悪役令嬢が出演しない婚約破棄~ヒロインの勘違い~

鷲原ほの

文字の大きさ
1 / 10
本編

1. 選択を間違えた自業自得

しおりを挟む
 
 大陸南東部を国土とするステファント王国は、季候も良く恵まれた国家だ。
 天然の要害に守られた王都ステファード、大陸公路の分岐点にある商業都市グランフィア、穏やかな内海に面した港湾都市ウリヒャール。
 そして、同盟国から多くの王侯貴族が学びに訪れる文化都市マギステラまでが都市として安定している。
 耕作地も多く穀物の実りも豊か、周辺諸国の仲介役を務めながら長く繁栄を続けてきた。

「ふふふ、物語のフィナーレももうすぐね」

 怪しげな笑い声が聞こえてきたのは、落ち着いた雰囲気に包まれた文化都市にある最高学府、国立マギステラ高等学院にある一つの空き教室。
 そこは建物として古く日常的に使われていない、他者の気配も遠く静かな空間だ。
 王侯貴族のみ通うことを許される学び舎にいること、女子学院生の制服を着用していることから、青髪の彼女は貴族の令嬢であると思われる。

「ああ、俺の婚約者として相応しくない行動、学院で犯した悪事の証拠も揃えておいた。これなら、いかに名家の侯爵令嬢といえども言い逃れはできないだろうさ」

 切り刻まれた女子学院生の制服や、水浸しになり波打ったり背表紙からズタズタに断たれたりした教科書を挟んで、男子学院生の制服を着用している緑髪の彼も笑みで答えた。

「あの悪役令嬢も転生者だったのか、婚約破棄から破滅する流れを変えようと必死に無駄な抵抗をしていたみたいだけど、……ぷふふ」
「ああ、婚約者として俺様と仲良くなれるようにすれば良いものを……、ずっと他人のような素っ気ない対応で通しやがったからな」

 物語の筋書き通りに事を進めるのは我々だと、楽しそうに頷き合う。

「まぁ、選択を間違えた自業自得ってことね、ちょっと日常会話をするだけで気付くでしょうにねぇ」
「そうなるよなー。こちらに協力するなら、いろいろと待遇も考えてやったものをなぁ……、……くふふ」

 男子学院生の脳裏に浮かぶものは、ドレスを着熟す美しい侯爵令嬢の立ち姿。
 そして、その麗しい中身。
 婚約者なのだからとそれとなく肉体関係を迫ってみれば、あっさりと断られて距離を空けた応対をされるようになった。高位の者である自分の頼みを無下にして、恥をかかされたとしてずっと可愛がる機会を窺っていたようだ。
 優しくなどと生ぬるいことはしない、あの貼り付けたような貴族の微笑みを激しく剥がしてやりたいと、女子学院生から持ち掛けられた悪役令嬢を貶める計画に乗り気となったのだ。
 お互い協力関係にはあるが、そこに真実の愛があるなどと嘯くつもりもない。
 将来に対する利害の一致と向こうの物語で美男美女と描かれている通り、見た目も悪くないのだから遊ぶ相手には丁度良かったという程度にしか考えていない。

「味方も十分よね」
「ああ、宰相の孫、騎士団長の孫、魔術師団長の孫といった伯爵家連中から、マークシア侯爵家の失態を望む連中まで上手く取り込めているからな」
「ふふ、さすがに未来の国王様には逆らわないわよね~」
「くふ、そういうことだな」

 同学年の主立った者達を腰巾着にしていた余裕が表情に出ている。

「あとは、逆転劇の小道具として使われやすい、学院内の映像を残すようなアイテムはないのよね?」
「そこら辺は、魔術師団などにも確認したから間違いない。そんな便利な魔法は聞いたことないから、魔道具として開発したくらいだとさ」
「なら安心ね」
「マークシア侯爵家は技術畑ではないからな、そういう最新の技術などに関わりそうなところは疎いはずさ。単独で極秘に開発している、なんてこともないはずだ」

 逆らいにくい立場を活用して、開発途中の魔道具なども仕組みを聞き出したくらいだ。
 今日のような大事な相談事を話し合っているところを流されては敵わないから。
 もっと酷いことになれば、学院内にて行われた不貞の場面を流して問い質すなんて辱める展開もあるらしいから。
 ただし、自ら出向くなどはせず、使用人に命令して情報を集めさせただけだけど。

「私が意地悪されているという証拠も十分、怪我をさせられた診断書やお休みしたこともみ~んなきょうりょくしゃが知っていること」

 悪役令嬢が関わる相手から暴行を受けたという怪我の診断書を用意させたり、治療を必要とすることや怖い思いが払拭できないことを理由に十数日間の休学届を提出してみたり。
 相手に言い逃れさせないための事実をここまで積み上げてきたのだ、成り上がるための計画が失敗するはずがない。

「あとは、当日の演技も重要だからね、大事なところを噛んだりしないでよ~」
「ふっふっふ、高校の演劇部に所属していた俺様を舐めるなよ~」

 不敵に立ち上がった男子学院生は、それよりこっちを舐めてくれと言わんばかりに腰を突き出した。
 成功を確信して享楽に耽り始めた二人の企みは、国立マギステラ高等学院の卒業式を大いに騒がせるわけだが、果たして――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

「そうだ、結婚しよう!」悪役令嬢は断罪を回避した。

ミズメ
恋愛
ブラック企業で過労死(?)して目覚めると、そこはかつて熱中した乙女ゲームの世界だった。 しかも、自分は断罪エンドまっしぐらの悪役令嬢ロズニーヌ。そしてゲームもややこしい。 こんな謎運命、回避するしかない! 「そうだ、結婚しよう」 断罪回避のために動き出す悪役令嬢ロズニーヌと兄の友人である幼なじみの筋肉騎士のあれやこれや

悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました

碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる? そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。

弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!

冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。 しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。 話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。 スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。 そこから、話しは急展開を迎える……。

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~

舘野寧依
恋愛
「王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」 わたくしはメリッサ、ここマーベリン王国の未来の王妃と目されている者です。 ところが、この国の貴族どころか、各国のお偉方が招待された立太式にて、馬鹿四人と見たこともない少女がとんでもないことをやらかしてくれました。 驚きすぎて声も出ないか? はい、本当にびっくりしました。あなた達が馬鹿すぎて。 ※話自体は三人称で進みます。

何か、勘違いしてません?

シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。 マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。 それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。 しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく… ※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。

処理中です...