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第二章「ニンゲンたちの町」
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一番近くの町に、二人はすぐにたどり着いた。
建物の残骸ばかりの町は、まだうっすらと煙が立ち込めていた。
瓦礫を踏みつけると、ばき、とすぐに音がして割れた。中まで真っ黒に焦げていた。
どうやら、火が放たれたらしい。
「なあ、魔女さま」
町の中心を通る大きな道を歩きながら、ルシーダは魔女のローブをくいと引いた。
「ニンゲンの町っていうのは、こんなに悲しいものなのか?」
「ウーン、どうだろうね」
魔女は言葉を濁した。
彼女だって、ニンゲンの町をこんなに間近で見るのは初めてだった。
いつもは、あの大樹の上から世界を見下ろしていたのだから。
「こんなふうではなかった。とは思う」
──彼女が観測を日課にしていた頃は、美しい緑の多い大地だった。
そこに日に日に建造物が出来上がっていくのは、命の芽吹きのようにも感じられたものだ。
もちろん、もはやそんなものは欠片だって見当たらない。
永久に失われてしまったのだから。
(どこで間違ったんだろう)
毎日観測は続けていたはずだ。
けれどほころびというものを、彼女は見つけることができなかった。
気がついた頃にはもう手遅れで、美しかった世界は地獄へと塗り変わっていた。
「ここ、もうニンゲンもいないんだな」
町の外れまで移動して、ため息のように、ルシーダはそうつぶやいた。
あったのは物言わぬ屍だけだ。
「次の町へ行こう」
魔女は肩を落とすルシーダの腕をつかむと、再び杖へとまたがった。
道すがら町や村を訪ねては、二人はモンスターを保護して回った。
大半は戦に巻き込まれたのか大破した建物が多く、姿を隠さずとも見て回ることができた。
もちろん、きちんと機能している町もあった。
そんな町の中では、魔女はルシーダをローブの中にしまいこんで移動した。
魔女だけなら、変わり者の町娘で通るからだ。
「お兄さんはいたかい」
あちこち見わたしながら、魔女はローブの中にそう問いかけた。
けれどルシーダは、がっくりと肩を落として首を横に振るばかりだった。
捕らわれたモンスターたちは、大体は酒場の地下にいた。
最初こそ田舎者を装って聞いて回ったものだが、二個目からは、まっすぐ酒場に向かうようになった。
魔女はローブをルシーダに預けて酒場に入ると、ニンゲンたちには珍しい白髪頭で視線を釘付けにした。
それから、カウンターに腰かけると、店主に告げるのだ。
「この店で一番強いお酒をくれるかい。酔いたい気分なんだ」
「見慣れないお嬢さん。何か、お悩みでも?」
「ああ。ひどく悩んでいるとも。でも、人には言えない類の悩みさ」
すぐに魔女の周りには、酔っ払いたちが沸いた。
鎧をまとった兵士から、農夫の男までさまざまなものだ。
誰も彼も、魔女の悩みを聞こうと寄ってきた。
「どうぞ」
店主が、グラスになみなみ継がれた酒を滑らせる。
それを手に取ると、魔女は、ふう、と息を吹きかけた。
グラスに継がれた酒は、それに靡いてグラスから一部を飛び出させ、吐息と共に辺りへと散らばった。
強い酒の香が、ワッと広がって、魔女を囲んだ男たちがバタバタと倒れていく。
「え、あ、なに……」
「ふふふ。しばしお眠り、キミたち」
魔女は指先に酒をつけると、それをまたふう、と吹きとばした。
酒場に香りが充満するのに時間はかからなかった。
立て続けに男たちは倒れ続ける。中には異変に気付き、口を手で覆うものや、剣を手にするものもいたがそれもあえなく床に突っ伏した。
魔女は、椅子に座ったまま、ふふ、と笑みをこぼす。
「う、うう、魔女、……魔女、だな、おまえ……くそ……」
「そうとも。私こそ地底の魔女だよ」
壁に背をつけまどろむ店主の頭を、魔女はぐいとつかんだ。
「は、はは……今更、遅い。最弱の、魔女め……お前の……仲間、は、もう」
「?」
「…………」
はて。私の仲間、とは。
魔女はふいに、母体を同じくして生まれた他の『魔女』たちを思い出した。
そういえば彼女たちは、地上に住処をかまえたはずだ。
(まあ、今となっては、どうでもいいことだが)
戦火にのまれ死んだのか。
はたまた、戦火を助長させたのか。
今もなお、この地上のどこかにいるのか。
その何もかもが、魔女にとってはどうでもいいことだった。
兄弟とも姉妹ともまた違うものだったからだ。あまつさえ、家族ですらない。
