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本編
7.おれもいじめっ子と一緒じゃん
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「はぁ~っ……」
まさか自分が朝っぱらから痴情のもつれ的なことを演じてしまうなんて……恥ずかしくて死ぬ。しかもカチンと来たとはいえ、あれは最低の発言だった。琥珀を、傷つけてしまった。
瑠璃は仕事中も憂鬱から抜け出せていなかった。そのせいか身体も怠い。
とはいえ内勤なので、パソコンの前に座っていれば仕事はできる。琥珀に『遊んでりゃいい大学生』とは言ったものの、二次性を理由に社会人としても出世コースから離れた事務方の業務しかできていない瑠璃だ。
昼間は講義と研究室で遊ぶ時間もないと聞いたことがあるし、琥珀のほうがよっぽど忙しくしているかもしれない。三回生ならもう就活が始まるのかと思えば、教授のすすめで大学院へ進むと聞いた。
文系の大学を卒業してオメガ歓迎の会社に努力もせず入社した瑠璃より、よっぽど優秀そうだ。瑠璃がアルファらしさを苦手としているのは、ただの劣等感かもしれない。どう頑張っても追い越せない。才能の違いを見せつけられる。
オメガでも成功している人はたくさんいるのだ。この劣等感は、過去の経験によるものだった。
二次性がわかって転校するまで、瑠璃は学校でイジメられていた。イジメの中心になっていた男は頭も顔もいいアルファだった。
家族は優しく支えてくれたけど、爪弾きにされていた記憶のせいでいざというとき自分に自信が持てない。就職活動も頑張れずずっと恋人もいなかったのは、ろくに努力もしていない自分のせいだと心の奥底では理解しているのに……
「唐種さん、お昼食べなかったでしょう。顔色よくないけど、大丈夫?」
上司が心配そうに眉をひそめこちらを見ていた。瑠璃のいる部署はオメガが多く、上司も部下の二次性を把握している。子育てを終えた歳上の同僚ばかりだが、偏見もなく休みも取りやすく本当に働きやすい職場だと思う。
「大丈夫です。この資料もうすぐできるんで、定時までに送りますね」
「体調悪かったら無理しないでね。季節の変わり目って、ホルモンバランス崩れやすいから」
「そうそう、瑠璃ちゃん彼氏もいないっていうから心配なのよぉ。こんなにかわいいのに!」
歳上の言葉は鵜呑みにしてはいけないと、瑠璃はとっくに学んでいる。同じ部署の中でも机を合わせた五人の島では、お互いの家族構成やプライベートまで知っているので話題に事欠かない。
会話の内容が最近多い子どもの風邪に移ったところで、瑠璃は飲み物を取りに行くため席を立った。今日はやけに喉が渇く。
給湯室を出たとき、別部署の同期が廊下の向こうからやってくるのが見えた。隣に社外の人間を連れているのが、首に掛けた来客用カードで見て取れる。
瑠璃は給湯室に身体を戻し、二人が去るのを待つことにした。のだが……
「まじか、唐種じゃん。オレオレ、同じ中学の。覚えてる?」
「あれっ、お二人知り合いなんですか?」
「…………」
言葉が出てこなかった。洒落たスーツを着た男が目の前に立った瞬間、フラッシュバックのように過去の記憶が頭の中に浮かんでくる。なんで、今……ここに?
