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22 精霊樹の種
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ひとつふたつと花びらが消えていき、最後の一枚が消えたとき、一同はようやく大きく息を吸った。
今までにない、きっとこれからもないだろう経験をした。まだ感動で胸が震えている。その場に立ち会えた者たちは、己の幸運に感謝した。
花びらがなくなったフロルの頭には、丸い真珠のような玉と、台座のようにそれを支える萼だけが残っていた。
フロルが鏡の向きを変えようと体を動かすと、玉はころんと転がり、カツンと軽い音をたてて、目の前の皿の中に落ちた。一瞬にして、みなの間の空気が凍った。
「ああっ!種がっ!」
フロルは玉に触れてよいのかわからなかったので、ナディクに視線を向けて、助けを求めた。
ナディクは流れるような動作で、素早く手袋を装着し、うやうやしく玉を手にとると、宝石箱のような小箱に静かに収め、カチリと蓋をした。
「精霊樹の種、保管完了ですっ!この手で触れることが出来るとは!なんたる僥倖!……はぁっ!緊張で息が止まるかと思いましたっ!」
ナディクの興奮した声が部屋に響くと、ようやくみなの緊張がとけた。口々に、今見た光景の美しさ、不可思議さ、漂っていた香りの記憶などを語り、さっきまで静まりかえっていた食堂が、興奮の熱気で包まれた。
執事がぽんぽんと手を叩くと、使用人たちは、弾むような足取りで、それぞれの仕事場に戻っていった。後には、家族とダレン、ナディクが残された。
「フロル殿、頭に触れてもよろしいでしょうか」
「うん、いいよ。まだ花の萼が残っているね。これ、消えないのかな?」
ナディクは、花の萼に根元から指を入れた。柔らかな花びらを包んでいた薄青色の萼は、硬質化し、魚の鱗を思わせた。
少し揺さぶってみると、根元がぐらぐらした。
「硬くなっていますし、これは消えないようですね。フロル殿、触られて痛く感じましたか?」
「ううん、むず痒い。かさぶたが剥がれかけてるみたいな感じ」
「では、もう少し力を入れますね」
ナディクが、萼を持ち上げるように揺すると、それは簡単に外れた。フロルの頭に指で押したくらいの小さなハゲが残った。
「ふふふっ」
ナディクが肩をすくめて笑うと、フロルは嫌な予感がして鏡を手に取った。
「あっ!ハゲてる!もー!」
「あははははっ!」「ぐふっ、かわいいハゲだな!」「ふふっ……」
取るに足らないサイズのハゲが、さっきまで緊張していた反動で、大きな笑いを生んでいた。フロルはむくれた。しかし、最後には一緒になって大笑いをした。
ナディクは、自分の手の中にある精霊樹の花の萼を、愛しそうにみつめた。全て消えてしまったが、これだけは残った。歴史の記録となるこの萼をもらい受けることは出来るだろうか。これだけの量があれば、少し切り取って成分を分析することも可能だろう。そもそも何で作られているのだろう。全てが未知だった。
「ナディクさん、それ……あげるよ」
ナディクは、フロルの発した言葉に耳を疑った。
「……今、なんと?」
「今あなたが持っている花の萼、よかったらお礼にもらってよ。欲しいでしょ?」
「よっ、よろしいのですか?」
フロルは大きく頷いた。周りの家族も頷いた。その目には、ナディクへの感謝があふれていた。
ナディクは、魔術研究所で黙々と古文書の解読を続ける、たいした功績も、華々しい舞台にも縁のない、しがない研究者である。
今まで自分のしたことが、直接人のためになったことはなかった。そもそも彼は人が苦手だった。時に旅にも出るが、本喰い虫のように書物に埋まって、生涯を終えるつもりだった。
「ぼく、ナディクさんがいなかったら、今ここにいないと思うんだ。……本当にありがとう!」
ナディクの目からあたたかいものが溢れ出す。今までずっと役に立たないと言われてきた自分の研究が、書庫を飛び出し、現実の人とつながり、喜びを生み出した。人の役に立ち、命を救うことが出来た。
これまでにない感動で、胸がいっぱいになる。
ナディクは、なにも気のきいた言葉を思いつかなかった。
「あ……ありがとうございます……」
彼は、花の萼を大事そうに両手で包んだ。
◇◇◇
精霊樹の種は、霊力が増すと言われる満月の日に、埋めることになった。
「埋めるなら、なるべく見晴らしのよい場所がよいです。精霊樹の持つ豊穣の力が、領全体に行き渡るように」
ナディクの言葉に、あれやこれかと話し合い、領の中央に位置する、小高い丘の上に埋めることになった。日あたりがよく、気持ちのよい風が通る場所だった。
「小さいごろ、フロルと登った場所だよな。あの頃は、あれは山だと思ってた」
「ああ、ダレンと山登りした記憶あるよ!そうか、あそこか。早起きして日の出を見に行ったね!」
