悪役令嬢は間違えない

スノウ

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巻き戻った悪役令嬢

しつこい手紙

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 お父様はすぐにお断りの手紙を王城に送ったが、それからもたびたび同じ内容の手紙が届けられた。

 こちらも毎回同じ文面の手紙を返しているが、お父様とお母様は日に日に機嫌が悪くなっている。


「王家はバーガンディ公爵家をバカにしているのか?一度お断りした手紙の内容を何度も何度も」

「何度も手紙を書いたところでわたくし達が意見を変えるとでも思っているのかしら」

「あちらは圧力をかけているつもりだろうが、相手は選ぶべきだったね」


 お父様はそう言うとおもむろに椅子から立ち上がり、側近達を召集した。


「……あなた、なにか考えが?」

「只今をもって、バーガンディ公爵家は第二王子コーネリアス殿下を支持することとする。今から正式な書類をしたためるので、各所に送付するように」

「「はっ」」


 お父様は側近達に何かを指示し、彼らは忙しく動きだす。

 わたくしはお母様に小声で話しかけた。


「お母様、何がどうなっているのですか?」

「……王家はバーガンディ公爵を怒らせたのよ。貴族はナメられたらおしまいなの。あの人もこれ以上黙っているわけにはいかなかったということよ」

「王妃陛下への報復の意味でコーネリアス殿下を支持することにしたのですか?」

「元々わたくし達は中立の立場を表明していたけれど、内心ではコーネリアス殿下のほうが王太子にふさわしいと思っていたの」

「王妃陛下が動かなければ、公爵家は中立のままだったのですね」

「そうよ。今回の事はあちらの自業自得。公爵家を敵に回したらどうなるか、身をもって知るがいいわ」

「お、お母様……」


 お母様は表面上はいつも通りだが、やはり今回の王妃の行動には憤慨していたらしい。

 お母様のこういった一面を見ると、わたくしとお母様は親子なんだとしみじみ思う。
 キレたら手がつけられなかった昔のわたくしを思い出すわ。



 バーガンディ公爵家がコーネリアス殿下についたという話はあっという間に貴族達の間で噂になった。

 これを受け、それまで日和見ひよりみを決め込んでいた貴族達の中にもコーネリアス殿下を支持する者がちらほら出始め、アルフレッド殿下はいよいよあとがなくなった。

 焦った王妃はバーガンディ公爵家にお詫びの手紙を送ってきたが、それくらいで許すほどバーガンディの名は軽くない。

 王妃は最後まで粘ったものの、結局コーネリアス殿下が10歳のお誕生日を迎えた節目の日に、コーネリアス殿下が立太子されたことが王国全土に公表された。

 王妃とアルフレッド殿下は荒れに荒れ、周囲に当たり散らしているという噂だ。
 この怒りがバーガンディ公爵家に向かわないことを祈る。



 コーネリアス殿下の10歳のお誕生祝いにはわたくし達家族も招待された。
 王妃陛下とアルフレッド殿下は体調不良で欠席とのことだ。

 わたくしはアルフレッド殿下の時と同様、コーネリアス殿下にひとりでご挨拶することになった。


「バーガンディ公爵の娘ジゼットがコーネリアス王太子殿下にお誕生日のお祝いを申し上げます」


 間近で見るコーネリアス殿下は国王陛下から受け継いだ美しい金髪を肩にかかるあたりで切り揃え、側室であるお母様譲りのエメラルドの瞳をもつ美少年だった。

 顔のつくりは異母兄であるアルフレッド殿下とも似ているが、まとう雰囲気は全く違う。
 コーネリアス殿下のほうが落ち着きがあり、どことなく知性を感じる。


「ああ、あなたがジゼット孃か。バーガンディ公爵家にはとても感謝しているよ」

「すべては父の采配ですわ」

「ふふ。まあその通りではあるんだけどね。もしあなたが兄上との婚約に乗り気であれば、公爵は娘の願いを優先したと思うんだ」

「!!」


 ……鋭いわね。
 確かに前回のお父様はわたくしの願いを聞き入れ、アルフレッド殿下との婚約話を進めてくれた。

 それにしても、アルフレッド殿下との婚約話は水面下で進められていた事だと思っていたけれど、コーネリアス殿下の耳にも入っていたのね。


「……王家の方との婚約など畏れ多いことでございます」

「王家の方、ということは私も対象外なのかな?」

「わたくしはバーガンディ公爵家の跡継ぎにございますゆえ、どうかご容赦くださいますよう」

「どうやら振られてしまったようだ。仕方ない、今は諦めるとしよう」


 わたくしはなんとか挨拶を終え、そそくさとその場を離れる。

 そのまま両親のところへ戻るつもりだったが、わたくしはまたしてもご令嬢達に囲まれてしまった。
 今日のドレスもスージーのデザインだ。
 目立たないはずがなかった。

 ご令嬢達の突撃をなんとか笑顔でいなしていると、ご令嬢の中にメアリー様の姿を見つけた。


「メアリー様!またお会いできて嬉しいわ」

「わ、わたくしもですわ、ジゼット様」


 わたくし達は再会を喜び、ふたりで話をすることにした。

 
「バーガンディの赤き妖精……?」

「はい!ジゼット様は今や同年代の令嬢達にとって憧れの存在なのです。だって、同じようなデザインのドレスを身にまとっている令嬢がひとりもいないのですから」

「だからといって、赤き妖精などと……」

「燃えるような赤いお髪でいらっしゃるジゼット様にピッタリの呼び名だと思いますわ」

「ドレスを褒めてくれるのは嬉しいわ。うちのデザイナーも喜ぶことでしょう」

「それです!」

「え?」