こいつは、瑠璃をイジメていたグループのリーダーだったのだ。確か名前は、杉名。
普段は忘れているけど、今日みたいに嫌なことがあると思い出す。小柄で女顔だからという理由で『オカマ』と呼ばれ、いつも瑠璃をイジって笑いのネタにしていた。
持ち物を盗まれ隠され、瑠璃が泣くといつも喜んでいた。
「同級生なんですよ。こいつが転校しちゃって、あれからどうしてるのかな~って……もう十年も経つのか。懐かしいな」
「ええ! すごい偶然ですね!? 唐種くん、彼は取引先の息子さんなんだ。よかったら今夜の懇親会も来てよ」
「……知りません」
「え?」
「人違いじゃないですか? では、失礼します」
自分を守る方法が知らないふりしかないなんて、情けなさすぎて泣きたい。しかも取引先の人なら、今の態度は絶対にアウトだ。
でも瑠璃はその場を離れることしか考えられなかった。こいつから一刻も早く離れたい。
足早に部署へと戻るも、頭に鈍い痛みが鎮座していて、これから仕事に取りかかれる気がしなかった。あと一時間ちょっとで定時だったものの早退を告げると、部署のみんなから一斉に心配される。
「ちょっと、瑠璃ちゃんどうしたの!? 真っ青! 歩ける? タクシー呼ぼうか?」
「緊急連絡先……お兄さんに連絡したほうがいいかも」
口々に心配され、兄の鴇にまで連絡されかけたがそれだけは止めた。大丈夫、これはほとんど精神的なものだと分かっている。ただの厄日だ。
結局タクシーだけ呼んでもらい、中途半端になってしまった資料作りは同僚に任せた。みんなの優しさに涙が出そうになる。大丈夫、いまはこんなにも温かい場所にいる。
会社ビルの外に出ると、雨が降りはじめていた。これではタクシーもなかなか来られないだろう。ビルに出入りするビジネスマンたちの邪魔にならないよう、瑠璃は近くの屋根があるバス停のベンチにぽつんと腰掛けた。
この前発情期休暇をもらったばかりなのに、また休むなんて。明日は会社に来るつもりだけど、たった数時間の早退でも罪悪感が拭えない。
(……ダメ人間すぎる)
今日だけでどれだけの人に迷惑を掛けただろうか。それに琥珀。いくら強メンタルのストーカーでも、もう瑠璃に会いに来ようとは思わないだろう。もともと友人とも言えない、知り合い程度の関係だったのだ。
自分で突き放した。いくらムカついていたからって、推測では言ってはいけない言葉だった。敢えて相手を傷つけるような発言をしてしまったことを後悔してもすでに遅い。
(つまるところ、おれもいじめっ子と一緒じゃん……)
まさか自分が朝っぱらから痴情のもつれ的なことを演じてしまうなんて……恥ずかしくて死ぬ。しかもカチンと来たとはいえ、あれは最低の発言だった。琥珀を、傷つけてしまった。
瑠璃は仕事中も憂鬱から抜け出せていなかった。そのせいか身体も怠い。
とはいえ内勤なので、パソコンの前に座っていれば仕事はできる。琥珀に『遊んでりゃいい大学生』とは言ったものの、二次性を理由に社会人としても出世コースから離れた事務方の業務しかできていない瑠璃だ。
昼間は講義と研究室で遊ぶ時間もないと聞いたことがあるし、琥珀のほうがよっぽど忙しくしているかもしれない。三回生ならもう就活が始まるのかと思えば、教授のすすめで大学院へ進むと聞いた。
文系の大学を卒業してオメガ歓迎の会社に努力もせず入社した瑠璃より、よっぽど優秀そうだ。瑠璃がアルファらしさを苦手としているのは、ただの劣等感かもしれない。どう頑張っても追い越せない。才能の違いを見せつけられる。
オメガでも成功している人はたくさんいるのだ。この劣等感は、過去の経験によるものだった。
二次性がわかって転校するまで、瑠璃は学校でイジメられていた。イジメの中心になっていた男は頭も顔もいいアルファだった。
家族は優しく支えてくれたけど、爪弾きにされていた記憶のせいでいざというとき自分に自信が持てない。就職活動も頑張れずずっと恋人もいなかったのは、ろくに努力もしていない自分のせいだと心の奥底では理解しているのに……
「唐種さん、お昼食べなかったでしょう。顔色よくないけど、大丈夫?」
