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23 精霊樹とささやかなお祭り
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その日は朝からよい天気だった。
雄鶏たちの声が高らかに夜明けを告げると、セルフィーユ家はたちまちにぎわしくなった。
今夜は満月。これからセルフィーユの丘に足を運び、昼の間に精霊樹の種を埋めるのだ。
厨房では朝から大量のパンを焼き、フロルは使用人たちとたまごサンドを山ほど作った。
畑から収穫したばかりのじゃがいもを籠に一抱え持って来たセージは、料理長に教わりながら山ほどのフライドポテトを揚げていく。
倉庫からは、ワインやエールの樽が次々に馬車の荷台に積まれていく。
ダレンは外のかまどでハムやウインナーを焼いていた。たまにつまみ食いも出来る美味しい仕事だ。
使用人たちも各々の家から、料理や焼き菓子を持ち寄った。
それは楽しいお祭りの始まりだった。
空は青くどこまでも透き通るようで、風はやわらかく、これから丘に向かうフロル達一行を包み込むかのようだった。
丘までは歩いて三十分ほどだろうか、畑の間にまっすぐ通る道をゆっくり歩きながら、農作業をする者に声をかけながら、丘への行列はだんだん大きくなり、いつしかほとんどの領民が加わっていた。
領民たちが久しぶりに会ったフロルの黒髪に驚いたり、子供たちが魔術師のローブを纏うナディクを質問攻めにしたり、ダレンの後に犬や羊の行列が出来たり、楽しそうな歓声の中、丘を登り、一番高い広場のように開けた場所で、一同は歩みを止め集まった。
セルフィーユ子爵であり領主の父が、みなに聞こえるよう大きな声を出した。
「本日は集まってくれてありがとう。うちの三男のフロルが風守なのは、みな知っていると思うが、このたびその役目を降りることになった」
フロルが一同の前に現れる。まだ彼の変化を知らなかった者たちからは、驚きのため息が漏れた。
「……こんにちは。……髪の色が変わっちゃったけど、ぼくフロルです。風守じゃなくなったけど、この領地から豊穣の祝福がなくなったわけじゃないので、安心してください。ぼくの代わりとなるのは、精霊の木です。これから種を埋めるんだけど、この丘からみんなを見守ってくれる予定なんだ」
ナディクが、すっと種の入った小箱を差し出す。フロルは、自分より背の高いナディクに、種をみんなに見えるように掲げてもらった。
「あのね、ぼくが今まで持っていた祝福は、全てこの種に詰まっているんだ。そして、もう風守は生まれないし、この種が出来ることはない。わかる? 今からすることは、この領の今までもこれからも、この一度しかない儀式なんだ。みんなに見てほしくて集まってもらったよ」
精霊の種は、領民の注目と期待を受け、それを喜ぶかのように大きく瞬いた。
ナディクはこの瞬間を見逃すまいと、まばたきすら惜しいと思った。
「じゃ、これから埋めまーす! そのあと、みんなでごはん食べようね!」
丘の真ん中、少し高くなった場所に、セージとダレンが穴を掘っていた。種の大きさは、手のひらにちょこんと乗るくらい。三十センチほどの深さの穴が用意された。
ナディクは、穴の中、しっとりと栄養を含んだやわらかい黒土の上に種を置く。フロルはその上から丁寧に土をかけていった。穴が全部埋まると、祈りをこめるように父が上からぎゅぎゅっと土を押さえてならした。
「出来た!じゃ、みんなで種にご挨拶しよう!――これからよろしくお願いしまーす!」
「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」
笑いを含みながら一同の声が揃うと、それに応えるかのように地面から、光とともにしゅるしゅると勢いよく植物のツルが伸び出した。
昔のフロルの髪と同じ、ペールグリーンの色をしたしなやかなツルだった。
何本も現れたツルは、絡まり合うようにひとつになり、みるみる間に枝を伸ばし、葉を茂らせ、隣に立つフロルと同じくらいの高さの”普通”の若木になった。
フロルや、家族、領民は、予想外のことにぽかんと口をあけた。しれっとして普通を装っているこの植物、どう考えても普通じゃなかった。
