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巻き戻った悪役令嬢
婚約者
しおりを挟む「ジゼット、誕生日おめでとう」
「ジゼット、10歳おめでとう。あなたも今日で子ども部屋は卒業ね」
「お父様、お母様、ありがとうございます。新しい部屋の内装は好きにしてもよろしいのですか?」
「ああ、もちろんだとも。ジゼットの思うように変えなさい」
「嬉しい!お父様大好き!」
「はっはっは。まいったな」
今日はわたくしの10歳の誕生日だ。
……そう。
わたくしはアルフレッド殿下と2日違いの誕生日なのだ。
前回のわたくしはそのことに運命を感じてひとりで浮かれていたが、今となっては別に嬉しくもなんともない。
むしろ迷惑ですらある。
王族と誕生日が近いと貴族の友人を自分の誕生パーティーに招きづらい。
理由は様々だが、一番の理由は『ドレスの用意が間に合わない』からだろうか。
王家主催のパーティーヘは主だった貴族が大勢招待される。
そして、ほとんどの貴族はそれを断らない。理由もなく断るのは不敬に当たるからね。
当然ドレスも新しいものに新調する。
王家主催のパーティーにお古のドレスなんて着ていけるわけがない。
そうすると友人のパーティーで着るドレスまで手が回らない場合が多いのだ。
お金はあってもドレスの製作が間に合わない場合も多々ある。
貴族というのは体面を気にするから、王族の誕生パーティーで着たドレスを友人のパーティーで着回すなんてことはしない。
そういった事情から、王族と誕生日が近い女性貴族は、身内だけでささやかな誕生パーティーを開く者が多いのだ。
……まあ、王家主催のパーティーに招待されない家格の者や傍流の貴族達はあまり気にしないようね。
だが、わたくしはそうもいかない。
わたくしが今後奇跡的に友人ができたとしても、わたくしの誕生パーティーに呼ぶ日は来ないでしょうね。
相手を困らせてしまう可能性が高いもの。
そんなことを考えつつ、わたくしは侍女を伴って新しい部屋に移動する。
今日の担当はアンナだ。
ダリルは本日大忙しの厨房の手伝いに駆り出されている。
「うん。このままでも十分快適そうね」
「お嬢様は欲がありませんね。旦那様が許可をくださったのですから、もっと自由に模様替えしましょうよ」
「アンナは部屋の内装に興味があるの?」
「もちろんありますとも!」
「では、わたくしの部屋はアンナに任せることにしましょうか」
「え?え?」
「わたくしのセンスで選ぶと派手でビラビラだらけの部屋になってしまうもの。それではきっと落ち着かないわ」
実際、前回のわたくしの部屋はそんな感じの部屋だった。
その頃にはもうわたくしに苦言を呈する者などほとんどいなかったため、わたくしが部屋の悪趣味さに気づくことはなかったが。
「本当に、私におまかせいただけるのですか……?」
「ええ、お願いするわ」
「わかりました!お嬢様にピッタリの上品なお部屋にしてみせます!」
「期待しているわ」
アンナは元気良く返事をしたあと、隠していた胸の内をわたくしに打ち明けてくれた。
「……実は私、スージーにちょっと嫉妬していたんです。あの子はデザインの才能があって、お嬢様のお役に立てていましたから」
「アンナ……」
「でも、私だってお嬢様のお役に立ってみせますからね!このお部屋をきっと住み心地のいい空間にしてみせます!」
「アンナ、あなたは十分わたくしに尽くしてくれているわ。わたくしはいつも感謝しているの。だから、誰かと比べたりする必要はないのよ」
