れを注意してみれば、平凡顔のモブがヒロインの邪魔をするなと文句を言って去って行ったらしい。虜にしている王子や令息達と合流していなければ、思いっ切り頭を叩いてやりたかったと愚痴を聞かされたりもした。
「追い落とすことに成功すれば、権力を得られると思い込むのも分からなくはないけど……」
しかし、目論見が成功するはずがないと認識しているエミリアは首を振る。
「物語通りの結末を本当に得たいなら、努力する方向が圧倒的に違うんだよなー」
ステファント王国の制度を知るアルバートも合わせて首を振った。
それから運ばれてきたチョコムースを一口、沈みゆく太陽に、散りゆく夕焼け雲に目を向ける。
「もしかしたら、もう一つあったらしい展開が優位になっているとかはないのかな?」
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