【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第一章

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翌朝、いつもより早く目が覚めると急いでシャワーを浴び、孤児院のダイニングに向かった。そこには司祭様と院長の二人しかおらず、話をするなら今しかないと思った。僕が明日の夜明け前にここを出ると伝えると、二人は少し寂しそうな表情を浮かべた。

「それはまた、急ね……」
「すみません。昨日、司祭様の話を聞いたら思い立っちゃって。それに、すぐ行動しないと機会を失う気がして…」

僕が申し訳なさそうに言うと、院長がそっと抱きしめてきた。

「寂しくなるけど、あなたが決めたことだもの。私たちに止める権利はないわ」
「ありがとうございます。わがままを言って、すみません」

急な話にも関わらず、二人は僕の意思を尊重し、ここを出ることを快く了承してくれた。もしかしたら、引き留められるかもしれないと思っていたから、了承してもらえて、正直ほっとした。
話が終わると、僕は朝食の準備の手伝いを始めた。いつものように、子ども達が元気よくあいさつをしながらダイニングに入り、いつものように朝食が始まる。こんな何気ない日常が、今日で最後だなんて、にわかに信じられなかった。

今日はいつも以上に子ども達と一緒に過ごそうと思った。学習時間にはいつもよりゲーム要素を取り入れたり、午後は外で思いっきり遊んだ。
そして陽が傾き始め、夕食の準備にとりかかろうとしたとき、僕は院長に話しかけた。

「院長。パン屋さんに行ってきていいですか?サラがまだ来ていないようなので…」
「そうねぇ。そろそろ来る頃だけど、最近遅くなりがちだからお願いできる?」
「はい、行ってきます」



孤児院を出てパン屋に向かうと、初めてルークと一緒にこの道を歩いた時のことを思い出す。あの時ルークは、風景に見入る僕を急かすこともなく、ただ歩調を合わせてくれた。切なくなって視線を小道に戻すと、遠くから誰かが歩いてきているのが見えた。

寄り添ったふたつの影がだんだん大きくなるにつれ、それがルークとサラだと分かった。サラは服装にどこか不釣り合いな、濃いピンク色の石が付いたネックレスをしている。
あの日以来、この二人が一緒にいるところを見ていなかったけど、改めて寄り添う姿を見ると、やはり胸が締め付けられる。

……でも、逃げるわけにはいかない。

「サラ!よかった、ここで会えて」
「…ユイさん?どうかしたの?」

サラが怪訝そうな顔をして聞いてきた。僕は笑みを絶やさず話を続けた。

「今日も遅くなるのかなと思って、様子を見に来たんだ」
「ああ、そうだったの」
「ついでに、君と少し話ができないかと思って」

僕はサラからパンが入った籠を受け取りながら、ちらりとルークの様子を窺った。眉をひそめて僕を見ているが、まさか僕がサラに危害を加えるとでも思っているんだろうか?

「ルーク。少しだけ外してもらえる?」
「でも、サラ…」
「少し離れたところに、いてくれればいいから。ねっ?」

サラがルークを見上げて、甘えるような声で言った。それを聞いて、ちょっとだけイラッとした。そして、なおも渋るルークを見て、更にイライラが増す。
小さく溜息をついて、僕もルークに言った。

「ルーク。悪いけど、邪魔しないでくれる?」

苛立ちを抑えられず、つい声のトーンが低くなって言葉にも棘が出てしまった。

「…っ、分かった。あっちで待ってる」

ようやくルークが引いてくれて、僕はほっとした。十分な距離を取ったのを確認すると、サラに視線を戻した。

「で?話って?」

ルークが離れた途端、サラは僕に対する態度をがらりと変えてきた。彼女とは必要最低限しか話すことがなかったけど、どんな人とも明るく話している印象があったから、少し意外だった。

「単刀直入に聞くけど、ルークが君に向ける好意は、彼の意思なんだよね?」
「はっ!?何それ。私がなにかしたって言いたいの!?」

サラが興奮したように声を荒げた。僕の質問に対する返答も、肯定とも否定とも取ることができず、判断に困った。

「そんなこと言ってないよ。ただ、最近のルークの変わりようが不自然だったから──」
「そんな負け惜しみ言ったって、ルークはもう私のものよ!本当は悔しんでしょ?私にルークを奪われて!」

サラの様子もどこか変だ。今はどんな言葉を掛けても、きっと聞く耳を持たないだろう。それでも、努めて冷静な口調で応えた。

「僕は、ルークが幸せになってくれるなら、それでいい」
「……は?」
「ルークが君を選ぶことで、幸せになれるなら…」
「…本気で言ってるの?」

「でも、もし──」

僕が声のトーンを少し下げると、さっきの勢いはどこへやら、彼女は困惑した表情を見せた。距離をつめてサラの耳元に口を近づけると、びくりと身体を強張らせる。

「──君がルークを不幸にしたら……。その時は、許さないよ?」

サラに微笑んで「じゃあね」とあいさつをして、僕は話を終わらせた。
話が終わったと気づいたのか、遠くから見ていたルークが近づいてきた。僕に脇目も振らず、サラの元へ一直線に駆け寄っていく。すれ違ったルークの姿を振り返り、遠ざかっていく彼の背中をただ見つめた。その背中を、もう追いかけることもできないのかと思うと、胸が締め付けられるように苦しくなった。

「──さようなら、ルーク」

ルークの背中にそう告げ、それ以上振り返ることなく、僕は再び歩き出した。


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