「実は今、ご令嬢達の間でジゼット様のドレスをデザインした者を特定しようとする動きがあるようなんです」

「……特定してどうするというの……?」

「そこまではわたくしも。もしかすると、デザイナーの引き抜きを考えているのかもしれませんね」

「そうなの……。情報ありがとう。気をつけるわ」

「ジ、ジゼット様のお役に立てたようで嬉しいですわ!」


 メアリー様にお礼を言い、その後パーティーがお開きになったのでわたくし達は帰途についた。



 公爵邸に戻り、わたくしは早速スージーを呼び出す。
 今回のパーティーヘはアンナが随伴してくれていたのでスージーはお留守番だったのだ。


「お呼びでしょうか、お嬢様」

「ええ。まずはあなたに今回のドレスのお礼を。今回もパーティーの招待客だったご令嬢達からドレスのデザインを絶賛されたわ。わたくしの評判が上がったのはスージーのおかげよ。ありがとう」

「!!そうですか。ドレスを絶賛……ふふ、ふふふ」

「それでね、スージー。ご令嬢達の中にわたくしのドレスのデザイナーを特定しようとしている人がいるらしいのよ」

「ええ!?なぜ私を探したりなんか」

「理由はよくわかっていないのだけど、おそらく引き抜きではないかと思うの」

「引き抜き……」

「ここよりいい条件で雇うつもりか、もしくは出店の話を持ちかけるつもりかもしれない」

「そんなことをしたら、公爵家を敵に回すことになりますよ。誰がそんな怖いもの知らずなことを」

「……公爵家に見つからずに動く方法があるのかもしれないわ」

「わかりました、お嬢様。しばらくは外出を控えることにします」


 そう言って話を終わらせようとするスージーをわたくしは慌てて引きとめる。


「スージー、話はまだ終わっていないわ」

「え?」

「……あなたのデザイナーとしての才能は本物よ。これからもわたくしのドレスは注目され続けることでしょう」

「そ、そうですかあ?ふふ、もちろんそうなるように頑張りますとも!」

「……だからこそ、スージーには様々な選択肢があると思っているの」

「?」


 わたくしは不思議そうな顔でこちらを見ているスージーをじっと見つめる。


「……つまり、わたくしの侍女を辞めてデザイナーとして独り立ちすることもできるし、侍女として働きながらデザインの依頼を受けることもできるということよ」

「な……!」

「わたくしのドレスが評判になればなるほど、デザイナーを特定しようとする動きは止められなくなるでしょう。いつかはスージーの名が知られることになる」

「嫌ですよ私。独り立ちなんて絶対にしませんから!!」

「スージー……」

「ドレスのデザインなら何でもいいわけじゃありません。私はお嬢様のドレスをデザインしたいんです!」

「!!」

「私はお嬢様にずっとついていくと決めたんです!お願いですからお嬢様のお側にいさせてください。私を追い出さないで!」


 取り乱し、わたくしにすがりつくスージーをなんとか宥める。
 わたくしの言い方が悪かったせいでスージーを不安にさせてしまったようだ。


「……スージー、ごめんなさい。不安にさせてしまったわね」

「……私、ここに居てもいいんですよね?」

「もちろんよ。これからも頼りにしているわ」

「はぁ~~。よかったぁああ」


 今回のスージーは自分の店を持つつもりはないようだ。
 これは前回とは違い、わたくしとの関係が良好であったために生じた変化だろう。

 スージーは本心からわたくしの侍女を続けることを望んでいるようだし、それならこれ以上独立の話はしないほうがいい。

 しかし、いつかはスージーの存在が公になる時がくるだろう。
 その時、周りが納得するかたちでスージーのことを諦めてもらわなければならない。
 
 ……なにか方法を考えなければならないわね。

 わたくしはスージーが退室した後も、この件についてひとりでずっと考えていた。



 その後、しばらくは穏やかな日々が続き、わたくしはスージーの件を大袈裟に考えすぎていたようだとホッと胸を撫で下ろしていた。

 わたくしはいくつかのお茶会に招待され、そのすべてにスージーのドレスを着て出席した。

 お茶会のたびに令嬢達からわたくしのドレスを絶賛され、遠回しにデザイナーのことを聞かれた。

 公爵家の専属デザイナーだと答えるとほとんどの令嬢は引き下がってくれるのだが、なかにはしつこく詮索しようとする令嬢も存在した。

 最もひどかったのは、侯爵令嬢のバーバラ様だ。
 わたくしがそれとなく話題を変えようとしても絶対に乗ってこない。執拗にデザイナーの話を続ける。

 わたくしはすっかりバーバラ様のことを苦手に感じるようになってしまった。

 

 そうして忙しく日々を過ごしていたわたくしだったが、ある日そんなわたくしの耳にとんでもない情報が入ってきた。


「公爵家お抱えのお針子が襲われた……?」

「はい。無理やり馬車に乗せられそうになったそうですが、偶然通りがかった人に助けられたそうです」


 ずいぶん前に模様替えが終わり、見違えるように上品な内装になったわたくしの自室でアンナが簡潔に答えをくれる。


「お針子に怪我は?」

「かすり傷程度だそうです」

「そう……」


 これはスージーを探している者の仕業かしら。それともただの人さらい?
 この情報だけでは判断がつかないわね。


「わかったわ。お針子達には護衛をつけましょう」

「ではすぐに手配します」


 わたくしの耳に入ったということは、当然両親のところにも連絡が入っているはず。
 とりあえずこれでお針子達のことは問題ないだろう。

 


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