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22話 一方控え室では
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私と香澄がいる控え室には、張り詰めた雰囲気がある。
外では私たちの前のプログラムがステージ上で行われている。神崎社長とジャンケンをし、勝ち残った人が豪華景品を受け取れる大会だ。
聞いた話だと、なんとハワイ旅行が当たるなんとも羨ましい大会らしい。
笑いと歓声が聞こえる。
香澄と並んで椅子に座り、譜面に目を落としていた。
楽曲のタイトルは──『音織』。
ふたりでしか紡げない旋律。
……大丈夫よ。
香澄の足首は肌色テーピングを最小限にし固定されていた。それは怪我を治し、痛みを抑えるためでなく、あくまで腫れを見せないようにする程度のもの。
本来ならもっとしっかりと治療するところだが、それは選ばなかった。
理由はひとつ──観客に「痛み」ではなく「音」を見せるため。
プロとしての意地だった。
「ペダルは全部、私がやるから」
私は静かに言った。
「香澄は音に集中してよ」
「わかってる。……ありがとう」
短い言葉の中に、深い信頼と覚悟があった。
「ええ、ええ」
北条さんはタブレットを片手に、控え室の端で少し声を押さえながら電話をしている。
「映像のマスターデータはホテル側が保存済みです。証拠としての要件は満たしています……ええ、逃げられないように抑えていますので」
相手は会社顧問の弁護士らしい。
声は穏やかだが、目は鋭かった。
「演奏が終わり次第、個室で浅野玲奈に話をします。誠意がなければ即、民事手続きを開始する方向で──」
北条さんの隣では、ウェイターとその上司が、深刻な顔でテーブルに向かっていた。
ウェイターは、倒れた瞬間を詳細に書いた「事実確認書」に署名をしている。
上司が言った。
「……もう逃げられんな、あの女性」
ウェイターは少し俯いた。
「賠償金の額が桁違いですよね……」
「突然だ。ここをどこだと思っている。そこいらのホテルとは格が違うんだ。絨毯の染み抜きに、50万は安いほうだ。割ったグラスもブランド物で10万はくだらない物だ。それにな、上層部が怒ってるのは、うちのスタッフを使ってトラブルを起こしたことだ。うちの信用に泥を塗る行為だからな。仏心は出さずに、正確にありのままを書くんだぞ」
「はい」
全員がそれぞれの戦いの準備をしていた。
玲奈の悪意で引き合わされた人たちだが、不思議と連帯感を感じる。変だけど、何も怖くないって思える。
だから、まずは私たちの最初の一撃を食らわせる。
飛びっきり強烈な一撃を!
──コンコンッ。
控え室の扉がノックされた。
「準備、整いました」
スタッフの女性が車椅子を持って入ってきた。
「「はい」」
「香澄さん、立花さん」
北条さんに呼ばれた。
気品のある女性なのに、指先だけで小さくガッツポーズを作った。その控えめな仕草が妙に可愛くて、ふっと肩の力が抜けた。
「さあ、いきましょう。私たちの出番よ」
「うん!」
香澄は車椅子に乗り、スタッフの人に誘導されていく。私もその後を追う。
廊下は暗く、スタッフたちが無言で道をつくった。
一人一人に無言の『頑張れ』とエールを贈られる気分だ。力が漲るわ。
会場は今、ジャンケン大会で熱気に包まれている。
司会者のいるステージで神崎社長と若い男性がじゃんけんをして、見事若い男性が勝ったようだ。大きな歓声が上がり、若い男性は神崎社長から大きな熨斗の封筒を手渡されていた。
演出でステージにスポットを当てているので、ピアノの周りは薄暗く誰もいない。
ピアノはステージ左の暗がりに置かれていた。
観客の視線はまだこちらには向いていない。
香澄は私の肩を借り、音もなくピアノ椅子に腰を下ろした。
スタッフの方が車椅子をはけた。
「以上をもちまして、ジャンケン大会を終了いたします!このあと、ステージ転換のため一度ホール全体を暗転いたします。恐れ入りますが、安全のためその場から動かずにお待ちください」
──暗転。
ざわめきが広がる。
「大変お待たせいたしました。それではいよいよ、本日のフィナーレを飾るプログラム──ピアノ連弾でございます」
ひと筋の光がピアノに降り注ぐ。
柔らかいピアノの1音が奏でられると、会場は一気に静まり返った。
オリジナル曲『音織』
香澄の音に合わせて、私も音を奏でていく。
ピアノに降り注いだ光は次第に広がり、シャンパン色の香澄のドレス、深紅のドレスの私を浮かび上がらせた。
その瞬間、会場内で静かなどよめき、熱気を感じた。
ピアノの音が広がっていく。
全身全霊を乗せた音が、響く。香澄の音と共鳴し、折り重なり、さらに広がる。
楽しい……。
香澄の息づかいを感じる。
彼女の感じていること、考えていることがわかる。
楽しい。
この一体感。
音が体の中で爆発しそうなほど、湧いてくる。
届け、この音楽!
