置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

文字の大きさ
23 / 50

22話 一方控え室では

しおりを挟む
 私と香澄がいる控え室には、張り詰めた雰囲気がある。
 外では私たちの前のプログラムがステージ上で行われている。神崎社長とジャンケンをし、勝ち残った人が豪華景品を受け取れる大会だ。
 聞いた話だと、なんとハワイ旅行が当たるなんとも羨ましい大会らしい。
 笑いと歓声が聞こえる。

 香澄と並んで椅子に座り、譜面に目を落としていた。
 楽曲のタイトルは──『音織』。
 ふたりでしか紡げない旋律。
 ……大丈夫よ。

 香澄の足首は肌色テーピングを最小限にし固定されていた。それは怪我を治し、痛みを抑えるためでなく、あくまで腫れを見せないようにする程度のもの。
 本来ならもっとしっかりと治療するところだが、それは選ばなかった。
 理由はひとつ──観客に「痛み」ではなく「音」を見せるため。
 プロとしての意地だった。

「ペダルは全部、私がやるから」
 私は静かに言った。
「香澄は音に集中してよ」
「わかってる。……ありがとう」
 短い言葉の中に、深い信頼と覚悟があった。
 
「ええ、ええ」
 北条さんはタブレットを片手に、控え室の端で少し声を押さえながら電話をしている。
「映像のマスターデータはホテル側が保存済みです。証拠としての要件は満たしています……ええ、逃げられないように抑えていますので」
 相手は会社顧問の弁護士らしい。
 声は穏やかだが、目は鋭かった。
「演奏が終わり次第、個室で浅野玲奈に話をします。誠意がなければ即、民事手続きを開始する方向で──」

 北条さんの隣では、ウェイターとその上司が、深刻な顔でテーブルに向かっていた。
 ウェイターは、倒れた瞬間を詳細に書いた「事実確認書」に署名をしている。
 上司が言った。
「……もう逃げられんな、あの女性」
 ウェイターは少し俯いた。
「賠償金の額が桁違いですよね……」
「突然だ。ここをどこだと思っている。そこいらのホテルとは格が違うんだ。絨毯の染み抜きに、50万は安いほうだ。割ったグラスもブランド物で10万はくだらない物だ。それにな、上層部が怒ってるのは、うちのスタッフを使ってトラブルを起こしたことだ。うちの信用に泥を塗る行為だからな。仏心は出さずに、正確にありのままを書くんだぞ」
「はい」

 全員がそれぞれの戦いの準備をしていた。
 玲奈の悪意で引き合わされた人たちだが、不思議と連帯感を感じる。変だけど、何も怖くないって思える。
 だから、まずは私たちの最初の一撃を食らわせる。
 飛びっきり強烈な一撃を!

──コンコンッ。
 控え室の扉がノックされた。
「準備、整いました」
 スタッフの女性が車椅子を持って入ってきた。
「「はい」」
「香澄さん、立花さん」
 北条さんに呼ばれた。
 気品のある女性なのに、指先だけで小さくガッツポーズを作った。その控えめな仕草が妙に可愛くて、ふっと肩の力が抜けた。
 
「さあ、いきましょう。私たちの出番よ」
「うん!」
 香澄は車椅子に乗り、スタッフの人に誘導されていく。私もその後を追う。
 廊下は暗く、スタッフたちが無言で道をつくった。
 一人一人に無言の『頑張れ』とエールを贈られる気分だ。力が漲るわ。
 
 会場は今、ジャンケン大会で熱気に包まれている。
 司会者のいるステージで神崎社長と若い男性がじゃんけんをして、見事若い男性が勝ったようだ。大きな歓声が上がり、若い男性は神崎社長から大きな熨斗の封筒を手渡されていた。
 演出でステージにスポットを当てているので、ピアノの周りは薄暗く誰もいない。
 ピアノはステージ左の暗がりに置かれていた。
 観客の視線はまだこちらには向いていない。
 香澄は私の肩を借り、音もなくピアノ椅子に腰を下ろした。
 スタッフの方が車椅子をはけた。

「以上をもちまして、ジャンケン大会を終了いたします!このあと、ステージ転換のため一度ホール全体を暗転いたします。恐れ入りますが、安全のためその場から動かずにお待ちください」

 ──暗転。
 ざわめきが広がる。

「大変お待たせいたしました。それではいよいよ、本日のフィナーレを飾るプログラム──ピアノ連弾でございます」
 
 ひと筋の光がピアノに降り注ぐ。
 柔らかいピアノの1音が奏でられると、会場は一気に静まり返った。

 オリジナル曲『音織』
 香澄の音に合わせて、私も音を奏でていく。
 ピアノに降り注いだ光は次第に広がり、シャンパン色の香澄のドレス、深紅のドレスの私を浮かび上がらせた。
 その瞬間、会場内で静かなどよめき、熱気を感じた。

 ピアノの音が広がっていく。
 全身全霊を乗せた音が、響く。香澄の音と共鳴し、折り重なり、さらに広がる。
 楽しい……。
 香澄の息づかいを感じる。
 彼女の感じていること、考えていることがわかる。
 楽しい。
 この一体感。
 音が体の中で爆発しそうなほど、湧いてくる。
 届け、この音楽!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

処理中です...