「お、お嬢様……」
「いつもありがとう、アンナ」
「う、うぇえええええん!!」
「ア、アンナ…落ち着いて……」
「うわぁああああん」
アンナはしばらくの間号泣し、わたくしはそんな彼女をおろおろしながら見守った。
差し出したハンカチがビショビショになった頃、アンナはようやく泣き止んだ。
泣き止んだあとの彼女は晴れやかな表情で、さっそく部屋の模様替えに取り掛かっていた。
結局アンナが号泣した理由ははっきりしないままだが、アンナにはアンナなりの悩みがあったのだろう。
スージーに比べて自分に劣等感を抱いていたようだし、いろいろ溜め込んでいたのだと思う。
思いきり泣いたことでスッキリしたというなら、わたくしの行動にも意味があったのでしょうね。
ともかく、アンナが元気になって良かったわ。
部屋の模様替えは家具の新調や壁紙の張り替えなども含まれるため、一日では到底終わらない。
アンナもそれはわかっているようで、大まかな注文書を手に職人と打ち合わせをしていた。
模様替えが終わるまでは客室で暮らすことになりそうね。
その後、わたくしの誕生パーティーは身内だけとはいえ盛大に開かれ、公爵家はお祝いムードに包まれた。
両親からは素敵なアクセサリーをプレゼントされ、使用人達からも心からのお祝いの言葉をもらった。
前回のわたくしはどうだったかしらね。
あの頃はアルフレッド殿下のことで頭がいっぱいで、わたくしの10歳の誕生日についての記憶はおぼろげだわ。
やがてパーティーがお開きになり、わたくしも適当な客室に下がることになった。
「ジゼット様」
「……ダリル?」
客室に入る直前、ダリルの声がわたくしを呼び止めた。
わたくしは部屋の入り口でダリルと向かい合う。
「これ、ジゼット様に」
「……お花?」
ダリルが差し出したのは可憐な赤い花が一輪。
たしか、『エトルレ』という名前だったかしらね。この国では珍しいとされる花だ。
「おれの給金すべてを使ってもジゼット様が喜ぶような物は買えなくて。それで」
「珍しいお花を探してくれたのね」
「はい」
今のダリルは従者の格好だ。
きっちりとした格好が苦手なのか、首元のボタンをふたつほど外している。これは執事に見つかると注意されるわね。
いや、それを言うならわたくしとふたりきりになるなというお父様からの命令にも背いているわね。
ダリル……実はいい性格してるのかも。
わたくしはダリルの手から花を受け取った。
「ありがとう。さっそく部屋に飾りましょう」
「あ、おれがやります」
ダリルは手際よく一輪挿しの花瓶に花を挿し、客室の窓際に飾った。
「きれいね。数日ここに飾ったら、押し花にして長く楽しむことにしましょう。ありがとう、ダリル」
わたくしは満面の笑顔でダリルにお礼の言葉を伝えた。
「!!……っ」
「ダリル、どうしたの?顔が真っ赤よ?」
「お、おれはこれで失礼します!」
「そう?わかったわ。おやすみなさい、ダリル」
「……おやすみなさい」
……最近風邪が流行っているのかしら。
わたくしも気を付けなければいけないわね。
「……ふふ、かわいいお花」
わたくしはしばらくエトルレの花を楽しんだ後、ベッドに入った。
慣れない客室だったけれど問題なく睡魔はやってきて、わたくしはやがて夢の世界に旅立った。
「……わたくしを婚約者に、ですって!?」
数日後、国王から公爵家にとんでもない手紙が届けられた。
手紙の内容はわたくしとアルフレッド殿下の婚約を打診するものだった。
わたくしは混乱した。
どうして?