外では私たちの前のプログラムがステージ上で行われている。神崎社長とジャンケンをし、勝ち残った人が豪華景品を受け取れる大会だ。
聞いた話だと、なんとハワイ旅行が当たるなんとも羨ましい大会らしい。
笑いと歓声が聞こえる。
香澄と並んで椅子に座り、譜面に目を落としていた。
楽曲のタイトルは──『音織』。
ふたりでしか紡げない旋律。
……大丈夫よ。
香澄の足首は肌色テーピングを最小限にし固定されていた。それは怪我を治し、痛みを抑えるためでなく、あくまで腫れを見せないようにする程度のもの。
本来ならもっとしっかりと治療するところだが、それは選ばなかった。
理由はひとつ──観客に「痛み」ではなく「音」を見せるため。
プロとしての意地だった。
「ペダルは全部、私がやるから」
私は静かに言った。
「香澄は音に集中してよ」
「わかってる。……ありがとう」
短い言葉の中に、深い信頼と覚悟があった。
「ええ、ええ」
北条さんはタブレットを片手に、控え室の端で少し声を押さえながら電話をしている。
「映像のマスターデータはホテル側が保存済みです。証拠としての要件は満たしています……ええ、逃げられないように抑えていますので」
相手は会社顧問の弁護士らしい。
声は穏やかだが、目は鋭かった。
「演奏が終わり次第、個室で浅野玲奈に話をします。誠意がなければ即、民事手続きを開始する方向で──」
北条さんの隣では、ウェイターとその上司が、深刻な顔でテーブルに向かっていた。
ウェイターは、倒れた瞬間を詳細に書いた「事実確認書」に署名をしている。
上司が言った。
「……もう逃げられんな、あの女性」
ウェイターは少し俯いた。
「賠償金の額が桁違いですよね……」
「突然だ。ここをどこだと思っている。そこいらのホテルとは格が違うんだ。絨毯の染み抜きに、50万は安いほうだ。割ったグラスもブランド物で10万はくだらない物だ。それにな、上層部が怒ってるのは、うちのスタッフを使ってトラブルを起こしたことだ。うちの信用に泥を塗る行為だからな。仏心は出さずに、正確にありのままを書くんだぞ」
「はい」
全員がそれぞれの戦いの準備をしていた。
玲奈の悪意で引き合わされた人たちだが、不思議と連帯感を感じる。変だけど、何も怖くないって思える。
だから、まずは私たちの最初の一撃を食らわせる。
飛びっきり強烈な一撃を!
──コンコンッ。
控え室の扉がノックされた。
「準備、整いました」
スタッフの女性が車椅子を持って入ってきた。
「「はい」」
「香澄さん、立花さん」
北条さんに呼ばれた。
気品のある女性なのに、指先だけで小さくガッツポーズを作った。その控えめな仕草が妙に可愛くて、ふっと肩の力が抜けた。
「さあ、いきましょう。私たちの出番よ」
「うん!」
香澄は車椅子に乗り、スタッフの人に誘導されていく。私もその後を追う。
廊下は暗く、スタッフたちが無言で道をつくった。
一人一人に無言の『頑張れ』とエールを贈られる気分だ。力が漲るわ。
会場は今、ジャンケン大会で熱気に包まれている。
司会者のいるステージで神崎社長と若い男性がじゃんけんをして、見事若い男性が勝ったようだ。大きな歓声が上がり、若い男性は神崎社長から大きな熨斗の封筒を手渡されていた。
演出でステージにスポットを当てているので、ピアノの周りは薄暗く誰もいない。
ピアノはステージ左の暗がりに置かれていた。
観客の視線はまだこちらには向いていない。
香澄は私の肩を借り、音もなくピアノ椅子に腰を下ろした。
スタッフの方が車椅子をはけた。
「以上をもちまして、ジャンケン大会を終了いたします!このあと、ステージ転換のため一度ホール全体を暗転いたします。恐れ入りますが、安全のためその場から動かずにお待ちください」
──暗転。
ざわめきが広がる。
「大変お待たせいたしました。それではいよいよ、本日のフィナーレを飾るプログラム──ピアノ連弾でございます」
ひと筋の光がピアノに降り注ぐ。
柔らかいピアノの1音が奏でられると、会場は一気に静まり返った。
オリジナル曲『音織』
香澄の音に合わせて、私も音を奏でていく。
ピアノに降り注いだ光は次第に広がり、シャンパン色の香澄のドレス、深紅のドレスの私を浮かび上がらせた。
その瞬間、会場内で静かなどよめき、熱気を感じた。
ピアノの音が広がっていく。
全身全霊を乗せた音が、響く。香澄の音と共鳴し、折り重なり、さらに広がる。
楽しい……。
香澄の息づかいを感じる。
彼女の感じていること、考えていることがわかる。
楽しい。
この一体感。
音が体の中で爆発しそうなほど、湧いてくる。
届け、この音楽!
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