箱入りオメガの受難

おもちDX

文字の大きさ
6 / 15
本編

6.

しおりを挟む

「だ、大丈夫ですか……顔、赤くないですか?」
「……うん」

 人に挟まれながら無の境地になって二駅すぎると、乗り換えで一瞬空く。その隙に息のできる場所を確保するのだが、ドアの横、座席の壁があるところで、瑠璃は琥珀の腕に守られる位置になる。
 この時間が一番だめだ。普段なら決して近づかない距離でくっつかざるを得ない。どうしても思い出したことが頭をよぎってしまう。

 あ、いい匂いする……

 緊張と恥ずかしさはあるものの、それだけで、満員電車のなか瑠璃だけオアシスにいるような感覚がしてくるのだから不思議だ。
 そもそも見送りだけのためにこんな苦痛を伴う通勤についてくる琥珀、ドMすぎないか? おかげで瑠璃は人に潰されることなく、座っている人の次くらいには快適な通勤タイムを過ごせるのだけれど。

 顔が赤いのは車内が暑いから。琥珀は瑠璃に触れないように踏ん張ってくれているが、逆に腕や胸が触れるか触れないかのところで静電気的なものが生まれている気がする。スーツの下の肌がざわついた。
 いつもなら間近にある顔を見上げて会話するのに、今日は世間話さえも捗らない。ちゃんと顔を見れさえしないのに、その息や体温を必要以上に意識してしまう。

(どうしちゃったんだ、おれ……!)

「やっぱり体調悪いですよね? あと一駅ですから、頑張ってください」

 まだ琥珀の方が冷静なのが悔しい。ちらっとほんの一瞬見上げると、眼鏡越しに心配そうに瑠璃を見下ろす目と目が合った。
 が、すぐにマスクの息でレンズが曇り、変質者みたいになる。

「ふふっ。眼鏡曇りすぎ」

 不意打ちで笑ってしまう。琥珀が気持ち悪い方が落ち着くかもしれない。

「ごごっ、ごめんなさい」
「謝ることなくない? てか電車では眼鏡外すとかすれば?」
「ええっと……これは外界から僕を守ってくれるフィルターで、今は特に、可愛すぎる瑠璃さんを直視すると眩しすぎて死んでしまうので……」
「は?」

 ちょっと何を言っているのかわからなかった。でもやっと会話ができてホッとする。一緒にいるのに無言じゃやっぱり寂しいと思ってしまうのは、我ながらわがまますぎるけど。
 電車を降り、少し歩いた先にあるコンビニへ寄る。そこでコーヒーを買って一杯分飲むあいだだけゆっくりするのが毎朝の定番だ。

 足早に歩く人たちの通勤や通学風景を見ながら、ようやく身体の熱も落ち着いてきたのを感じる。さすがに今日はアイスコーヒーにした。

「本当に体調大丈夫です……?」
「大丈夫だって言ってんだろ。さっきまで暑かっただけだし」
「でもそのっ、急にあの日みたいになる可能性も」
「しつこいなぁ。まだ周期じゃないし、余裕だって」

 照れ隠しもあって、つい強く言い返してしまう。琥珀の心配も過剰でわずらわしく感じる。
 前回の発情期からまだ一ヶ月も経っていない。抑制剤だって飲み続けているし、心配する必要は本当にないのだ。

「あのっ、仕事何時に終わりますか? 僕、迎えに来ます!」
「は?」
「今日の瑠璃さん、いつも以上に目が離せない魅力にあふれているといいますか……心配です! もしできるなら、今日は仕事も休んでこのまま僕の家に……あっ、タクシーで家に帰ってほしいです……」
「はぁっ? そんなことできるわけないだろ。こっちは遊んでりゃいい大学生と違って、簡単に休めない社会人なんだよ」

 琥珀の言葉にカチンと来た。こいつ、色ボケしてんの? というか好きと言われたわけでもないし、一度ヤッたから自分の物だって勘違いしてんのか?
 アルファによるオメガの監禁事件はよくニュースになる。結局こいつも、オメガを持ち物としか思わないアルファだったのかと、心底がっかりした。

(おれはこいつのアルファらしくないところに……くそっ。惹かれてたのに)

「また発情期に立ち会えば、ヤれると思ってんの? それならおれなんかに付きまとってないで他のオメガを探しに行けよ。おれはお前のオメガじゃないし、おれだってどうせならもっと垢抜けたイケメンに相手されたいんだよ」
「ちがっ……」

 ただ琥珀を傷つけるためだけに、思ってもいない言葉が口からポロポロとこぼれていく。目元が隠れて琥珀の表情は伺いしれないが、薄く反射する眼鏡には顔を歪めて苦しそうな表情の瑠璃が映り込んでいた。

(おれがこんな顔する資格なんてないのに……)

 罪悪感が胸いっぱいに広がって、苦しくて吐きそうだ。これ以上ここにいることが、琥珀の前にいることが耐えられない。琥珀に背を向けた。

「もう会いに来るな」

 それだけ言い残して会社へ向かう。瑠璃の名前を呼ぶ声が聞こえても、振り向かない。手に持ったプラスチックカップに浮かぶ結露が手のひらを濡らして、ひどく不愉快だった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

君に捧げる紅の衣

高穂もか
BL
ずっと好きだった人に嫁ぐことが決まった、オメガの羅華。 でも、その婚姻はまやかしだった。 辰は家に仕える武人。家への恩義と、主である兄の命令で仕方なく自分に求婚したのだ。 ひとはりひとはり、婚儀の為に刺繡を施した紅の絹を抱き、羅華は泣く。 「辰を解放してあげなければ……」 しかし、婚姻を破棄しようとした羅華に辰は……?

オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~

伊織
BL
「オメガ判定、された。」 それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。 まだ、よくわかんない。 けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。 **** 文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。 2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。 けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。 大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。 傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。 **** もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。 「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

処理中です...