ナディクだけが、この光景に感動し、体を震わせ、声をあげて泣いていた。
「わぁ、びっくりしたね。 これからこの木はぼくたちの仲間だよ。大事にしてね。周りに柵をつけるから入っちゃだめだよ」
若木の変化に目をぱちくりとさせながら、フロルがみんなに声をかけた。内心は「異世界ファンタジー面白すぎる」と大笑いしていた。まるでアニメの早送りみたいだった。でも、これは自分にとっては現実なのだけど。
こんなすごいことが目の前で起きたのに、すぐに受け入れて納得してしまうのが、のどかな土地柄ならでは。
柵が設置される横では、すでに地面に敷物が敷かれ始め、宴会の準備が始まっていた。料理を運ぶ者、お酒を配る者、領民たちは、少しずつ敷物に腰を下ろし始め、子供たちをつかまえておとなしくさせた。
父がワインの入ったカップを大きく空に掲げる。家族も、フロルとダレンも寄り添って、カップを空に掲げた。
「乾杯!セルフィーユ領に幸あれ!」
一同も同時に飲み物を上に掲げ、乾杯に参加し、そのあとは、たっぷりと料理やお菓子を楽しんだ。
そのとき、屋敷からの馬車が、遅れて到着した。
荷台から男性二人がかりで運び出されたのは、黄金色に輝く大きなバケツプリン。領民たちの目が丸くなる。
「フロル坊ちゃん、お祝いにはこれを忘れちゃなりませんよ!」
馬車から降りてきた料理長が、にっこりして、フロルに大きなスプーンを差し出した。
「最初の一口は、坊ちゃんがどうぞ!」
フロルは、そのスプーンを手に取り、大きなプリンの塊をよそった。そして、隣で大口を開けて笑っているダレンの口の中にそれを突っ込んだ。
ダレンは瞬時に身構えて、今回は見事にプリンを口内に収めることに成功した。
曲芸かと勘違いした領民から、大きな拍手があがる。
「……もごもご、ごくん。フロル、プリン美味しいね!」
「うん、ダレンは最高だね。あははははっ!」
フロルは、腹を抱えて大笑いした。いろんなピースがはまって、ここまでたどり着いた。そして、隣にいるのは――
次回で最終話となります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
雄鶏たちの声が高らかに夜明けを告げると、セルフィーユ家はたちまちにぎわしくなった。
今夜は満月。これからセルフィーユの丘に足を運び、昼の間に精霊樹の種を埋めるのだ。
厨房では朝から大量のパンを焼き、フロルは使用人たちとたまごサンドを山ほど作った。
畑から収穫したばかりのじゃがいもを籠に一抱え持って来たセージは、料理長に教わりながら山ほどのフライドポテトを揚げていく。
倉庫からは、ワインやエールの樽が次々に馬車の荷台に積まれていく。
ダレンは外のかまどでハムやウインナーを焼いていた。たまにつまみ食いも出来る美味しい仕事だ。
使用人たちも各々の家から、料理や焼き菓子を持ち寄った。
それは楽しいお祭りの始まりだった。
空は青くどこまでも透き通るようで、風はやわらかく、これから丘に向かうフロル達一行を包み込むかのようだった。
丘までは歩いて三十分ほどだろうか、畑の間にまっすぐ通る道をゆっくり歩きながら、農作業をする者に声をかけながら、丘への行列はだんだん大きくなり、いつしかほとんどの領民が加わっていた。
領民たちが久しぶりに会ったフロルの黒髪に驚いたり、子供たちが魔術師のローブを纏うナディクを質問攻めにしたり、ダレンの後に犬や羊の行列が出来たり、楽しそうな歓声の中、丘を登り、一番高い広場のように開けた場所で、一同は歩みを止め集まった。
セルフィーユ子爵であり領主の父が、みなに聞こえるよう大きな声を出した。
「本日は集まってくれてありがとう。うちの三男のフロルが風守なのは、みな知っていると思うが、このたびその役目を降りることになった」
フロルが一同の前に現れる。まだ彼の変化を知らなかった者たちからは、驚きのため息が漏れた。
「……こんにちは。……髪の色が変わっちゃったけど、ぼくフロルです。風守じゃなくなったけど、この領地から豊穣の祝福がなくなったわけじゃないので、安心してください。ぼくの代わりとなるのは、精霊の木です。これから種を埋めるんだけど、この丘からみんなを見守ってくれる予定なんだ」
