4人の女

猫枕

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クラリスvsジルベール

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  知らない部屋で目を覚ましたジルベール。

 既に陽は高く登っていて、窓から射し込む光が目に痛い。

 頭がガンガンする。

「誰かいないか?」

 筋肉が弛緩して力が入らないのか、発した声はフニャフニャと情けなく室内を漂う。

 「水をくれないか」

 何度目かでようやくまともに出るようになった声に気づいて男が入って来た。

「気分はいかがですか?」

人の良さそうな笑みを浮かべた自分と同年代の男に見覚えはない。

 『昨日は・・・昨日はどうしたんだっけなあ・・・』

 ジルベールは力仕事など一度もしたことのない手入れの行き届いた美しい白い指で前髪をかきあげる。

『たしかオヤジどもと皆でナプキンで作った蝶々を頭につけてヒラヒラ踊ってた辺りまでは覚えてるんだが・・』

 差し出されたコップを受け取って、

「すまない。迷惑をかけたようだ」

「大丈夫ですよ。しっかり動けるようになるまで休んでいってください。

 頭痛薬でもお渡ししましょうか?」

 ジルベールはアスピリンを飲んで暫く横になっていると回復してきた。


「世話になった。
 ところで、どういう経緯で私を保護してくれたんだろうか?」


「お客様は少々飲み過ぎたみたいで動けなくなっていたものですからお連れしました。

 私はジュール・ランベール、 ラスティ・ネイルズのオーナーをしています。」


 「それは迷惑をおかけして・・・」


『ピンキーちゃんはオーナーの子猫ちゃんだから』

 オヤジの言葉が蘇る。

「貴殿は、クラリス・ダンテス嬢とはどういう関係なのだ?」

 いきなり失礼な物言いだが、まあ、身分の高い人間はこんなもんだろうとジュールはオヤオヤの表情で、

「雇用主と従業員、ですかね」

と答えた。

「それだけか?」

「まあ、親同士が友達だから幼い頃から知り合いではありましたがね」

「クラリスは私の婚約者だ」

「・・・追い出されて今は無関係、と本人から聞きましたが」

 「誤解だ!
クラリスと会わせてくれ。
 話がしたいんだ」

  一度きちんと話をつけた方が良いだろう。

 ジュールはクラリスを呼んだ。



 「なあ、一緒に帰ろう」

 クラリスを見るなりジルベールは今にも抱きつきそうな勢いで言った。

「帰る?あそこは私の家ではありません。
 私の家はアパートの部屋だし、私の居場所はラスティ・ネイルズです」


「場末の居酒屋で酔っ払いの相手をしてるのが君の居場所だというのか?

 な、帰ろう。

 こんな治安の悪い場所に君を置いておくわけにはいかない」

 場末の居酒屋で悪かったな、とジュールは苦笑いする。

「私は二度とタレーラン家に関わらないという約束でお金も頂きました」

「母と姉のことなど気にするな。

 クラリスを傷つける者は近づけ
ない!」

「・・・ちっとも分かってない」


「何がだ?!

 私の妻になればこの国で望むものは何でも手に入る。

 誰もが羨むジルベール・タレーランの妻になれるんだぞ 」

「私に名門貴族の奥様なんて務まりません」

「君のことは私が守る。

 家のことは私が全て采配するから君は何もしなくていい。

 社交が嫌なら出なくていい。

 君を傷つける輩がいるなら徹底的に叩き潰す」

 クラリスは呆れたように溜め息を漏らし、

「それじゃ、私は何をすればいいんですか?」

 と聞いた。


「好きなことをすればいい。

 音楽か?最高の楽器を揃えてコンサートのできるホールを作ってもいいな。

 それから国一番の菓子職人を専属で雇うか?

 君にはいつも私の横で笑っていて欲しい」


「・・・そんな生活で笑ってなんかいられないですよ」

「え?」


「公爵様。
 世の中には二種類の人間がいるんだと思いますわ。

 使う側の人間と使われる側の人間。

 私は間違いなく使われる側。

 そんな人間が公爵夫人になったら迷惑するのは領民の方々じゃないですか」

「だからそんなことは心配しなくていいんだ」

「公爵様は女性を馬鹿にしすぎです」

「そんなことはない」

「私は学がないから難しいことは分かりません。

 ですが、カトリーヌ様もイネス様もご自分の家の繁栄の為にご尽力なさっていますし、社会全体を良くしようと活動や勉強も熱心に続けておられます。

 そのような方々が人に指示して大きな事を成し遂げる人達、私は誰にでもできる仕事を与えられてこなす人間。

 卑下してるんじゃありません。
私は私として出来る限りの事をしてここで生きていくんです。

 それが私の幸せなんです」


「可哀想に。あの生意気な女どもに毒されたんだね」


「いい加減に気づいてください。

 今まで選りすぐりのご令嬢達に見向きもしなかった公爵様が私にだけ執着するのは公爵様のコンプレックスが原因なのだと」

「ハッ?!馬鹿馬鹿しい。

 このパーフェクトな私にコンプレックス?」


「公爵様は私が好きなんじゃありません。
 
 惨めで可愛そうなクラリスに優しくしているご自分を愛しているのです」


「・・・なにを言ってるんだ」


「公爵様が私に目をかけてくださるのは私が逆らわずに思い通りに行動する時だけ。
 私が自分で考えることも何か決断することも公爵様は好まない。

 不器量で誰にも顧みられない惨めな女を敢えて溺愛することで冷酷非道だと言われるご自分がほんとうは慈悲深い人間だと確かめたいだけなのでは?」

 ジルベールは驚きすぎて言葉を失った。

「カトリーヌ様もイネス様もセリーヌ様もミレイユ様も皆様素晴らしい女性ですよ。

公爵様が仰るような欲深く傲慢な人達ではありません。

 公爵様は美しい彼女達が愛情深い家庭で大切に育てられてきたことにコンプレックスがあるのではないですか?

 公爵様はタレーランの後継として大切に育てられてきたのでしょうが、一方で愛に満ちた家庭とは言い難かったのだとお察しします。

 だから同じように捨て置かれた私に同情したんです。

 可哀想な私に温情をかけることでご自分の傷を癒そうとしているだけですわ」

「そんなことはない。

 私は、私はお前が母親を思って歌う歌を聴いたあの時、お前に恋をしたんだ」


「勘違いですわ」


「この私の気持ちが勘違いだというのか?」

「たとえ公爵様のお気持ちが本当だとしても私に応えることはできません」

「なぜ?」

「私には好きな人がいますから」





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