診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ

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第5章 2号館、屋上から動き出す

90話 川瀬サイド・寮を揺るがす夜

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 仕事を終えて寮のリビングに向かった。

まだ誰も帰ってきていない。よし、先に風呂に入るか。

 廊下に出ると、何か声が聞こえる。

……ん?気のせいか? いや、また聞こえた。

幽霊か? いや違う。耳を澄ますと主任の声のようだ。食品庫のあたりだ。

ドアを開けると、主任が倒れていた。

「ええっ、どうしたの?」

目は開いているが立ち上がれない様子だ。やばい。

すぐ北原に電話をかけた。主任を部屋に運ぼうにも鍵がない。

「はい、どうしたの?」

「あっ、北原か。主任が食品庫で倒れてる。すぐ部屋の鍵を持ってきてくれないか? とりあえずリビングのソファに寝かせる」

「了解」

「主任、ソファに運ぶから俺の首に手を回して。できる?」

駄目だ、力が入らない。仕方ない。横抱きにしてリビングへ運んだ。

そこへ北原と理事が駆け込んできた。

「どうしたの?診療カバンを持ってきた」

「じゃあ貸してくれる?」

熱を測り、血圧を測り、聴診器を当てる。

北原「熱が高いな。38.6度ある。困ったね。血液検査と尿検査をしたいが、倒れるほどならトイレは無理だ。

上間先生を呼んで留置カテーテルをお願いしよう」

理事「あ、俺が下に連絡します」

ほどなくして上間先生とナースの村上亜衣さんが駆けつけた。

上間「主任はどうしたんですか?」

院長「まだ不明ですね。検査してみないとはっきりしない。とりあえず部屋に運ぶので、あとでカテーテルをお願いできますか?」

上間「はい、分かりました」

理事が鍵を開けて戻ってきたので、俺が主任を横抱きで部屋に運びベッドに寝かせた。

後は上間先生と亜衣さんに任せ、俺たちは廊下へ出た。

院長「そうだ、佐久間先生に連絡しよう。汁物を待っているはずだ。ちょっと台所を見てくる」

俺は動転して佐久間先生のことをすっかり忘れていた。

みんなで台所に行くと、鍋には何も準備されていない。

冷蔵庫を覗くとおかずも全員分には足りない。

院長「だし汁はあるけど夜用か朝用か分からないな。……今夜は汁なしで弁当にしてもらおう」

俺は佐久間先生に電話した。

「主任が倒れて、汁物もおかずも準備できません。申し訳ないです……。はい、分かりました。よろしくお願いします」

そこへ上間先生と亜衣さんが戻ってきた。

院長「どんな感じですか?」

上間「やはり検査が揃わないと。声をかけても反応がありません」

院長「そうか、結果を待とう」

院長「夏、お前手伝えよ」

理事「何を?」

院長「決まってるだろ、ご飯の支度だ。炊飯器を見たらまだ炊いてなかった。今夜は弁当でしのげるけど、明日の朝ご飯は準備しないと」

主任のエプロンをかけた院長は、米を研ぎ始めた。エプロンが少し小さく見える。

院長「10合じゃ足りないな。小さい炊飯器で5合足すか」

川瀬「ああ、それでいいんじゃない?主任、いつも16人分って言ってたよ」

院長「よし、じゃあ卵焼きを作ろう。夏、卵を溶いてくれる?」

夏「何個?」

院長「20個くらいかな」

夏「はい、了解」

そのとき亜衣さんが走ってきた。

「結果が出ました!」

俺は思わず受け取った。

「ああ、白血球が多い。尿も濁ってる。潜血と蛋白も……。膀胱炎か? いや、診察してくる」

みんなで部屋に向かい、俺は腹部を触診した。背中を押したときに主任が「うっ」と声を上げた。

川瀬「膀胱炎というより腎盂腎炎だな」

院長「間違いないだろう。治療に1週間はかかるな……」

川瀬「点滴だな。解熱剤と抗菌剤でいいか?」

院長「うん、さっきのカバンに入ってる」

川瀬「じゃあ俺がやる」

亜衣「点滴台を持ってきますね」

俺たちは主任の寝顔を見つめ、寮母がいない大変さを痛感した。

院長「じゃあ川瀬、あとは頼む。俺は食事を作る」

川瀬「分かった。任せろ」

上間「では私は下に戻りますね」

院長「ありがとう。みんなに今夜は汁なしだと伝えてくれる?」

上間「はい、わかりました」


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