悪役令嬢は間違えない

スノウ

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巻き戻った悪役令嬢

さらわれた悪役令嬢




 数日後、わたくしは久しぶりに街に買い物に来ていた。

 勉強ばかりしているわたくしを見かねて、お母様が外出をすすめてくださったのだ。
 ちょうどペンのインクが切れそうだったし、たまには自分で買い物をするのもいいかと思い、街にやってきたというわけだ。

 今日は侍女姿のダリルがわたくしについてくれている。
 本当はスージーもついてこようとしていたのだが、わたくしが止めた。
 以前お針子が襲われたのがスージーを見つけ出すためだったとしたら、彼女を街に連れていくのは危険だと思ったのだ。

 スージーには別の用事を言い渡し、本当の理由は伏せたまま公爵邸に残ってもらっている。
 

 御者には行きつけの雑貨屋に向かうように命じ、到着まで馬車の中で読書をする。娯楽小説などではない。分厚い歴史書だ。


「ジゼット様、そのしおりは……」

「え?」


 ダリルの視線はわたくしの教科書に挟まれているしおりに固定されている。

 わたくしは読書を中断し、挟んでいたしおりを引き抜いた。


「ええ、ダリルがわたくしの誕生日に贈ってくれたエトルレの花を押し花にして作ったしおりよ。ふふ、自信作なの」

「ご自分で、作られたのですか?」

「そうよ。これはわたくしがもらったプレゼントですもの。他の人には任せず、自分で作ったわよ」


 わたくしは手の中のしおりを大切に撫でながらそう答えた。


「ジゼット様……」

「押し花を作ったのは初めてだったけれど、なかなかうまくできていると思わない?」

「………です」

「ダリル?」

「……おれ、嬉しいです。おれが贈った花を大切にしてもらえて」

「……当然よ。ダリルからのプレゼントだもの」

「……それ、おれ以外の男には言わないでくださいね。絶対に惚れられる」

「ダリル?」


 後半はダリルの声が小さすぎてよく聞き取れなかった。
 もう一度ダリルに確認したが、大した内容ではないと言われてしまった。

 そうこうしているうちに馬車が止まり、御者が声をかけてくれる。


「お嬢様、雑貨屋に到着しました」

「ありがとう。しばらくは店内にいるから、わたくしが戻るまでこの近くで待っていてくれるかしら」

「かしこまりました」


 わたくしは侍女姿のダリルを連れ、雑貨屋に足を踏み入れた。

 そのまま一直線に目的のものを手にし、素早く精算を終わらせる。

 わたくしの様子を後ろで見守っていたダリルがおずおずと声をかけてくる。


「あ、あの、ジゼット様。もう少しゆっくりお買い物を楽しまれては……?」

「ダメダメ。今はまだ勉強以外のことにうつつを抜かしている暇はないのよ」

「奥様はそのつもりで外出をすすめてくださったのだと思いますよ」

「……お母様の気遣いは嬉しいけれど、まだ気を抜いていい段階ではないわ。わたくしは油断するとすぐに怠けようとするんだから」

「そんなジゼット様なんて、おれは一度も見たことがありませんけど」

「……昔のわたくしはそうだったのよ。わたくしはもう以前のようにはなりたくないの」

「ジゼット様……」

「でも、お母様や使用人達に手土産を買って帰るくらいはいいかもしれないわね」

「それでしたら近くにケーキ屋があったはずです」

「いいわね。ではそのお店に向かいましょう」



 わたくしとダリルは雑貨屋を出て近くのケーキ屋に向かった。

 ケーキ屋は大通りから少し外れた場所にあったが、場所はここからすぐ近くのようだ。


「ジゼット様、あちらです。って、ジゼット様!?」

「ムグゥ……」


 わたくしは突然後ろから伸びてきた手に口をふさがれ、路地裏へと引きずり込まれそうになっていた。


「無礼者!ジゼット様を離せ!」

「おっと、怖い嬢ちゃんだな。それ以上動けばこのお嬢様がどうなるかわからんぞ」

「くっ……」

「そうそう、おとなしく俺達についてくれば痛い目に遭わずに済むぞ」

「……」


 わたくしとダリルは2人組の不審者に身体を拘束され、見知らぬ馬車に乗せられた。

 馬車は長い間走り続け、やがてどこかに到着したようだった。

 わたくし達は目隠しをされ、どこかの建物に連れ込まれた。
 そのままどこかの部屋に入った後、わたくしは不審者のひとりに口枷と目隠しを解かれる。ダリルももうひとりの男に同じようにされている。