フロルは、そのときの記憶を思い出す。朝の光に照らされたセルフィーユ領は、生命力に満ちあふれて、キラキラ輝いてみえた。
今までにない、きっとこれからもないだろう経験をした。まだ感動で胸が震えている。その場に立ち会えた者たちは、己の幸運に感謝した。
花びらがなくなったフロルの頭には、丸い真珠のような玉と、台座のようにそれを支える萼だけが残っていた。
フロルが鏡の向きを変えようと体を動かすと、玉はころんと転がり、カツンと軽い音をたてて、目の前の皿の中に落ちた。一瞬にして、みなの間の空気が凍った。
「ああっ!種がっ!」
フロルは玉に触れてよいのかわからなかったので、ナディクに視線を向けて、助けを求めた。
ナディクは流れるような動作で、素早く手袋を装着し、うやうやしく玉を手にとると、宝石箱のような小箱に静かに収め、カチリと蓋をした。
「精霊樹の種、保管完了ですっ!この手で触れることが出来るとは!なんたる僥倖!……はぁっ!緊張で息が止まるかと思いましたっ!」
ナディクの興奮した声が部屋に響くと、ようやくみなの緊張がとけた。口々に、今見た光景の美しさ、不可思議さ、漂っていた香りの記憶などを語り、さっきまで静まりかえっていた食堂が、興奮の熱気で包まれた。
執事がぽんぽんと手を叩くと、使用人たちは、弾むような足取りで、それぞれの仕事場に戻っていった。後には、家族とダレン、ナディクが残された。
「フロル殿、頭に触れてもよろしいでしょうか」
「うん、いいよ。まだ花の萼が残っているね。これ、消えないのかな?」
ナディクは、花の萼に根元から指を入れた。柔らかな花びらを包んでいた薄青色の萼は、硬質化し、魚の鱗を思わせた。
少し揺さぶってみると、根元がぐらぐらした。
「硬くなっていますし、これは消えないようですね。フロル殿、触られて痛く感じましたか?」
「ううん、むず痒い。かさぶたが剥がれかけてるみたいな感じ」
「では、もう少し力を入れますね」
ナディクが、萼を持ち上げるように揺すると、それは簡単に外れた。フロルの頭に指で押したくらいの小さなハゲが残った。
「ふふふっ」
ナディクが肩をすくめて笑うと、フロルは嫌な予感がして鏡を手に取った。
「あっ!ハゲてる!もー!」
「あははははっ!」「ぐふっ、かわいいハゲだな!」「ふふっ……」
取るに足らないサイズのハゲが、さっきまで緊張していた反動で、大きな笑いを生んでいた。フロルはむくれた。しかし、最後には一緒になって大笑いをした。
ナディクは、自分の手の中にある精霊樹の花の萼を、愛しそうにみつめた。全て消えてしまったが、これだけは残った。歴史の記録となるこの萼をもらい受けることは出来るだろうか。これだけの量があれば、少し切り取って成分を分析することも可能だろう。そもそも何で作られているのだろう。全てが未知だった。
「ナディクさん、それ……あげるよ」
ナディクは、フロルの発した言葉に耳を疑った。
「……今、なんと?」
「今あなたが持っている花の萼、よかったらお礼にもらってよ。欲しいでしょ?」
「よっ、よろしいのですか?」
フロルは大きく頷いた。周りの家族も頷いた。その目には、ナディクへの感謝があふれていた。
ナディクは、魔術研究所で黙々と古文書の解読を続ける、たいした功績も、華々しい舞台にも縁のない、しがない研究者である。
今まで自分のしたことが、直接人のためになったことはなかった。そもそも彼は人が苦手だった。時に旅にも出るが、本喰い虫のように書物に埋まって、生涯を終えるつもりだった。
「ぼく、ナディクさんがいなかったら、今ここにいないと思うんだ。……本当にありがとう!」
ナディクの目からあたたかいものが溢れ出す。今までずっと役に立たないと言われてきた自分の研究が、書庫を飛び出し、現実の人とつながり、喜びを生み出した。人の役に立ち、命を救うことが出来た。
これまでにない感動で、胸がいっぱいになる。
ナディクは、なにも気のきいた言葉を思いつかなかった。
「あ……ありがとうございます……」
彼は、花の萼を大事そうに両手で包んだ。
◇◇◇
精霊樹の種は、霊力が増すと言われる満月の日に、埋めることになった。
「埋めるなら、なるべく見晴らしのよい場所がよいです。精霊樹の持つ豊穣の力が、領全体に行き渡るように」
ナディクの言葉に、あれやこれかと話し合い、領の中央に位置する、小高い丘の上に埋めることになった。日あたりがよく、気持ちのよい風が通る場所だった。
「小さいごろ、フロルと登った場所だよな。あの頃は、あれは山だと思ってた」
「ああ、ダレンと山登りした記憶あるよ!そうか、あそこか。早起きして日の出を見に行ったね!」
フロルは、そのときの記憶を思い出す。朝の光に照らされたセルフィーユ領は、生命力に満ちあふれて、キラキラ輝いてみえた。
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