いうなれば似たような顔をした他人だった。名前と顔は、ぼんやりですら覚えていない。
「おあいにく様、私の目的は『彼女』たちじゃないよ」
店主の胸元に下がった鍵を引きちぎると、魔女は店主から手を離した。
がつん。
彼の頭が、壁へとぶつかる。
しかし反応はない。深い眠りに落ちたようだった。
「ルシーダ、入っておいで」
杖で床をトンとつついて、空気を正常に戻す。
ほどなくして、ドアからローブをまとったルシーダが姿を見せた。
「凄いなあ魔女さまは。みんな、あの兵士たちみたいに眠ってしまったのか?」
「うん。しばらくは目覚めないだろう。さ、行こうか」
魔女はルシーダからローブを預かると、手を繋いで、地下へと降りていった。
(何度みても、ひどい光景だ)
酒場の地下にいたのは、その多くが兵士たちが身勝手に酒場に売り飛ばしたものばかりだった。
飲み代にするために襲い、捕獲し、労働力、あるいは『素材』として酒場に売る。
酒場はそれをマニアや、あるいは欲しているものへと売りさばく。
(こんなにも、ニンゲンは腐敗してしまった)
彼らの根の奥には、命に対する尊敬が消えてしまったのだろう。
こんなにも尊い命の輝きが、彼らにはもう見えていないのだ。
自らの発展のためならば、ほかのものはどうなってもいいと、そういう社会なのだろう。
「ここにもいない」
空っぽになった地下牢のはずれで、消え入るような声がした。
ルシーダだ。
その目には、不安が色濃く映っていた。
「にーちゃん……」
魔女は、そんな彼の腕を引く。
「いこう。あと二、三個も町を過ぎれば都に着く」
「魔女さま……」
「キミのお兄さんは、都にいるのかもしれないよ」
「……うん、うん。そうだ、そうだよね」
ぐいと腕で目元を拭って、ルシーダはまた前を見据えた。
ぎゅっと魔女の手を握り返す。
「魔女さま! みんな揃ったら、みんなであそこに住んでもいい?」
「あそこって……私の地底かい?」
「ウン! ニンゲンも来ないし、魔女さまがいるし! みんないれば、魔女さまも寂しくないだろ!」
「ははは、それはいい。でも地底はキミたちには少し狭いかもしれないね」
「大丈夫だよ! 掘って広げればいいもん。それに、木の上に登れば夜空もみれるし!」
僕、料理は得意だぞ! とルシーダは胸を張った。
「魔女さまにとっておきをつくってあげるね!」
「それは、楽しみだなあ」
二人は、酒場を出るとまた夜空へと戻っていった。
建物の残骸ばかりの町は、まだうっすらと煙が立ち込めていた。
瓦礫を踏みつけると、ばき、とすぐに音がして割れた。中まで真っ黒に焦げていた。
どうやら、火が放たれたらしい。
「なあ、魔女さま」
町の中心を通る大きな道を歩きながら、ルシーダは魔女のローブをくいと引いた。
「ニンゲンの町っていうのは、こんなに悲しいものなのか?」
「ウーン、どうだろうね」
魔女は言葉を濁した。
彼女だって、ニンゲンの町をこんなに間近で見るのは初めてだった。
いつもは、あの大樹の上から世界を見下ろしていたのだから。
「こんなふうではなかった。とは思う」
──彼女が観測を日課にしていた頃は、美しい緑の多い大地だった。
そこに日に日に建造物が出来上がっていくのは、命の芽吹きのようにも感じられたものだ。
もちろん、もはやそんなものは欠片だって見当たらない。
永久に失われてしまったのだから。
(どこで間違ったんだろう)
毎日観測は続けていたはずだ。
けれどほころびというものを、彼女は見つけることができなかった。
気がついた頃にはもう手遅れで、美しかった世界は地獄へと塗り変わっていた。
「ここ、もうニンゲンもいないんだな」
町の外れまで移動して、ため息のように、ルシーダはそうつぶやいた。
あったのは物言わぬ屍だけだ。
「次の町へ行こう」
魔女は肩を落とすルシーダの腕をつかむと、再び杖へとまたがった。
道すがら町や村を訪ねては、二人はモンスターを保護して回った。
大半は戦に巻き込まれたのか大破した建物が多く、姿を隠さずとも見て回ることができた。
もちろん、きちんと機能している町もあった。
そんな町の中では、魔女はルシーダをローブの中にしまいこんで移動した。
魔女だけなら、変わり者の町娘で通るからだ。
「お兄さんはいたかい」
あちこち見わたしながら、魔女はローブの中にそう問いかけた。
けれどルシーダは、がっくりと肩を落として首を横に振るばかりだった。
捕らわれたモンスターたちは、大体は酒場の地下にいた。
最初こそ田舎者を装って聞いて回ったものだが、二個目からは、まっすぐ酒場に向かうようになった。