 ……さすがに手足の拘束は解いてくれないようね。

 わたくしはピンと背筋を伸ばし、できるだけ平静を装いつつ男達を見据えた。


「それで、お前達はわたくしに何の用なのかしら」

「へへ、気の強いお嬢様だな」

「俺達はあるお方に頼まれてアンタのドレスのデザイナーを探してたんだ」

「……」


 わたくしは黙って話の続きを待った。


「最初はお針子達から話を聞き出そうとしたんだが、うまくいかなかった」

「そのうちにお針子に護衛をつけられて、俺達は手出しできなくなっちまった」

「……それで、ドレスを着用している本人に直接訊いてみようとしたのかしら」

「へへ、ご名答。お嬢様、さっさと吐けば痛い目を見なくて済むぜ」

「貴様ら、ジゼット様に手を出すな!」

「ならお前が吐けばいい。お嬢様の侍女ならドレスのデザイナーも知ってるんじゃないか?」

「……」


 わたくしはダリルを視線で黙らせた。
 ダメよ。こんな奴らにスージーのことを知られるわけにはいかないわ。

 公爵令嬢を連れ去った以上、こいつらに未来はない。
 ならば、公爵家から助けがくるまでわたくしはこいつらから少しでも情報を引き出したい。


「デザイナーの名前を知ってどうするの?」

「あん?そんなことは俺達の知ったことじゃねぇよ」

「そうそう。高貴なお嬢様のご依頼だからな。俺達はカネをもらえりゃそれでいいんだ」

「……」


 高貴なお嬢様、か。

 依頼者は少なくとも伯爵家以上の家格をもつご令嬢でしょうね。
 こいつらはわたくしが公爵家の者だと知らないのかしら。そんなはずないわよね。え?本当に知らなかったりする?

 
「わたくしがデザイナーの名前を言えば、無事に解放してもらえるのかしら」

「ああ、もちろんだとも」

「わたくし達がお前達のことを誰かに話すとは思わないの?」

「へへ、貴族のお嬢様ってのは外聞が悪くなるのを嫌うんだろ?」

「アンタが俺達のことを誰にも話す気になれないように、ちょっと遊んでもらうことにしようかな」

「な!?」

「貴様ら!ジゼット様に指一本でも触れたら許さんぞ!!」

「おーこわ」

「心配すんな。お前も同じ目に遭わせてやるよ」


 わたくしは適当な名前を教えればここから解放してもらえるかもしれないと考えていたが、そんな思い通りには事が運ばないらしい。

 それにしても、コイツら馬鹿なのかしら。
 デザイナーの名前を話せばそんな目に遭わされるとわかっていて、それでも正直に話す令嬢なんているわけがない。

 男達の話から、正直に話しても話さなくてもひどい目に遭わされる確率が高いことが判明してしまった。
 ……これは、何とかして逃げなければマズイかもしれない。

 コイツらの言う通り、貴族は醜聞を嫌う。
 
 公爵令嬢が悪漢に連れ去られたなんて話が周りに知れ渡れば、わたくしは傷モノだと思われてしまうだろう。この場合、実際に傷モノかどうかは関係ないのだ。

 瑕疵がある令嬢にはいい縁談が持ち込まれることはなく、社交界からも遠ざけられることになるだろう。

 要するに、社会的に死んだも同然の扱いになるわけだ。

 そうならないためにはここから無事に脱出し、誘拐の事実を無かったことにしなければならない。
 ……難易度が高すぎる。

 わたくしが必死に考えを巡らせていると、前触れ無く入り口のドアが開けられた。
 中に入ってきたのはなんと、侯爵令嬢のバーバラ様だった。

 彼女は素早く部屋を見渡し、わたくしが拘束されているのを確認すると、烈火の如く怒りだした。


「あなた達、これはどういう事なの?」

「え、俺達は依頼通りに……」

「このお嬢様ならデザイナーの名前を知ってるだろ?だから俺達は手っ取り早く」

「な、なんてことを……」


 バーバラ様は絶句している。
 この誘拐は彼女が想定していたものではなかったようだ。
 しかし、男達にデザイナーを探す依頼を出していたのはバーバラ様で間違いなさそうだ。


