Rise Seek

黒谷

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第二章「ニンゲンたちの町」

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 ──魔女はこの世界に、十三人存在した。
 母体が地の底で消えて、大樹へと変わった時に彼女たちはこぞって生れ落ちた。
 十二人が地上へとあがり、ニンゲンやモンスターと暮らす中、たった一人、大樹に寄り添い、地上を観測する役目を仰せつかった魔女がいた。
 彼女は言われた通り、何があっても大樹の上から地上を観測し続けた。
 もっとも、百年余りは、地底に引きこもっていたが。
「知りたくも無い同胞の事情を、よくもまあベラベラと」
 ほかの酒場と同じように、床に突っ伏す男たちをよけながら歩き、魔女はそんなことを呟いた。
 かろうじて言葉を発する男たちはみんな、同じことを叫ぶのだ。

 魔女は死んだはずでは!
 まだ生き残りが?
 地底の魔女なんて、存在していたのか!

 そうまでされると、もう考えないわけにはいかない。
 何かがあって、モンスターたちよりも先に、『魔女』というものはこの世界から余さず殺されてしまったらしい。
「まあ、今はどうでもいいことか」
 杖で床をこんこんとノックする。
 それから同じように、魔女はルシーダを招き入れようとして──止めた。
「……狸寝入りとは恐れ入ったなあ」
 がしゃんと音を立てて、鎧が外れる。
 中から出てきたのは、真っ黒な布で口元を覆った青年だった。
「ここらへんの酒場を襲って歩いてるのはあんただな」
「ふふ」
「何が目的だ? 同胞の仇討ちか?」
「まさか」
 青年の剣は、まるで血でも吸っているかのようにどす黒い赤の色を映していた。
 その切っ先は、迷うことなく魔女へと向けられている。
 どうみても普通の代物ではない、と思った。けれど魔女は『気にしない』。
「そもそも私は彼女たちと面識もないよ。誰に殺されたのかも知らないし、知りたくもない」
「俺が殺した」
「……知りたくないといっただろう」
 魔女は、あからさまに嫌な顔をした。
 けれどそれだけだ。
 それが気にくわなかったのか、青年はさらに口を開く。
「全員、手足も臓器もバラしたよ。いい金になった。一番高く値がついたのは髪と目玉だったかな」
「へえ」
 魔女は、やはり気のない声で相槌を打つ。
「魔術師の女と二人で組んでさ、隠れてる魔女を探し出して殺すんだ。金にはなるしスリルもあるし、最高だった」
「ふうん」
 どんどんと冷えて、冷たくなっていく魔女の態度とは対照的に、青年の声音には熱が入っていった。
「アイツは宮使いが目的だったから都に残ったけど、俺は違う。この後は遊んで暮らすつもりだったんだ。……あんたと今出会うまでは」
「それはどうも」
 じろり。熱のある視線が、冷たい魔女を射抜く。
「なあ、あんたはどんな声で悲鳴をあげるんだ? どんな血を流してる? どんな魔法を使うんだ?」
 俺に教えてくれよ。
 青年はそういって、じりじりと詰め寄ってきた。
 彼の口元を隠す黒い布をじっと見つめながら、魔女はしかし動くこともしなかった。
(たぶん、あの布。あれが魔法を通さなかった)
 どこの誰が開発したものか知らないが、面倒なこともあったものだ。
 もしかしたら彼が言うところの『同胞』のものかもしれないし、『同胞』が作り上げたものかもしれなかった。
 さて、どうしたものか。
 おそらくは手にしている剣も、『対魔女』としてのものなのだろう。
 いわば彼は、魔女にとっての天敵だ。
「時間がないというのに」
 そんなことを呟いて、魔女は杖を軽く振るった。
 クリスタルが彼女の魔力に応じるように瞬いて、それから、彼女の周りに光の弾が浮く。
「つれないこというなよ、十三番目の魔女様ァ!」
