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第二章
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しおりを挟むルークが貴族街のお邸に一度戻り、シャワーを浴びて寝支度を整えていると、昨日から自分の身に起きた出来事の疲労感が一気に押し寄せてきた。ルークとの思いがけない再会に、信用していた人の裏切り、そして教会最高責任者からの突飛な依頼。この2日間はこれまでの人生の中で、特に色濃い出来事の連続だった。
モーリス大司教様の別れ際の言葉は、漠然とした内容で信じ難かったが、魔法が存在するこの世界では、あり得ない話でもないかもしれないとも思った。
<最後の救済>を結晶で満たした者は───、か…。
真偽を確かめるには、西方辺境伯領の人々を慰める必要がある。たとえモーリス大司教様の言葉が偽りだったとしても、辺境領の人たちの心が救われるのなら、やったことは無駄にならない。モーリス大司教様には考える時間が欲しいと言ったが、自分がどうしたいのか、既に心の中で決まっていた。もしかしたらルークも、そんな僕の心の内を察しているかもしれない。
今日はルークと共に過ごす中で、彼の好意や気遣いを言動の端々に何度も感じた。心ではあんなにルークに近づくのを恐れていたのに、1年の空白なんてなかったかのように、自分でも驚くくらい自然にルークと笑い合えていた。
途中、何やら暗い願望のようなものも見えたけど…。
大聖堂から帰るときも、まさか家に来たいと言うとは思わなくて、思わず『夕飯どうしよう…』と真剣に悩んでしまった。ルークは僕が家に招くことを躊躇っていると思ったようで、耳元で「お願い」と懇願してきた。全身を痺れさせるような甘い声に、腰が抜けそうになるの必死で堪えながら、僕は訪問を許可した。元から断るつもりもなかったけど。
商業街に戻る辻馬車でも、肩を寄せ合って手を握っているだけなのに、鼓動が速くて落ち着かなかった。
そんな中、通り過ぎる街中の景色に目を向けていると、ふと<ノクターナ>のことが頭をよぎった。
ウィルさんとディーンさんにも、話をした方がいいよね……。
ナイトレイ家から説明しているようだけど、ちゃんと自分の口からも話した方がいいだろう。辻馬車に揺られながら、話の内容を考えていると憂鬱な気分になった。
<ノクターナ>でルークにウィルさん達を紹介したときは、アルが僕の子どもだと勘違いされていたことが可笑しくて、笑いが止まらなかった。いつもの彼なら、僕と別れてからの期間を考慮して冷静に判断するだろうに。僕とアルの様子を見て、それほど動揺したのだろうか?あの時のことを思い出すと、また笑いが込み上げてくる。
昨夜のことをかいつまんで二人に話したら、身体が芯から震えだした。でも、隣でルークが手を握ってくれると、不思議と恐怖心は薄れていった。
自分の部屋でとるルークとの二人きりの食事は、僕にとっては泣きたくなるくらい幸せで温かな時間だった。傍から見れば何の変哲もないごく普通の食事風景だが、僕の話を聞きながら愛おしそうに笑うルークに、うっかりときめいてしまった。そして、言葉を交わさず重ねられた唇に、心の奥から喜びが湧き上がってきた。
このまま流れに任せて、ルークに身体を預けることができたら……。
でも、気持ちに反してまた身体が震えてしまい、彼への申し訳なさでいっぱいになった。うまく笑うことができない僕を、ルークは壊れ物を扱うように優しく抱きしめてくれた。でも、僕を抱きしめるルークの表情は、縋っているようにも見えた。まるで『俺を嫌いにならないで』と言っているような気がして、僕は抱き返さずにはいられなかった。
そのあとルークがお邸に帰ると言った時、無意識に彼の服を掴んでしまった。慌てて離したけど、彼はそんな僕の心を汲んで、手を取って「すぐ戻ってくる」と安心させてくれた。ルークがいなくなったあと、見慣れた部屋がいつもより広く感じたのは、寂しくなったからかもしれない。
自分の気持ちを顧みながらルークの帰りを待っているうちに、僕の意識はゆっくりと眠りに墜ちていった。
ふと、温かさとほんの少しの息苦しさで目が覚めた。いつの間にか戻ってきていたらしいルークが、僕を包み込むように胸に抱きながら寝息をたてていた。窓の外から注ぐ月の淡い光が、ルークのあどけない寝顔を照らしている。月の光で銀髪がきらめき、長いまつ毛が影をつくっていた。
……起きない、よね?
僕は吸い寄せられるように顔を近づけ、ルークの唇にそっと口づけた。その口づけは身体が震えるどころか、唇が重なった瞬間から、温かで甘い幸福感が全身に広がっていく。
たった一日で簡単に絆されてしまった自分は、本当にチョロいと思う。そしてそのせいで、僕の中に一つの願いが生まれてしまった。
唇を離し、起きる気配のないルークの顔を再び覗いていると、自然と言葉が零れた。
「……好きだよ、ルーク」
僕は胸に抱いた願いと、それが叶った未来に想いを馳せながら、再びルークの腕の中で目を閉じた。
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