診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ

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第10章 人が集う、嵐の春

185話 夏の戦略

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 ホテルから帰宅すると、夏の姿がなかった。

……ったく、あいつ、姿を消すなんて周到なやつだ。

桃香に聞くと「さっきまでいたけど、どっか行っちゃった」と言う。

そんなバカな。どうせ近くに隠れてるんだろうと思ったが、もう探す気にもなれなかった。

「莉子、ご飯食べよう」

「うん。でもなんだか疲れたから、あまり食べたくない」

「じゃあ、ポタージュなら飲める?」

「うん、多分飲める」

それでも、ぼんやりとしていた。目がとろんとして、もう限界だ。

「お風呂は入れる?」

「無理……」

やっぱりな。完全に電池切れの顔だ。

ポタージュを飲ませて休ませると、桃香がじっとこちらを見ていた。

どうやら夕食はすでに終わっていたらしい。

「桃香、どうした?」

「ううん、なんでもない」

「もしかしてパパ不足か?」両手を広げた。

照れ臭げに少し頬笑んで椅子から降りてそばに来た。

ぎゅと抱きしめた。桃香の髪から良い匂いがした。

髪や頬にキスをしてしばらく抱きしめていた。

「桃香、今日の塾は誰か迎えに来てくれたの?」

「うん、おにいが来てくれたよ」

「そう、それならいい。勉強もほどほどにして、早く寝なさい」

「はーい」

ジュースを飲み干すと、歯磨きをしに洗面所へ向かった。

桃香が部屋に戻っていくと、俺はさっさと食事を済ませて4階へ上がった。

風呂に入って、さっさと寝よう。

――そう思って部屋に入ると、ベッドが不自然に膨らんでいる。

……はあん、なるほど。そこにいたか。

無視して風呂に入った。

今日は疲れた。まったく、なんて日だ。

とんでもない“莉子の日”だったな。

電気を消してベッドに入る。

夏はいないものとして、完全に無視。

それにしても静かだ。寝てるのか?

そっと布団をめくって覗くと――

パチッと目を開けて、にこっと笑った。

……悪魔め。

「夏、自責の念はないのか?」

「だってさ、今は菜の花病院が大変なんだよ。
寮ばっかり増えて、大赤字だし。
おまけにシャトルバスやドライバー、センターの医者も募集しなきゃいけないしさ。

お兄さんは歩く広告塔なんだから、協力してよ~。
あの画面の中でも飛びぬけてイケメンだったよ?さすがだね!」

「……」

「SNSでテレビ出演に合わせて、ハッシュタグで“菜の花の募集”をアピールしたんだよ。
きっと2、3日中に反応あると思う!ねえ、分かってよ~」

もう何も言わずに寝ることにした。



朝。
目を覚ますと、昨日の夏の言葉を思い出した。

――“あの画面の中でも飛びぬけてイケメンだったよ”。

……なんで知ってる?
あの番組、生放送じゃないぞ?

隣の夏を起こした。

「なあ、昨日のあのホテルに、お前もいたのか?」

「違うよ。いないよ」
寝ぼけまなこのまま、夏が笑う。

「KAIのマネージャーに録画してもらって、KAIが俺に回してくれたんだよ」

「ふ~ん。連携プレーがすごいな」

「KAI君と会ってるのか?」

「会わないよ。だって向こう忙しいもん。ラインでちょっとやり取りするだけ」

「ふ~ん」

――ほんとに、夏は抜け目ないやつだ。

「さあ夏、起きろ。今日は水曜日だ。市中の医院はどこも休み。稼ぐんだろう?」

「え~朝からそんな元気……」

「本館が一番忙しい日なんだよ。ほら、行くぞ!」

「は~‥‥‥い……」

布団の中でぐずる夏を尻目に、

俺はすでにスクラブを着ていた。

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