置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

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23話 はあ?【玲奈視点】

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 突然の暗転から、ピアノに光が灯り、浮き上がるように水城が現れた。
 旋律が観客のざわめきを静め、息を忘れるほどの響きに会場中が飲み込まれた。

 はあ?
 何よこれ。
 何なのよ……。

 照明、ずるくない?
 ノーブル管弦楽団のときは、こんな効果的な照明じゃなかったじゃない。扱い方が違いすぎ!
 なに、差別?えこひいき?
 そんなことして大人げなくない?!
 なによ、最低!

 なんで、ピアノ弾いてるのよ。
 なんで、ワインまみれじゃないのよ。
 なんで!あんな楽しそうに弾いてるのよ!!

 許せない……
 許せない!
 くそっ、くそっ!

 あのとき、ウエイターを挟まないで、直接押してればよかった。手なり腕なりを踏んでも、弾かせないようにすればよかった。
 こんな、こんなの見なくてすんだのに!

 圧巻の演奏に飲まれたくないのに、音楽家としての感性が否応なく刺激され、飲まれていく……。
 音が折り重なり、広がり、膨らんでいく。
 最後は余韻を残して、音が会場に溶けて消えた。

 沈黙。
 拍手さえ起きない。
 いや、拍手を忘れてしまうほどの演奏だった。
 水城が困惑した顔をすると、会場から一気に歓声と拍手が溢れんばかりに響いた。
 さっきまで『音楽のわからないバカども』と思っていたのに、なんでこいつのときにだけ反応してるのよ!

 自然と「アンコール!」と声が飛び出し、会場全体に伝染していった。
 水城は連弾パートナーと何か話し、またピアノと向き合った。
 彼女たちが静かに鍵盤へ指を置くだけで、観客は期待に胸を膨らませ、息を殺し、期待の空気が会場を包むようだ。
 二人が息を合わせる。 
 
 次の曲はドビュッシー《版画》より「妖精の園」

 先ほどの圧巻の曲とは対照的な、繊細で儚い世界。 まるで光の粒を一音ずつ並べていくような、美しくも淡い旋律。 
 聴衆は息をひそめ、誰ひとり動かない。 
 音楽が会場を満たし、誰もが、見えないきらめきに包まれたようだ。

 ……くそ。
 何よ……この完成度。
 音の会話じゃない。ただの連弾じゃない。
 二人で一つの音楽よ。完全に。

 最後の和音が消え、余韻が空気に溶けていく。
 完全な静寂。あまりに静かで、演奏者自身も息を潜めたほどだった。

 そして──嵐のような拍手。
 水城はゆっくりと立ち上がる。
 転倒時は足を押さえていて、立つことなんかできなかったのに。もしかして、あれは演技だったの?
 はんっ!小細工なんてして、小さい女。
 あぁ、この拍手も歓声も、怪我をした可哀想なピアニストへの同情のものか。
 お情けの称賛に、ドヤ顔してみっともない。
 あぁ、ムカツク……。

 隣に立つ連弾パートナーも、水城を支えるように同じ角度で深く礼をする。
 二人の礼は、まるで一枚の美しい絵のようだった。

 拍手は止まらない。 
 あざとい女に踊らされる、バカな観客だ。
 本当に見る目、いや、音楽がわかってないのよ。

 司会者が前に出る。 
 今までの軽い雰囲気だった彼が、深く一礼した。まるで感動している己の気持ちを伝えるようだ。
「本日の創立記念パーティーの締めくくりとして、素晴らしい演奏を届けてくださいました水城香澄さん、立花美咲さんに、改めて盛大な拍手をお送りください。

 本日ご用意しておりましたプログラムは、以上で終了となります。ご来場いただきました皆さまに、心より御礼申し上げます。
 なお、会場はこのあともお時間の許す限りご自由にお過ごしいただけます。
 どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」
 拍手は止まらなかった。むしろ、終わりを告げられたことで惜しむようにさらに大きくなった。

 ……信じられない。 
 なんで……なんでこうなるのよ。

 腕を組み、爪を食い込ませるほど握りしめる。

 許さない──絶対に。
 あのとき、もっと強く押していれば。
 潰していれば。
 弾けない身体にしておけば。
 全部全部、こんな未来なんて……。

 胸の奥から、焼けるような悔しさがせり上がる。ただひとつ確かなことは──
 このままじゃ終われない。
 絶対に、終わらせない。

「ノーブル管弦楽団の方でしょうか?」
 突然声をかけられた。
 黒いスーツを着た、体格の良い男性だった。
「はい……」
「四葉不動産ホールディングス株式会社社長、神崎がノーブル管弦楽団の方々をお呼びです。ご同行いただけますか?」
 男性は丁寧な口調で笑っているのに、どこか背中がビリビリする。
 なんで……。

「先輩?どうしたんですか?」
 後輩の一人が話しかけてきた。
「ノーブル管弦楽団の方々ですか?四葉不動産ホールディングス株式会社社長、神崎が皆様を呼んでいます。ご同行いただけますか?」
「えっ!?社長が!?もちろん行きます!みんな!」
 バカな後輩は、場違いな大きさの声で他の楽団員に声をかけた。そのせいで、一般の招待客に「うるさいぞ」と睨まれた。私まで同類と思われて屈辱だ。
 
「先輩?」
「あなた、少し黙ってなさい。こんなところで声を張るなんて恥ずかしい。楽団の顔を汚さないでちょうだい」
「すみません……」
 後輩は不満そうな顔で謝ってきた。
「社長が呼んでるって言われたら、テンション高くなっちゃうじゃないですか。私、他の楽団員にも声をかけてきます」
 そう言って、後輩は他の楽団員のところに向かった。
「他の楽団員の方々は、別のスタッフが誘導致しますので、あなたを先に誘導します。着いて来て下さい」
 さっきと同じ笑顔だ。

 あっ……。
 この人、目が笑ってないんだ。
 だから違和感があったんだ。

「さっ、こちらへ」
 私は仕方なく、男性の後に着いて行くしかなかった。
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