上司が心配そうに眉をひそめこちらを見ていた。瑠璃のいる部署はオメガが多く、上司も部下の二次性を把握している。子育てを終えた歳上の同僚ばかりだが、偏見もなく休みも取りやすく本当に働きやすい職場だと思う。
「大丈夫です。この資料もうすぐできるんで、定時までに送りますね」
「体調悪かったら無理しないでね。季節の変わり目って、ホルモンバランス崩れやすいから」
「そうそう、瑠璃ちゃん彼氏もいないっていうから心配なのよぉ。こんなにかわいいのに!」
歳上の言葉は鵜呑みにしてはいけないと、瑠璃はとっくに学んでいる。同じ部署の中でも机を合わせた五人の島では、お互いの家族構成やプライベートまで知っているので話題に事欠かない。
会話の内容が最近多い子どもの風邪に移ったところで、瑠璃は飲み物を取りに行くため席を立った。今日はやけに喉が渇く。
給湯室を出たとき、別部署の同期が廊下の向こうからやってくるのが見えた。隣に社外の人間を連れているのが、首に掛けた来客用カードで見て取れる。
瑠璃は給湯室に身体を戻し、二人が去るのを待つことにした。のだが……
「まじか、唐種じゃん。オレオレ、同じ中学の。覚えてる?」
「あれっ、お二人知り合いなんですか?」
「…………」
言葉が出てこなかった。洒落たスーツを着た男が目の前に立った瞬間、フラッシュバックのように過去の記憶が頭の中に浮かんでくる。なんで、今……ここに?
こいつは、瑠璃をイジメていたグループのリーダーだったのだ。確か名前は、杉名。
普段は忘れているけど、今日みたいに嫌なことがあると思い出す。小柄で女顔だからという理由で『オカマ』と呼ばれ、いつも瑠璃をイジって笑いのネタにしていた。
持ち物を盗まれ隠され、瑠璃が泣くといつも喜んでいた。
「同級生なんですよ。こいつが転校しちゃって、あれからどうしてるのかな~って……もう十年も経つのか。懐かしいな」
「ええ! すごい偶然ですね!? 唐種くん、彼は取引先の息子さんなんだ。よかったら今夜の懇親会も来てよ」
「……知りません」
「え?」
「人違いじゃないですか? では、失礼します」
自分を守る方法が知らないふりしかないなんて、情けなさすぎて泣きたい。しかも取引先の人なら、今の態度は絶対にアウトだ。
でも瑠璃はその場を離れることしか考えられなかった。こいつから一刻も早く離れたい。
足早に部署へと戻るも、頭に鈍い痛みが鎮座していて、これから仕事に取りかかれる気がしなかった。あと一時間ちょっとで定時だったものの早退を告げると、部署のみんなから一斉に心配される。
「ちょっと、瑠璃ちゃんどうしたの!? 真っ青! 歩ける? タクシー呼ぼうか?」
「緊急連絡先……お兄さんに連絡したほうがいいかも」
口々に心配され、兄の鴇にまで連絡されかけたがそれだけは止めた。大丈夫、これはほとんど精神的なものだと分かっている。ただの厄日だ。
結局タクシーだけ呼んでもらい、中途半端になってしまった資料作りは同僚に任せた。みんなの優しさに涙が出そうになる。大丈夫、いまはこんなにも温かい場所にいる。
会社ビルの外に出ると、雨が降りはじめていた。これではタクシーもなかなか来られないだろう。ビルに出入りするビジネスマンたちの邪魔にならないよう、瑠璃は近くの屋根があるバス停のベンチにぽつんと腰掛けた。
この前発情期休暇をもらったばかりなのに、また休むなんて。明日は会社に来るつもりだけど、たった数時間の早退でも罪悪感が拭えない。
(……ダメ人間すぎる)
今日だけでどれだけの人に迷惑を掛けただろうか。それに琥珀。いくら強メンタルのストーカーでも、もう瑠璃に会いに来ようとは思わないだろう。もともと友人とも言えない、知り合い程度の関係だったのだ。
自分で突き放した。いくらムカついていたからって、推測では言ってはいけない言葉だった。敢えて相手を傷つけるような発言をしてしまったことを後悔してもすでに遅い。
(つまるところ、おれもいじめっ子と一緒じゃん……)
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