 弾が青年に走るよりも早く、青年は魔女との距離を詰めた。
 剣の先が、魔女の喉へと伸びる。
「死に急ぐな」
 が、そこから先、剣が伸びてくることはなかった。
 彼女の周りに浮かんでいた光の弾は、まるで棘のように伸び、青年の体を拘束している。
 ぴたりと動きを止めた青年に、魔女は視線も向けなかった。
「あいにくと、私はキミに興味がないんだ。キミのように戦闘狂でもない」
「う、ぐ!」
 とん。
 魔女はもう一度床を叩く。
 するともう一度光の弾が現れて、それらは一斉に棘の一部となった。
 青年の体をどんどんと固定し、拘束していく。青年はすぐに指の先すら動かせなくなった。
 ごとん、と剣が落ちる。
「お眠り」
 グラスの中の酒を、魔女は青年の頭から垂らしてかけた。
「ひ、い」
 黒い布に覆われていない、頭皮からオデコ、頬へと酒が流れ落ちる。
 それから、杖の先、クリスタルの部分が、男の頭へと向けられた。
「魔女さま!」
「!」
 ──その瞬間である。
 ルシーダが、ドアから飛び込んできたのだ。
 魔女は目を見開いて、視線を泳がせた。彼のまとったローブには、刃こそ通していないものの、放たれたらしい矢が付いている。
「た、大変だ! 外、囲まれてる!」
 魔女は、駆け込んできたルシーダを抱き留めた。
「怪我は?」
「ないよ! このローブがはじいた!」
「うんうん、えらいね」
 ルシーダを撫でつけ、その頭を自分の胸にぐいと押さえつけるとクリスタルをピカッと強く光らせた。
 光の弾が消え、棘が消え、男は今度こそ地に──伏せるかと思われたが、彼は床にダンッと手をついてみせた。
「!」
 魔女は、咄嗟にルシーダをかばうように自らの体で覆った。
 床に転がった剣が、男の手に放られて宙をくるくると回る。
 そうして、男の足で剣は弾丸のように魔女へと突き刺さった。
「む」
「まっ魔女さま!」
 悲鳴に近い声が、ルシーダから飛び出した。
 彼は魔女に抱えられながら、もごもごと体を動かす。
「は、はは! そいつは魔女殺しの呪いがかかった剣だ! あんたには抜けないし、刺さってる間は魔法も使えない!」
「ああ、そう」
「そのまま真っ二つに切り裂いてや──」
 男の言葉は、ゴンッと、鈍い音が遮った。
 魔女は、剣を腹部に貫かれたまま、杖のクリスタル部分を、思い切り男の頭に振り落としていた。
 めき。みき。ばき。
 音を立てて、男の頭が酒場の床板に沈む。
「少しうるさいよ。せっかく眠らせた男たちが起きてしまうだろう」
「あ、が……」
 小さな呻き声をあげる男へ、魔女はやはり視線を落とさなかった。
 かわりに腕の中のルシーダを見つめて、彼の耳元で囁く。
「ルシーダ。お願いがある。この剣、キミの手で抜いてくれ」
「えっ!」
「私では抜けないそうだからね。抜いたら、それを遠くに放り投げてるんだ。いいね?」
「う、うん……」
 ルシーダは、恐る恐る、魔女の腹部に突き刺さった剣に手をかけた。
 それから、それを震える手で、ずるずると抜く。
 魔女は、微動だにしなかった。
 声のひとつもあげなかった。
 どす黒い剣は、魔女の血を滴らせて妖艶に輝いていた。
 ゆっくりと剣が抜かれるのをじいとみて、抜き終わると同時に、杖の柄で男の黒い布をぐいと下げると、そのまま喉を押し付けた。
「ぐえッ」
「気つけ薬を仕込んでいたね。私に眠らせたり、幻覚をみせられても平気なように」
「な、んの、こと、か」
「あげく魔法を遮断する布に、そういう呪いのついたアクセサリーまで。私が決して殺しはしないと思ったんだね。酒場では確かに、ただの一人も殺していないものね」
「ふ、ふひ、ひひひ」
 男は、くつくつと笑いだした。
「あ、あんた、自分が伝承でなんていわれてるか、しらないんだな。最後の魔女。姿も見せない卑怯者。誰も殺せやしない、『最弱』の魔女!」
「へえ。初めてきいたよ」
 あながち間違いではないと思った。
