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最終章
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しおりを挟むどうしても、会いたい人がいる。
胸に生まれたこの願いを、叶えるために……。
夜明け前の蒼穹の彼方が淡い色に染まり始めた頃、そばから聞こえる心地いい寝息に耳をくすぐられ目が覚めた。寝息の元となる彼は、僕を抱きしめる腕の力が程よく抜けていて、深い眠りについているのが分かる。
ルークの腕の中は、どうしてこんなにも安心するんだろう。一昨夜助けられた時も、昨夜だって、ルークの抱擁は震える僕の心と身体を落ち着かせてくれた。そしてそこには、彼の真摯な思いも確かに感じた。
眠るルークを起こさないように、そっとベッドを抜け出し、僕は身支度を済ませてキッチンに立った。昨日の朝より晴れやかな気分なのは、眠る彼に自分の想いを吐露したからかもしれない。
食料保存庫にある食材で朝食の準備をしていると、ルークが目を覚ましたのが視界の端に映った。
「おはよう、ルーク」
調理している最中だったから視線だけ向けてあいさつをすると、ルークも「おはよう、ユイ」と応えてくれた。差し込み始めた陽光のせいか、ルークの笑顔が輝いて見える。
起き上がったルークに身支度を促しながら朝食を仕上げ、テーブルに並べると、すぐにルークは食卓についてくれた。舌の肥えた伯爵令息に出すにはあまりにみすぼらしい食事で、出して早々恥ずかしくなった。
「ウィルさんやクイントス家の料理人とは、比べ物にならないけど…」
「世界一おいしい」
並べた食事を口にしたルークは、そう言ってくれた。その言葉がたとえお世辞でも、嬉しくてつい頬が緩んでしまった。
綺麗な所作で食事をする姿に、彼が貴族だということを改めて認識させられる。そういえば、孤児院にいたころからそうだった。僕の向かいの席に座っていたルークに時々目を向けると、年齢にそぐわないような気品が漂っていて、見る度に感心していた。
朝食が一段落すると、ルークは食後のお茶を淹れながら、少し緊張したような面持ちで僕に尋ねてきた。
「俺と一緒に、クイントス領都の邸に行かない?」
ルークのその言葉に、僕は彼の意図を測りかねた。成人を迎えたら一度家に戻ると聞いていたが、それはもう一年以上前の話だ。お姉さんのルナシスさんと行動を共にしていることからも、既に一度は帰省を済ませているはずだ。
「あのアーティファクトのことが詳しくわかる、手がかりがあるかもしれないんだ」
「…!」
ルークは小さい頃から、錬金術師となるためにお邸で修練を重ねてきた。そこにはきっと、錬金術に関する書物がたくさんあるに違いない。そして、古代の魔法具であるアーティファクトに関する文献も──。
「うん、連れて行って」
僕はルークの提案に乗って、彼の実家であるクイントス邸に行くことに同意した。──もっとも、そこには僕の個人的な思惑も絡んでいるが。
昨晩ルークの帰りを待つ間、考えていたことがある。
『あなたが見ていたのは俺じゃない』
この言葉の根底には、ルークが僕に対して不信感を抱いているからだ。だったら僕は、それを払拭させるために行動を起こすべきではないか?
そして幸運にも僕は、そのきっかけを掴んだ。その鍵となるのが<最後の救済>だ。クイントス邸にあるアーティファクトの文献の中には、<最後の救済>に関する記述もあるかもしれない。自分本位な目的で心苦しさはあるが、今は<最後の救済>に関する情報が何よりも欲しかった。
片付けを手早く済ませると、ルークは転移魔法陣を展開させた。孤児院にいた頃に度々見ていたその魔法を久しぶりに目にし、あの時の記憶が蘇ってきて少し胸が苦しくなった。ルークが優しく微笑みながら手を差し伸べてきて、僕は苦い記憶を振り払うようにその手を取った。
二人で魔法陣の中に入り、ルークが魔法を発動させると、身体がふわりと浮いて光に包まれた。そして、地面に足が着く感覚がして光が消えると、周囲には見覚えのある景色が広がっていた。
「ここって…」
「タウンハウスの俺の部屋」
僕が一昨日の夜に介抱してもらった部屋が、ルークの私室だったことを今更ながら知った。シンプルだけど上質な家具が揃ったこの部屋は、てっきり客室かと思っていた。
「王都から領都に転移するには、タウンハウスの敷地内でしか魔法を発動できないんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「あと、行く前に姉さんに一言伝えておかないと、あとあと煩いし」
仕方なさそうに言うルークを見て、仲の良い姉弟だなと微笑ましく感じた。ルークがお邸を出たあと、ルナシスさんとは手紙のやり取りをしていたことからも、仲の良さが窺える。
「…あの、ユイ」
「なに?」
「実は、一つお願いしたいことがあるんだ」
「うん…どんなこと?」
神妙な顔で黙り込んだルークが、ようやく「ユイを──」と言った同じタイミングで、ドアがノックされた。ルークが溜息をつきながらドアを開けると、そこには昨日の朝食の時に、ルナシスさんの後ろに控えていた従者さんがいた。ルナシスさんからの伝言と花束を渡されたルークは、振り返ると申し訳なさそうに僕に言った。
「ユイ。悪いけど、母さんの墓参りに付き合ってくれる?」
「もちろん」
これまで家族のことを殆ど話さなかったルークの口から、初めて『母さん』という言葉を聞いた。お母さんが既に他界していることには驚いだが、ルークの心のより深い部分に触れられた気がして嬉しくなった。
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