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第二章「ニンゲンたちの町」
03
しおりを挟むやはりというべきか、ルシーダの兄はそこにはいなかった。
捕らえられていたモンスターたちを解放して、空っぽになった牢を、魔女は視線でなぞる。
(ミランダ。きくところによると、凶暴性にあふれた魔術師。彼女の元で、無事であるといいけれど)
視線を、都の方に向ける。
恐らくはこの『噂話』をきいて、彼女も何らかの動きを見せるだろう。
であれば、都での行動は迅速に行わなければならない。
(彼女はどうあれ、『魔女』をころすことに長けているんだろう。であれば、どんな行動をとるかわかったものじゃないな)
ルシーダやモンスターたちを、危険にさらすことだけは避けたかった。
言い換えれば、他はどうだってよかった。
彼女の目的は、ルシーダのお願いをかなえることだ。
いまさらニンゲンをどうこうする気には到底なれなかった。
少なくとも、ルシーダはそれを望まなかったのだから。
──『他』の中に、『魔女である自分』も含まれているとルシーダが知れば、きっと怒るだろう。
「魔女さま! 次はいよいよ、都だな!」
きっとにーちゃんはそこだ!
ルシーダはふんふんと息巻いた。
「では、急ぐとしよう。夜明けまでもうあまり時間が無い」
「? 夜が明けると、何かあるの?」
「皆で朝日を見たいだろう」
「ナルホド!」
そういうと、魔女は再びルシーダを連れて杖にまたがった。
都は、夜だというのに明るかった。
あちこちに火が灯り、店にはいまだニンゲンの出入りがある。
上空から夜の闇に身を隠しつつ、魔女は酒場の位置を確認した。
「さすがは都。三軒もある」
「すごいな! 今までは、一つの町にあっても二つだったのに!」
「それに、今回は城にも行こう。もしかしたら酒場ではなく、城にいる可能性もあるからね」
「ウン!」
魔女の声に、ルシーダはいつもどおり元気よく返事をした。
二人は酒場の物陰にそっと降り立った。
ルシーダはいつもどおりローブをまとって物陰に隠れると、魔女だけが酒場の中へ入っていった。
(客層は、町よりも金持ちが多いな。兵士らが少ない)
魔女の白髪頭は、やはり視線を集めた。
カウンターに向かうまでの間に、彼女はいくつもの視線を感じていた。
「見ない顔だね。行商人かい」
「!」
不意に、丸いテーブルに腰掛けていた男が魔女の腕を引いた。
突然のことに魔女は少し目を丸くしていたが、男の手をぱし、と払いのけるとにこやかに微笑んだ。
「行商人の女の腕は、このようにぶしつけにつかんでもよい風土なのかね?」
「はは! こりゃ、失礼した。酒が回ってたんだ、許してくれ」
男は存外、すぐに謝った。
両手をあげて、降参のポーズだ。
魔女は、男をじいと見つめた。
兵士とも貴族とも農夫ともとれない男の身体つきは、不思議なものだ。
「俺ァ、コレクターでね。この国でモンスターが買えるときいて、あんたみたいに船でやってきた旅人なのさ」
「ほう。で、買えたのかい」
「それがね、都では次の満月からの取引なんだと。郊外の町では先行予約があるとか何とか」
ひどい話だよ。
男はそういうと、手にしていた瓶ごと、喉へ突っ込んだ。
「一体丸々も、部品だけも、いろいろだってきいて、とんできたってのに」
ごにょごにょと愚痴る彼の言葉を、魔女は黙ってきいていた。
なぜ酒場の地下でモンスターたちが牢屋にいれられていたのか、わかった気がしていた。
そうして、この都の酒場には、用がないことも。
ついでに、改めて──この世界の人間が、救いようがないことも。
(大陸を越えてもなお、人々は変わらない)
遠い海の向こうなら、また違うのかもしれない。
観測を続けていたある日に、そんなことを思ったりもした。
いつかこの大海原を越えてきた旅人が、この大地に平穏をもたらすかもしれない。
そんなことが夢物語だったと、今になって気づかされた。
「で、あんたは何を売りにきたんだい。珍しいものなら何でも買うよ」
「ふむ。めずらしいもの、ねえ」
魔女はしばし考えるようなそぶりをみせて、それから、大きくため息をついた。
「残念ながら私はキミのお気に召すような商品を持っちゃいないよ。ここにも、酒を飲みにきたわけじゃないんだ」
「へえ、ではなぜここに?」
「いわゆるヒト探しのようなものさ。でもいないようだ、失礼するよ」
くるりと身を翻して、魔女はきびすを返した。
床を見つめる。わずかにもモンスターの気配はないようだった。
どうやらあるのは大量の酒瓶くらいのものか。
(全盛期──いや、母体だったなら、上空からでも気配だけなら探せるのだが)
ドアに手をかけたまま、魔女はぴたりと固まった。
「……ふふ。さすがは王都。酔ったふりがうまいねえ、君たち」
背後は振り向かずともわかっていた。
後頭部に、ぴたりと剣の先がつけられている。
柄を握っているのは、先の『コレクター』を名乗った男だ。
「都以外の町全部──酒場という酒場が『眠りに落ちる』。あげく大事な大事な商品が全逃げとありゃ、アラン将軍の重い腰だってあがるってもんよ」
「ああ、どこかできいたな。そんな名前」
「おとなしくしろ、魔女。今『魔女殺しの錠』を──」
男が言い終わらないうちに、魔女は、くるりと振り返った。
その手には、杖が握られ、クリスタルがきらきらと輝いている。
「ははは! 強い光にご注意だぞ!」
「な!」
パッとクリスタルに灯った光が弾ける。
目の前が真っ白になるほどの強い光を受けて、男たちは思わず目を瞑った。
しかし、それも一瞬のことだ。
すぐに光は消えうせたので、男はいまだしばしばする目をぎりぎりと開いて剣を振るった。
ぶおん、と剣が空を斬る。
「いない!」
当然のことながら、魔女はもういなかった。
ドアが開いた形跡すらなかった。まるで、最初から幻だったかのようだ。
「探せ、まだ近くにはいるはずだ!」
男たちは、ドアから飛び出すと都の中へ駆けていった。
そんな姿を、魔女はルシーダと共に杖にまたがり、上空から見つめていた。
「ま、魔女さま、な、何かあったの?」
「ウン。まず都の酒場にはモンスターはいないそうだ。城に行かなきゃいけないんだが、それもどーにも罠くさい」
魔女は顔をしかめた。
一瞬の目くらましで脱出し、ルシーダをつれて出たところまではよかったが、ここからが問題だ。
警戒されている中を、一人で切り抜けるならいくらでもやりようがあるが……。
(そばまでいけば、城の地下くらいは感知できるだろうから、そこから移動をしてみて……招き入れるのが目的なら、入るのは容易なはずだ。問題は……)
恐らく、問題は『出る』ことにある。
あのコレクターを名乗る兵士がわざわざあんな話をしたことには、意味があると魔女は思っていた。
城には対魔女の『何か』があるのだろう。
もしきてほしくないのなら、何か違う話を用意するに違いない。
「~~~! 魔女さま!」
「!」
ぐい、と視界いっぱいにルシーダが入り込んだ。
頬がぷうと膨れ上がっている。
「お城にいくんだろ? はやくしないと、夜が明けちゃうよ!」
ルシーダの声に、魔女はハッと空を見た。
確かに、夜の闇が浅くなっている。
地平線のあたりなんかは、明るくなってきていた。
(悩んでる暇はないか)
腹の辺りをさすって、魔女は杖の先を城に向けた。
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