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31 番外編・精霊樹のこども 07
しおりを挟む赤子は、ナディクの髪を離そうとしなかった。毎日ナディクがそばで見守り続けていたのを知っているかのように、ぴったりと寄り添っているのだ。
「ナディクさん、この子に名前を付けてあげてよ」
「えっ?フロル殿、そんな大事なことを私のような部外者に……」
「部外者だなんて言わないでよ。ずっと花を守ってくれてたじゃない。感謝してます。この子もわかってるんだよ。一番最初にナディクさんに手を伸ばしたもん」
「はい。では、……クマール。……ふと浮かんだ名前ですが、クマールはいかがですか?祖国の英雄の名前です」
「ぷっ、熊……いや、クマールですね。素敵な名前だと思います!」
フロルは思い出した。夢の中で精霊フロルと歌ったことを。
「くーまにまーたがりおーうまのけいこー♪」
「くーまにまーたがりおーうまのけいこー♪」
あのときは、キャラメイキングなんて本気にしていなかった。
しかし、彼はやったのだ。
熊みたいな元気な"人間"のこどもを生み出したのだ。
きっとこの子が家族に加わり、この血脈が受け継がれていくことで、精霊樹は人間とずっとつながっていくことが出来るのだろう。
ぼくはダレンを愛したことを、これっぽっちも後悔していないけれど、子孫を残すことはできない。とは言え、クマールも男性を好きになる可能性はあるけれど。
フロルの父が、集まった領民に向かって、声を張り上げた。
「この子の名前は、クマールに決まった!みな可愛がってやってくれ!」
「うぉーい!わかりましたー!」
「クマール様、誕生おめでとうございまーす!」
たくさんの人に祝福され、クマールはセルフィーユ領に迎え入れられた。
誰も、"そんなのおかしい"とも、"人間じゃない"とも、言わなかった。
フロルは思った。――前世だったら、クマールは研究所に連れていかれちゃうだろうと、ここが魔法や精霊ありのファンタジー世界でほんとうによかった。
ぞろぞろとみんなが引き上げる中、フロルは、そっと精霊樹の幹に触れた。――お疲れ様。すごいじゃん。びっくりしたよ。
精霊樹は、"とくん、とくん"と、脈動で返事をした。いつもよりリズミカルな感じがした。ノリノリ?
クマールを連れた一同が屋敷に帰ると、居残り組は衝撃を受けた。
花から赤子が生まれた。驚いて当たり前だ。
おまけに、クマールはフロルとダレンの特徴を受け継いでいた。
なにがどうしてどうなったのか。フロルにもわからないし、きっと精霊フロルも言うだろう。
「なんか頑張ったらできちゃった」って。
その夜、クマールは山羊の乳をたっぷり飲んで、ぐっすり眠った。
その横で、ナディクは今日の出来事を丁寧に書き記していた。
感情を揺さぶられっぱなしだった彼は疲れているのだろう。ペンを持ったままうつらうつらしていて、手帳に謎の線が増えていった。
◇◇◇
「ダレン、お疲れ様。ぼくらもそろそろ眠ろうか」
「そうしよう。フロルといると、不思議な出来事にいろいろ遭遇するけど、今日のはすごかったな」
「ほんと、精霊樹にはびっくりさせられてばかりだよ」
ふたりはベッドに入ると、ぎゅっと抱き合って見つめあった。
「このくりっとした黒い目、クマールにそっくり」
ダレンはフロルのまぶたに軽くキスをした。
「ダレンのすっと通った鼻筋も、クマールにそっくり」
フロルはダレンの鼻先に噛みついた。
「やったな、このやろ」
「あはっ、かかってこーい」
結局ふたりは朝まで一線を交えてしまった。眠い。
くたくたに愛されたフロルの夢の中に、精霊フロルが現れた。
「やあ、今日はぼくの一大プロジェクトにご参加いただきありがとう!」
「プロジェクトって言っちゃう!あはっ、楽しかったよ。昔話オンパレードだったね。そうそう、赤ちゃんの名前はクマールになったよ」
精霊フロルは、うれしそうにうなずいた。そして、少ししんみりした顔で言った。
「でさ、ぼくちょっと疲れたから眠るわ。精霊の加護は変わらないけど、ぼくは次にいつ起きるかわかんない」
「もう夢に出てこないの?」
「うん。君が生きてる間に起きられるかな。クマか、その子孫の時代かな。また会いに来てよ。眠っていても、来てくれたらうれしいから」
「や……だなぁ、……これで最後みたいなこと言わないでよ」
精霊フロルの姿が少しずつ消えていく。
「命はめぐり、まわるからね。終わりなんてないんだよ。……おやす……み」
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