 ほかの魔女のように彼らに対して接点を持つことは、これまでただの一度もなかったからだ。
 できることも、まあ、母体に比べれば十三分の一だし、与えられた職能も『観測』だ。
 何かを奪う機能というものは、まあ、確かについてはいない。
「魔女さまは最弱なんかじゃない! 卑怯者でもないぞ!」
 異を唱えたのは、ルシーダだった。
 彼は言われた通り剣を投げ捨てると、青年の目をまっすぐ見て言った。
「僕らを助けてくれる、優しい魔女さまをいじめるな!」
「は、モンスターが何を生意気……」
「黙れ」
 青年の言葉は、魔女によって遮られた。
 魔女は杖の先を男に向けると、ぱちん、と指を弾く。
 すると青年は、二人の目の前からパッと消えてしまった。
「ま、魔女さま、あのひと、どうしたの……?」
「大海原へ投げたよ。少し、荒波にもまれるといいと思って」
 そっか。ルシーダはどこか悲しそうにつぶやいた。
 おそらくは彼なりに、男の安否を気にしているんだろう。魔女はそう思った。
 けれど魔女の方は、そんなこと微塵も気にかけはしなかった。
 腹のあたりを何度かさすって、それからルシーダの手をぐいと引く。
「急ごう。酒場の周りは取り囲まれているんだろう? なら、いつ突入されてもおかしくない」
「う、うん。でも、バレずに出れるかな?」
「それなら、上空に直接出るよ。彼らが突入する頃には、酒場の地下はもぬけの殻、私たちもいないって寸法さ」
 どうせこの町の酒場はここだけだったしね、と魔女はそうつづけた。
 ルシーダは彼女の腹をちらりとみたが、さすられたそこにもう傷跡は見つけられなかった。
(治っちゃったのかな)
 あの剣を持ったとき、凄まじい怨念と何か強い憎しみを感じた。
 それが怖くて震えてしまったが、あんなもので貫かれた魔女は、痛くなかったのだろうか。
(……魔女さま)
 何も告げない魔女の背を、ルシーダは不安そうに見つめた。

 宣言通り、突入される前に二人は酒場から上空へと音もなく現れ、難なく脱出した。
 ルシーダの言う通り、酒場は黒い布をまとった集団に囲われていて、今にも突入するところだった。
(やれやれ)
 魔女はそれを一瞥してから、ルシーダと共に杖にまたがって町を出た。
 ああいう輩に、同胞は殺されたのだと思うと何か思うところもあるような気がしたが、今は関係ないと頭を軽く振って考えを追い出す。
 とはいえ少しだけ、疑問は残った。
 あの男が誰と組んでいたにしろ、『殺される』ほどではなかった。
 まして他の魔女たちは、それぞれに有能である。そんな彼女たちが、どうしてあの凶刃に倒れてしまったのか──。
「魔女さま?」
「ん。なんだい、ルシーダ」
 ルシーダの声で、魔女はハッと我に返った。
「……魔女さまの仲間は、もう、誰もいないってほんとう?」
「おや、盗み聞きをしていたのかい」
「ごめんなさい。なんだか、気になってしまって」
 頭を垂れるルシーダの頭を、魔女は撫でつけて言った。
「私もさっき知ったんだ。同胞は、どうやら全員死んでしまったらしい」
 なんでもないことのようにいう魔女の手に、ぽた、ぽた、と生ぬるい雨が降る。
 ルシーダの頬をつたって、彼の目から涙が溢れ出していた。
 魔女は、そのことに気付いて、息をのんだ。
「……ルシーダ」
 かける言葉が見当たらない。
 なんて声をかけていいかわからない。
 おそらく彼は、自分のために泣いているのだ。それがわからない魔女ではなかった。
 けれど、だからこそ、なんて言葉が妥当なのかわからない。
「魔女さま! でもね、魔女さまはひとりじゃないよ! 僕と、にーちゃんがいるからね!」
 ぼろぼろと泣きながら、ルシーダはそんなことをいった。
 魔女はぽかんと口をあけて、しばらくの間、呆けていた。
 それから、「ふふ」と笑みをこぼす。
「そうかい。それは、心強いな」
 心からの言葉だった。
 本当に、魔女は心の奥底から、そう思った。