「ジゼット様、伏せてください」

「え?」


 わたくしが訳もわからずその場に伏せると、いつの間にか自力で拘束を脱していたダリルが男達に攻撃を仕掛けた。

「ぐぅっ……」

「ぎゃあッ……」

「キャアアアアア」


 ダリルはバーバラ様には手を出していないが、荒事を間近で目撃する機会などない貴族令嬢には刺激が強すぎたらしい。
 バーバラ様は大声で悲鳴を上げた後、その場で気を失った。

 男達もいつの間にか気絶させられていたが、それでも心配なのかダリルは念入りに拘束までしている。
 わたくしはダリルに声をかけた。


「ダリル、助けてくれてありがとう」

「いえ、とんでもありません。もっと早くお助けしたかったのですが、結局おれまで拘束されてしまって」

「わたくしを人質に取られてはどうしようもなかったでしょう。ダリルはよくやってくれたわ」

「ジゼット様……」

「さあ、今のうちに脱出しましょう」


 わたくしはダリルに拘束を解いてもらい、ふたりで建物から脱出した。
 外にはわたくし達が乗せられていた馬車がそのままの状態で停められており、わたくし達はこの馬車に乗ってその場を後にした。
 なんと、ダリルは公爵家で馬車の操縦も習っていたらしく、彼は涼しい顔で御者席に座っている。

 ……ダリル、本当に多才な子だわ。


 どうやらわたくし達はバーガンディ公爵領に隣接するギムソン侯爵領まで連れてこられていたらしく、公爵家に帰るまでにかなりの時間がかかってしまった。

 日がすっかり落ち、あたりが真っ暗になった頃、わたくし達はようやく公爵邸へと戻ってくることができたのだった。


「ジゼット!!」

「ああジゼット。よく戻ってきた」


 両親はふたりともエントランスで待ち構えていて、わたくしのことをとても心配してくれていたことが窺えた。

 御者の報告でわたくし達がいなくなったことは伝わっていたが、表立って捜索するわけにはいかなかったという。

 公爵令嬢が行方不明になったなどという話が広まればそれだけでも醜聞であり、公爵家の評判や信用問題に係わる。

 それでも水面下で捜索してくれてはいたそうだが、わたくし達の行方を掴むことはできなかったらしい。

 わたくしに外出をすすめたお母様は後悔のあまり取り乱し、一時は半狂乱のようになっていたそうだ。


「お母様、ご心配をおかけしました」

「いいのよ。あなたが無事に帰ってきただけで、わたくしはもう十分ですから」

「お母様……」

「ジゼット。疲れているところ悪いが、何があったか話してくれないか」

「わかりました。すべてお話しします」


 わたくしは今日起こった出来事を順を追ってお父様に説明した。

 事件の首謀者は侯爵令嬢であり、その目的がわたくしではなくスージーであったことにはお父様も驚きを隠せない様子だった。


「ダリル、お前がついていながらジゼットを連れ去られてしまうとは」

「申し訳ございません」

「お父様、ダリルが動けなかったのはわたくしを人質にされていたからなのです」

「ジゼット、しかしな……」

「ダリルは立派にわたくしを守ってくれました。ならず者達を退け、何時間もかけてわたくしを公爵邸まで連れ帰ってくれたのです」
 
「ジゼット様……」

「……わかった。ダリルには後で褒美を取らせることにする」

「ダリル、ジゼットを守ってくれてありがとう。あなたはわたくし達公爵家の恩人よ」

「……もったいないお言葉でございます」


 ……良かった。
 これでとりあえずダリルが処罰を受けることはなさそうね。


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