ぼくが風になるまえに――

まめ

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30 番外編・精霊樹のこども 06

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 その日は、澄みわたる晴天で、朝から空気がきらめいてみえた。セルフィーユ領の住人は、気分がふわふわと高揚するのを感じた。
 なんかいいことがありそうな予感がする。――早起きして農作業に勤しむ者も、みな自然に顔がほころんでいた。
 
 気配を感じ、ばちりと目が覚めたフロルは、隣に眠るダレンを揺り起こした。

「ダレン、起きて!きっと今日あの花が咲く!」

 さっさと着替えをすませて、屋敷中に声をかけたフロルは、精霊樹の丘に走った。――胸の中でなにか高まるものがある。これは精霊フロルの喜びの感情だ。

 丘に登ったフロルを待ち受けていたのは、もうすでに涙でべしょべしょになったナディクだった。

「……うっく、うぅ……、フロル殿、もうすぐ花が開きます。精霊樹の誕生に立ち会えただけでも、幸運なのに、花の開花まで見られるとは……私は一生分の幸運を使い果たした気がいたします。もういつ死んでもいいっ!」

 いや、そこは長生きしてよと、フロルは軽くナディクに突っ込みを入れて、花に顔を寄せて匂いを嗅いだ。
 ほのかに甘い香り――これは前世の桃によく似たプロムの香りだ。
 まあるいつぼみに、薄桃色のふっくらとした花弁。――精霊フロルめ、桃太郎がお気に入りなのか。

 後から追いかけてきたセルフィーユ家のみんなに続いて、領民たちが次々と丘に現れた。

「今日は空気が違うんで、精霊樹さまが気になって」
「そわそわするんです」

 ついてきたこどもたちは、きゃっきゃと追いかけっこをして遊んでいる。

「ふわふわ?わくわく?なんかうれしいのー」

 いつの間にか、精霊樹のまわりにはたくさんの人が集まっていた。
 ナディクがうれしそうに、位置を直そうとゆりかごを抱えた。

「精霊樹さま、よかったですね。みんなが来てくれましたよ」

 その声が終わるやいなや、つぼみがうっすらと光った。花びらの隙間から、光のすじがもれはじめる。
 薄桃色の花弁が幾重にも重なる、ベールのような内部があらわになる。

 ――パンッ――

 丘中に破裂音が響くと、空から薄桃色の小さな花びらが降ってきた。フロルは思った。――クラッカーかよ。そして、これは花咲かじいさんぽい。
 人々が花びらを手にしようと、空に注目してあたふたしている間に、ナディクとフロルの目の前で、花は刻々と姿を変えていった。
 めしべの根元がぷくりとふくらむと、それはどんどん大きく丸くなり、巨大な桃の実に成長した。
 ゆりかごを抱えたままのナディクは、桃の実を受けとめるよう、構えた。
 そして、大人の頭くらいにふくらんだ桃の実は、くす玉のようにぱかっと二つに割れた。
 フロルの頭に、ぱんぱかぱーん!おめでとうございます!というセリフが浮かんだ。まったく精霊フロルのお遊びがすぎる。

 桃から生まれた物体は、ずしりと現実の重みをもって、ナディクのゆりかごの中に落ちた。

「ああっ、ああああああああー!」

 ナディクは感動しすぎて、滂沱の涙を流しながら、ただ絶叫している。ダレンが「赤ちゃんがびっくりするよ」と、後ろからナディクの口をふさいだ。
 ゆりかごの中にいたのは、ふさふさの黒髪をたてがみのように生やした小さな赤子だった。

「……赤ちゃんが出てきた」

 フロルは、こんなに人間に似た生き物が出てくるとは、まったく予想していなかった。
 むっくりしたぷくぷくの体で、赤子はえいやっと力強く寝返りをうつと、顔、そして小さなちんちんがあらわになった。
 ゆっくりと目を開いた赤子は、ナディクの髪をぎゅっとつかんだ。

「ダレンに似ている……」
「フロルにそっくりだ!」
「ああっ、一番に私に触れてくださるとは、なんたる僥倖!うぅっ、精霊樹の赤子様ぁぁぁ!」

 花びらに夢中になっていた領民たちは、ようやく精霊樹の起こした珍事に気がついた。
 ナディクが抱えるゆりかごの中に、いつのまにか、丸々とした男児がいるのだ――

「花から赤子が生まれた!すげー!」
「おっ!おめでとうございます!」

 みな口々にお祝いの言葉を口にする中、フロルとダレンとナディクは、奇跡を目の当たりにした余韻からまだ抜けきれなかった。
 人波をかきわけて、三人のそばに立ったフロルの父が言った。

「セルフィーユ家に新しい家族が増えたな」

 とたんに、フロルの目からぼろぼろと涙がこぼれ出す。

「この子は、ぼくとダレンと精霊樹のこどもだ……誰がなんと言おうとも……」

  


───────

お読みくださり、ありがとうございます。
あと2話で完結となります、
最後までお付き合いいただけるとうれしいです。
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