魔女はローブをルシーダに預けて酒場に入ると、ニンゲンたちには珍しい白髪頭で視線を釘付けにした。
それから、カウンターに腰かけると、店主に告げるのだ。
「この店で一番強いお酒をくれるかい。酔いたい気分なんだ」
「見慣れないお嬢さん。何か、お悩みでも?」
「ああ。ひどく悩んでいるとも。でも、人には言えない類の悩みさ」
すぐに魔女の周りには、酔っ払いたちが沸いた。
鎧をまとった兵士から、農夫の男までさまざまなものだ。
誰も彼も、魔女の悩みを聞こうと寄ってきた。
「どうぞ」
店主が、グラスになみなみ継がれた酒を滑らせる。
それを手に取ると、魔女は、ふう、と息を吹きかけた。
グラスに継がれた酒は、それに靡いてグラスから一部を飛び出させ、吐息と共に辺りへと散らばった。
強い酒の香が、ワッと広がって、魔女を囲んだ男たちがバタバタと倒れていく。
「え、あ、なに……」
「ふふふ。しばしお眠り、キミたち」
魔女は指先に酒をつけると、それをまたふう、と吹きとばした。
酒場に香りが充満するのに時間はかからなかった。
立て続けに男たちは倒れ続ける。中には異変に気付き、口を手で覆うものや、剣を手にするものもいたがそれもあえなく床に突っ伏した。
魔女は、椅子に座ったまま、ふふ、と笑みをこぼす。
「う、うう、魔女、……魔女、だな、おまえ……くそ……」
「そうとも。私こそ地底の魔女だよ」
壁に背をつけまどろむ店主の頭を、魔女はぐいとつかんだ。
「は、はは……今更、遅い。最弱の、魔女め……お前の……仲間、は、もう」
「?」
「…………」
はて。私の仲間、とは。
魔女はふいに、母体を同じくして生まれた他の『魔女』たちを思い出した。
そういえば彼女たちは、地上に住処をかまえたはずだ。
(まあ、今となっては、どうでもいいことだが)
戦火にのまれ死んだのか。
はたまた、戦火を助長させたのか。
今もなお、この地上のどこかにいるのか。
その何もかもが、魔女にとってはどうでもいいことだった。
兄弟とも姉妹ともまた違うものだったからだ。あまつさえ、家族ですらない。
いうなれば似たような顔をした他人だった。名前と顔は、ぼんやりですら覚えていない。
「おあいにく様、私の目的は『彼女』たちじゃないよ」
店主の胸元に下がった鍵を引きちぎると、魔女は店主から手を離した。
がつん。
彼の頭が、壁へとぶつかる。
しかし反応はない。深い眠りに落ちたようだった。
「ルシーダ、入っておいで」
杖で床をトンとつついて、空気を正常に戻す。
ほどなくして、ドアからローブをまとったルシーダが姿を見せた。
「凄いなあ魔女さまは。みんな、あの兵士たちみたいに眠ってしまったのか?」
「うん。しばらくは目覚めないだろう。さ、行こうか」
魔女はルシーダからローブを預かると、手を繋いで、地下へと降りていった。
(何度みても、ひどい光景だ)
酒場の地下にいたのは、その多くが兵士たちが身勝手に酒場に売り飛ばしたものばかりだった。
飲み代にするために襲い、捕獲し、労働力、あるいは『素材』として酒場に売る。
酒場はそれをマニアや、あるいは欲しているものへと売りさばく。
(こんなにも、ニンゲンは腐敗してしまった)
彼らの根の奥には、命に対する尊敬が消えてしまったのだろう。
こんなにも尊い命の輝きが、彼らにはもう見えていないのだ。
自らの発展のためならば、ほかのものはどうなってもいいと、そういう社会なのだろう。
「ここにもいない」
空っぽになった地下牢のはずれで、消え入るような声がした。
ルシーダだ。
その目には、不安が色濃く映っていた。
「にーちゃん……」
魔女は、そんな彼の腕を引く。
「いこう。あと二、三個も町を過ぎれば都に着く」
「魔女さま……」
「キミのお兄さんは、都にいるのかもしれないよ」
「……うん、うん。そうだ、そうだよね」
ぐいと腕で目元を拭って、ルシーダはまた前を見据えた。
ぎゅっと魔女の手を握り返す。
「魔女さま! みんな揃ったら、みんなであそこに住んでもいい?」
「あそこって……私の地底かい?」
「ウン! ニンゲンも来ないし、魔女さまがいるし! みんないれば、魔女さまも寂しくないだろ!」
「ははは、それはいい。でも地底はキミたちには少し狭いかもしれないね」
「大丈夫だよ! 掘って広げればいいもん。それに、木の上に登れば夜空もみれるし!」
僕、料理は得意だぞ! とルシーダは胸を張った。
「魔女さまにとっておきをつくってあげるね!」
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