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第一章
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しおりを挟むその日の夕食も、いつもの変わらない賑やかさで、孤児院での最後の食事を楽しく終えられた。ルークとは食事中もその後も、結局目を合わせることも会話することもなかった。
夕食の片付けが終わると、僕は自室に戻って荷物をまとめた。私物はごくわずかで、この世界に来た時に着ていた服や貰った衣類、それからリリィが僕に編んでくれた髪紐くらいだ。それらを、以前ルークにもらったマジックバッグに次々と詰め込んだ。この期に及んでルークに貰った物を使うのには気が引けたが、この際使えるものは使おうと開き直った。
司祭様と院長の仕事の補佐は、仕事をしたその日の内に終わるものばかりだったから、特に引継ぎ資料は必要ないだろう。
今夜も僕は、教会の休憩室を使わせてもらった。最後に誰にも邪魔されず、礼拝堂でやりたいことがあったからだ。裏口の鍵のスペアは司祭様しか持っていないから、内側から鍵を掛けてしまえば誰も入ってこれない。
夜の礼拝堂は、相変わらず厳かな雰囲気だった。ここしばらく、礼拝の日以外でピアノを弾くのが億劫になり、足が遠のいていた。しかし、今こうして来てみると、なぜかか穏やかな気持ちになれた。
僕はピアノの前に座り、さっそく指を動かし始めた。数曲弾いたら調子がだんだん戻り、指がなめらかに動くようになった。
僕はポケットから、手のひらに収まる大きさの薄い金属板を取り出した。左上には魔石が3つ嵌め込まれ、そのうちの1つは青い仄かな光が灯っている。そして金属板の表面には、複雑な文様が刻まれていた。
これは僕の誕生日の翌日に、ルークが貸してくれた魔法具だ。
『これは?』
『音や声を記録できる魔法具の試作品。ユイに試しに使ってほしくて』
『どうやって使うの?』
『光っていない魔石に魔力を流すんだ。あとは音源の側にこれを置けば記録を始める。止めるにはもう一度魔石に触れるか、魔石に流した魔力が尽きるまで放置するんだ』
それは、元いた世界でいうボイスレコーダーだった。こういうものを作り出せるなんて、ルークはすごいなと感心したことを覚えてる。
僕は光が灯っていない魔石に触れてゆっくり魔力を流し、ピアノの譜面台に立てかけた。
1つ目の魔石には、礼拝の日に使えそうな曲を数曲。そして、2つ目の魔石にはルークに宛てた曲を記録した。
もしルークが、何か悪いものに囚われているのなら、解放されますように。
そして、どうか幸せに過ごせますように──。
そんな願いを込めて旋律を奏でた。
本当は歌うつもりはなかったけど、ルークのことを想うと自然と声が出た。記録を消去する方法も、内容を確認する方法も聞きそびれてしまったから、やり直すことはできない。だから、このまま司祭様たちに託すほかない。
自分がやるべきことはやった。あとは、僕がここを出るだけだ。
夜明け前、黒いシャツにダークブラウンのベストとズボン、濃緑色の短い外套を纏い、腰にマジックバッグを巻いて身支度を整えた。髪はフードを被りやすいように、左肩に垂らすようにまとめた。そして、今まで着ていた長衣は昨晩のうちに生活魔法で洗浄して、教会の休憩室の壁にかけておいた。
準備を終えると、僕は昨日院長から受けた指示どおり、孤児院のダイニングに向かった。そこには司祭様と院長、そして…。
「えっ、アラン!?」
「おはよ」
「あ…、おはよう。司祭様も院長も、おはようございます」
ふたりは「おはよう」とあいさつを返し、事の経緯を教えてくれた。
「昨日アランに、あなたを近くの街まで連れて行ってくれって頼んでおいたの」
「えっ、いいの?」
「野菜を卸しに行くついでた。気にするな」
「ありがとう…」
お礼を言ったら、アランは微笑みながら僕の頭にポンと軽く手を置いた。
そらから司祭様と院長は、道中で食べられる携帯食や水革袋など、旅に役立つ物をいろいろと持たせてくれた。でも、硬貨がたくさん入った革袋を渡されたときは、さすがに驚いた。
「こ、こんなにたくさん?」
「これは君に対する、正当な報酬だ。受け取ってくれ。これだけあれば王都に着いた後も、しばらくは宿暮らしができるだろう」
「あっ…ありがとうございます」
最後の最後まで気にかけてくれる二人に、僕は感謝の気持ちでいっぱいになった。そして、何のお礼もできない自分が歯痒くて涙が滲んだ。
「街に行ったら王都方面へ行く馬車が出ている。各街で乗り継いでいけば、8日ほどで王都に着くはずだ」
「落ち着いたら、手紙をちょうだいね?」
「…はい、必ず」
「いつでも帰ってきていいからね?」
「ふふっ、…はい」
別れ際、ふたりが僕を抱きしめながらそう言った。僕もふたりを抱きしめ返し、最後に昨夜演奏を記録した魔法具をふたりに託した。
「礼拝の日に使えればと思って、僕の演奏をこれに記録しました。使い方は、ルークに聞いていただければわかります」
「まあ!ありがとう、ユイ」
「子ども達や村の人達に黙って出ていくことになって、本当にすみません」
「みんなには、私からうまく言っておくよ」
「ありがとうございます。…それでは、お世話になりました」
ふたりに深くお辞儀をして、僕はこの世界で初めてできた"家"を後にした。
近くの街へは、アランの家で使っている荷馬車で向かう手筈になっているそうだ。アランの家に着くと、アランのお父さんであるダンさんが、荷馬車へ野菜を積んでいた。
「おぉ、戻ってきたか。今日はちょうど荷が少ないから、いつもより早く街に着くはずだ」
僕が一緒に行くことを既に知っているようで、ダンさんはそう言ってくれた。
「ありがとうございます。お世話になります、ダンさん」
「なぁに、気にすんな」
「んじゃ行ってくる。ユイ、出発するぞ」
僕が荷台に乗り込んで御者席の近くに座ると、アランが手綱を引こうとした。すると、家の中からアンナさんが急いだ様子で出てきた。
「ちょっと待って!ユイ、これ持っていきなさいっ!」
アンナさんは手に持っていた大きなバスケットを僕に渡し、息を整えながら言った。
「遠出するんでしょ?たくさん作ったから、道中に食べて!」
「あっ、ありがとうございます!」
「帰ってきたら、またピアノ聴かせてちょうだいね」
「はいっ…、いくらでも」
アンナさんは荷馬車が見えなくなるまでずっと手を振ってくれ、僕もそれに応えて手を振り返した。やがてその姿が見えなくなると、僕は座りなおしてフードを被った。
「……この辺は道が荒くて、荷車が揺れてデカい音を出すんだ。…何かあっても、よく聞こえないから…、用があるときは肩叩いて知らせろ」
「……っ……う、ん…っ」
アランの不器用な優しさに甘えて、僕は周りを気にすることなく、嗚咽を漏らした。
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