今回はちゃんと節度を保った距離で殿下とお話ししたし、もちろんお父様にアルフレッド殿下との婚約なんておねだりした覚えはない。
「お父様……これは王命ではないのですよね。わたくし……わたくし……こんなのあんまりですわ!」
「ジゼット、落ち着きなさい。陛下はまだこちらの出方を探っておられる段階だよ」
「……わたくし、アルフレッド殿下とは婚約致しません。どうあっても婚約させようというなら、わたくしは今すぐ修道院に入ります!」
「ジゼット……そこまで……」
「ジゼット。あなた、殿下から何かひどいことを言われたの?」
「……言われたことといえば『私はお前より偉いんだから図に乗るな!』と言われたくらいですが」
「「!!」」
「わたくしはアルフレッド殿下とは相性が良くないのだと思います。殿下もわたくしのことを嫌っておいでのようでしたし」
「そうか……殿下がそんなことを……」
「公爵令嬢に向かってそんな暴言を吐くなんて……王家はバーガンディ公爵家を軽んじているとしか思えませんわ!」
お父様とお母様は殿下の発言に怒り心頭といった表情だ。
わたくしが思っている以上に殿下のあの発言はアウトだったのかもしれない。
「お父様……陛下は何故わたくしとアルフレッド殿下との婚約の打診を……?」
わたくしの質問に、お父様は本当のことを言うべきかどうか迷っている様子だったが、当事者であるわたくしには知る権利があると考えたようで、一転して事の子細を話し出した。
「ジゼット、この国では王太子がまだ決まっていないのは知っているね」
「はい。第一王子と第二王子のおふたりから陛下がお決めになるのですよね」
この国は母親の身分や生まれた順番で王太子が決まったりはしない。それぞれの資質を見て国王陛下がお決めになると言われている。
まあ、あくまでも建前上の話だが。
お父様は重々しく頷いた。
「そうだ。そして、このままいけばおそらく第二王子であるコーネリアス殿下が立太子されることになる」
「!!」
わたくしは心の底から驚いた。
だって、前回の人生ではアルフレッド殿下が王太子になられたはずだもの。
でも、あのアルフレッド殿下が王太子の器かと言われると疑問しかない。
どちらかといえば弟のコーネリアス殿下のほうが大人びていてしっかりしている印象を受けた。
「コーネリアス殿下は側室の子だ。王妃は自分の子であるアルフレッド殿下を王太子にしたいと思っておいでだろうね」
「……そのためには、バーガンディ公爵家の後ろ盾がほしい……?」
「そうだ。だからこれは国王陛下のご意向というよりも王妃のご意向なのだろうね。まったく、バーガンディ公爵家をなんだと思っているのか……」
「……」
わたくし、前回は本当に大人のいいように転がされていたのね。
前回のわたくしは向こうの思い通りにアルフレッド殿下との婚約を望み、殿下を王太子の座に押し上げた。
王太子になった殿下は気が大きくなり、用済みになったわたくしへの態度も徐々にぞんざいなものに変わっていったのだろう。
本当に滑稽だわ。
わたくしはいい笑い者だったでしょうね。
いいように使われ、不要になったら捨てられたのだから。
……今回は絶対に王妃達の思い通りになんて動いてあげないわ。絶対よ。
「お父様。わたくし、やはりこの話をお断りしても良いでしょうか……?」
「それがジゼットの本心なんだね?」
「はい」
「いいだろう。陛下ヘは私がお断りの手紙を返信しておくよ」
「申し訳ありません、お父様、お母様」
わたくしが両親に頭を下げると、ふたりはすぐにわたくしの頭を上げさせた。
「ジゼット、わたくし達は今回のあなたの判断を喜んでいるのですよ」
「え……?」
「私は以前言ったはずだよ。ジゼットにはできることなら公爵家を継ぎ、婿をとってほしい、と」
「あ」
「王家に嫁ぐことは王国貴族にとって誉れではあるが、我がバーガンディ公爵家は王家の威光にすがらずとも既に地盤は盤石だ」
「ジゼット。あなたを王家に差し出すことは公爵家にとって不利益のほうが多いの。わたくし達はジゼットが自分の意思で殿下との婚約話を断ってくれてホッとしているのよ」
「良かった……。わたくし、今回は間違えなかったのね……」
「「?」」
両親は不思議そうな顔でこちらを見ているが、今のわたくしの言葉の意味をふたりに説明するつもりはない。
今回わたくしが選んだ道は間違いないではなかった。
わたくしはこのまま殿下の婚約者にならない道を歩み、いつかバーガンディ公爵家を継いでみせるわ!
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