(ひとりきりなんて、本当は慣れっこなのだけれど)
 嬉しかった。
 思わず、年甲斐もなく、泣いてしまいそうになるほどに。
 それから二人は、都に一番近い街にたどり着いて、同じように、酒場へと侵入した。
 都に近いだけあって、酒場の中は若い兵士らであふれかえっていた。
 魔女は草陰にルシーダを隠すと、カウンターに向かうまでの間、彼らの話に聞き入った。
 その多くは自らの武勇伝や、将の逸話ばかりだった。
 けれど中には、やはりというべきか、モンスターの話があった。
「センメツ作戦は大成功だな。使えるモンスターもたくさん捕獲できた」
 グラスの中を空っぽにして、兵士が言う。
「あの森の中にいた背丈の小さいモンスター、すごく有能なやつがいたらしいよ」
「エッ! まじか、俺も森に志願すればよかった」
「いいや、志願してたって無駄だったさ。あれはミランダ様に献上されちまった」
「ミランダ様かあ、まあ、そうだよな。アラン将軍、ミランダ様にお熱だもんなあ」
「手足をバラされるか、はたまた、首輪をつけられて奴隷にされてるか。モンスターたちも不憫なもんだ」
「へへへ。ニンゲン様の前じゃ、あいつらもただの道具か愛玩ペットさ」
 彼らの話には、魔女の話も混ざりこんでいた。
「そういえば、きいたか? 郊外の町の酒場で、みーんな眠らされて、モンスターが脱走する事件が起きてるって話だ」
「でも魔女はみんな、ミランダ様がどこぞの盗賊と手を組んで殺しちまっただろ?」
「モンスターが逃げたのも、みんなが眠っちまったのも事実だ。地底の魔女でも出てきたんじゃねえかって噂だよ」
「ははは、まさか!」
 ミランダ。
 魔女はその名を覚えるように、脳内で反復する。
 恐らくは彼女が、先の男のパートナーだろう。
 確か魔術師だと、きいてもいない話をベラベラとしゃべっていたはずだ。
(……確か、宮使いに、とかいっていたな。ともすれば、都のモンスターたちの多くは、城の中か)
 魔女は店主から強い酒をもらうと、カウンターに座らずに、魔女はその話をしている集団の中にすっと混ざった。
 グラスを揺らして、水面をゆがませる。
「地底の魔女なんて、出てきても怖くないね! だって都にゃ魔女喰いのミランダ様がいる! 最弱の魔女じゃあ、相手にならんよ!」
「もしここにきたら俺がぶん殴って捕らえて、ミランダ様に献上してやるぜ!」
「そしたらミランダ様に感謝されて、一夜をともに出来ちゃったりしてなあ!」
「へえ。では、どうぞ試してみてくれたまえ」
 ぴたり。
 魔女の声が混ざって、空気が固まった。
 全員の視線が、魔女に集う。
「どうしたのかな。ぶん殴って、捕らえるのだろう? どうぞ、ほら。十秒だけ待ってあげるよ」
 いち。
 に。
 さん。
 よん。
「ま、魔女──」
 ご。
「地底の魔女だ、誰か、とらえ──」
 ろく。
 なな。
「武器だ! 武器を」
 はち。
 きゅう。
 ……じゅう。
「時間切れだよ、諸君」
 とん、と杖が床をたたく。
 途端に魔女の持っていたグラスから、酒が飛び出した。
 液体は丸く円の形になってクリスタルの上に浮かぶ。
 兵士らは、酔っ払ってへべれけになった足でなんとか立ち上がろうとしていた。
 武器を探すもの。他の誰かをみつくおうとするもの。
 拳をかざすもふらふらと足元がおぼつかないもの。
 そんな彼らに、魔女は優しく微笑みかける。
「おやすみの時間だ」
 丸い液体は、どんどんと大きくなって、それから一気にパンとはじけた。
 酒香は酒場を一瞬で駆け巡り、ばたばたと男たちが床に伏せていく。
「ああ、どうして君たちは、こんなふうになってしまったんだろうね」
 少し寂しげに、魔女はそんなことをつぶやいた。
 それから、ドアを開けてルシーダを呼び込んだ。
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