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最終章
93 -ルークside- ㊲
しおりを挟む父さんは俺を見て、一瞬驚いたように目を見開いていたが、すぐに感情を隠すように無表情に戻った。表情から本心を悟らせないようにするのは、化かし合いが常となる貴族社会では必要な技だ。それを一瞬でやるほど身に染みているのだろう。
相変わらず堂々とした立ち振る舞いをし、8年の歳月がその顔に刻まれたことで、以前より増して威厳を感じる。
「ルナシスから先触れがあったとスチュワートが言っていたが、まさかここに来るとは思わなかった。私に聞きたいことがあるらしいな?」
父さんに対して恐怖心を抱いたことはないのに、抑揚のない声に身体が竦みそうになる。言いたいことはたくさんあったが、頭の中がぐちゃぐちゃになって言葉が詰まった。
もし、父さんに拒絶されたら……?
その考えが焦りに変わり、ますます思考が纏まらなくなるという悪循環を生む。すると、ユイの温かい手が俺の手を掴み、ぎゅっと力を込めてきた。
〝大丈夫〟
微笑んで唇を動かすユイを見て、心が奮い立った。俺はユイの手を握り返し、父さんを真っ直ぐ見据えて自分の思いの丈をゆっくり言葉にした。
「うん。でもその前に、父さんに言いたいことがある」
「……聞こう」
「…俺、ずっと父さんのこと恨んでた。母さんが伏せっているのに、碌に顔も見せず仕事ばかりで。俺が作った薬も、勝手に処分して」
母さんに生きてほしくて、必死に作ってた薬を捨てられて、俺がどんな気持ちだったか分かる?
「母さんが死んだ後も、仕事ばかりの父さんを許せずに、ずっと避けてた」
「……」
「でも時間が経つにつれて、父さんも俺に会おうとしないのは、俺のことなんて、もうどうでもいいからじゃないかって考えるようになった」
自分から避けてたくせに、全くもって自分本位な考えだと思う。
父さんの『死ぬより苦しい思い』の言葉を本当の意味で理解できたのは、ユイと出会えたからだ。もし俺が父さんの立場になった時、自分のエゴでユイが永遠に苦しむ姿を想像すると、それだけで胸が張り裂けそうになる。きっと、父さんもそうだったんだ。
「父さんの想いをちゃんと知ろうとせずに、喚き散らすことしかしなかった。…ごめん」
俺は父さんに向けて頭を下げた。父さんの言葉を待つその沈黙が、永遠のように長く感じた。
「……お前が謝る必要はない」
聞いたこともない父さんの弱々しい声に、俺は勢いよく頭を上げた。父さんは眉間にしわを寄せて苦しそうな表情を浮かべているが、目を逸らさず真っ直ぐ俺を見つめ返していた。その姿は、クイントス家の当主ではなく、一人の父親に見えた。
「当時は、日に日に弱っていくブレンダの姿を見て、何もできない自分の無力さに打ちひしがれながら研究に明け暮れていた。そんな気持ちに余裕がない中で、お前がブレンダに不死の道を歩ませようとしていることに気づき、感情的なって、お前を否定してしまった」
あの頃父さんが執務室に籠もっていたのは、仕事じゃなくて母さんを救う研究のため?
「ちゃんと話をして止めさせるべきだったのに、お前の努力を汲み取りもしなかった。そんな私を、今さらルクスは受け入れてくれるはずがないと決めつけ、会いに行くどころか手紙すら渡せなかった」
そうか……。父さんも、俺と同じで怖かったんだ。
「父さんの方こそ、すまなかった」
「もう、いいよ。俺もあの頃は子どもで、独りよがりだったから…」
それ以上言葉を交えず、俺と父さんは一緒に母さんの墓に花を手向けた。そんな俺たちの様子を、ユイは黙って見守ってくれていた。
長いようで短い墓参りを終え、場所を応接室に移してから、俺は父さんにユイを紹介した。ユイのことはこの世界に来た時から、シグルド司祭から定期的に報告を受けていただろう。本当は、『俺の大切な人』だと紹介したかったが、結局事前にユイにそのことを伝えられなかったから、今回は保留にした。
ユイを紹介すると、父さんは嬉しそうな顔をしていた。満面の笑みを浮かべたわけではないが、それでも、普段からあまり表情を変えない父さんからしたら、随分柔らかい表情だ。
ユイも緊張しながら、父さんに挨拶してくれた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。それに領主としての仕事は、ほとんどルナシスがこなしているから、今はただの隠居したおじさんだ」
父さんなりにユイの緊張をほぐそうと言ったその言葉がらしくなくて、少し可笑しかった。
紹介を終えて父さんが本題に入ると、俺はもう一つの来訪の目的を改めて告げた。俺が話す間、父さんは途中で口を挟まず最後まで相手の話を聞いてくれた。そういう父さんの姿勢を、姉さんも模倣しているんだろうと感じた。
「姉さんが以前、父さんからアーティファクトについて聞いたことがあるって言っていた。知っていることがあったら、教えてほしい」
「…少し待っていなさい。見せたいものがある」
そう言うと父さんは、俺とユイを残して部屋を出ていった。ドアが閉まった直後、俺は力が抜けたようにソファに凭れかかった。そんな俺の頭を、ユイは労わるようにそっと撫でてくれた。
「よく頑張ったね」
ユイには父さんとの間に何があったのか、結局話せていない。しかしユイは、俺と父さんの空気を察し、尚且つ俺の背中を押してくれた。そんなユイに、俺は一生頭が上がらないだろう。
「ユイがそばにいてくれて、本当に良かった。ありがとう」
「僕は何もしていないよ」
頬がほんのり紅潮した笑顔を目にして、俺は思わずユイに口づけをしそうになったが、すんでのところで自制心を働かせた。
昨日、散々ユイを怖がらせてしまったじゃないか…!
触れそうになった唇をゆっくり離して、ユイから少し距離を取った。昨日は愛しい人が手の届くところにいることが嬉しすぎて、自制が全く利かなかった。また心のままに行動してしまうと、きっとユイは離れていってしまう。ユイの気持ちを蔑ろにするようなことは止めないと…。
俺が改めてそう心に決めた時、父さんが部屋に戻ってきた。父さんは神妙な顔で元の席に座ると、テーブルに一冊の手帳を置いた。
「これは?」
「クイントス家初代当主の手記だ。この中に、お前が知りたがっている<最後の救済>についての記述がある」
俺は思わずその手記を手に取った。クイントス家は150年ほど前に興った古い家門だ。その初代当主の手記ということは相当古い物だ。にもかかわらず、当時の状態のまま保管されているということは、状態保存の魔法をかけてまで後世に伝えたかった何かが、この中に記されているに違いない。
「持っていきなさい」
「……いいの?」
「<最後の救済>について知ることは、お前にとって重要なことなんだろう?」
父さんの微笑みを湛えた眼差しに、深い愛情を感じた。母さんが亡くなる前、俺と姉さんにもよく向けていたものだ。過ぎ去った時を懐かしく思いながら、俺も父さんに微笑み返した。
「ありがとう。事が済んだら、必ず返しに来る」
「ああ、いつでも来なさい。また二人で」
そう言って父さんは、俺とユイに微笑みかけた。その視線と言葉の真意を測りかねたが、また今度来た時に聞けばいい。もういつだって会いに来れる。
そんなことを思っていた俺は、ユイがその時どんな想いを抱えていたかなんて、考えもしなかった。
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