ナディクが、すっと種の入った小箱を差し出す。フロルは、自分より背の高いナディクに、種をみんなに見えるように掲げてもらった。
「あのね、ぼくが今まで持っていた祝福は、全てこの種に詰まっているんだ。そして、もう風守は生まれないし、この種が出来ることはない。わかる? 今からすることは、この領の今までもこれからも、この一度しかない儀式なんだ。みんなに見てほしくて集まってもらったよ」
精霊の種は、領民の注目と期待を受け、それを喜ぶかのように大きく瞬いた。
ナディクはこの瞬間を見逃すまいと、まばたきすら惜しいと思った。
「じゃ、これから埋めまーす! そのあと、みんなでごはん食べようね!」
丘の真ん中、少し高くなった場所に、セージとダレンが穴を掘っていた。種の大きさは、手のひらにちょこんと乗るくらい。三十センチほどの深さの穴が用意された。
ナディクは、穴の中、しっとりと栄養を含んだやわらかい黒土の上に種を置く。フロルはその上から丁寧に土をかけていった。穴が全部埋まると、祈りをこめるように父が上からぎゅぎゅっと土を押さえてならした。
「出来た!じゃ、みんなで種にご挨拶しよう!――これからよろしくお願いしまーす!」
「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」
笑いを含みながら一同の声が揃うと、それに応えるかのように地面から、光とともにしゅるしゅると勢いよく植物のツルが伸び出した。
昔のフロルの髪と同じ、ペールグリーンの色をしたしなやかなツルだった。
何本も現れたツルは、絡まり合うようにひとつになり、みるみる間に枝を伸ばし、葉を茂らせ、隣に立つフロルと同じくらいの高さの”普通”の若木になった。
フロルや、家族、領民は、予想外のことにぽかんと口をあけた。しれっとして普通を装っているこの植物、どう考えても普通じゃなかった。
ナディクだけが、この光景に感動し、体を震わせ、声をあげて泣いていた。
「わぁ、びっくりしたね。 これからこの木はぼくたちの仲間だよ。大事にしてね。周りに柵をつけるから入っちゃだめだよ」
若木の変化に目をぱちくりとさせながら、フロルがみんなに声をかけた。内心は「異世界ファンタジー面白すぎる」と大笑いしていた。まるでアニメの早送りみたいだった。でも、これは自分にとっては現実なのだけど。
こんなすごいことが目の前で起きたのに、すぐに受け入れて納得してしまうのが、のどかな土地柄ならでは。
柵が設置される横では、すでに地面に敷物が敷かれ始め、宴会の準備が始まっていた。料理を運ぶ者、お酒を配る者、領民たちは、少しずつ敷物に腰を下ろし始め、子供たちをつかまえておとなしくさせた。
父がワインの入ったカップを大きく空に掲げる。家族も、フロルとダレンも寄り添って、カップを空に掲げた。
「乾杯!セルフィーユ領に幸あれ!」
一同も同時に飲み物を上に掲げ、乾杯に参加し、そのあとは、たっぷりと料理やお菓子を楽しんだ。
そのとき、屋敷からの馬車が、遅れて到着した。
荷台から男性二人がかりで運び出されたのは、黄金色に輝く大きなバケツプリン。領民たちの目が丸くなる。
「フロル坊ちゃん、お祝いにはこれを忘れちゃなりませんよ!」
馬車から降りてきた料理長が、にっこりして、フロルに大きなスプーンを差し出した。
「最初の一口は、坊ちゃんがどうぞ!」
フロルは、そのスプーンを手に取り、大きなプリンの塊をよそった。そして、隣で大口を開けて笑っているダレンの口の中にそれを突っ込んだ。
ダレンは瞬時に身構えて、今回は見事にプリンを口内に収めることに成功した。
曲芸かと勘違いした領民から、大きな拍手があがる。
「……もごもご、ごくん。フロル、プリン美味しいね!」
「うん、ダレンは最高だね。あははははっ!」
フロルは、腹を抱えて大笑いした。いろんなピースがはまって、ここまでたどり着いた。そして、隣にいるのは――
次回で最終話となります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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