悪役令嬢は間違えない

スノウ

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巻き戻った悪役令嬢

不毛な恋



 さて、ダリルのことはこれでいいとして、侯爵令嬢の件がまだ片付いていない。


「バーバラ嬢、だったか?私の娘を連れ去ったんだ。侯爵家にはそれなりの償いをしてもらわねば」

「本当ならこちらは全力で侯爵家を潰しにかかってもおかしくない事態だけれど、わたくし達はジゼットが連れ去られたことを公にはできないのよね」

「そうだ」

「お父様、どういったかたちで事態を収めるかはすべておまかせしますが、バーバラ様の目的がまだわかっておりませんわ」

「目的はスージーなのだろう?」

「スージーを狙う理由がわからないのです」


 わたくしの発言にお母様が不思議そうな顔をした。


「ドレスのデザイナーを探していたのだから、目的はドレスなのでは?スージーを侯爵家に取り込んで、自分のドレスをデザインさせるつもりだったのでしょう」


 お父様もうんうんと頷いている。


「そうかもしれません。ですが、どうか本人に確認してはもらえませんか?理由によってはスージーに護衛をつけることも考えなければなりません」

「ジゼットは別の可能性を考えているの?」

「わたくしはただ万全を期そうと思っているだけですわ」

「わかった。バーバラ嬢には尋問の機会を設けることにする。彼女には必ず真実を話させてみせよう」

「……お手柔らかにお願いしますわ」


 なにやらお父様がやる気になってしまったようだが、これはスージーの身の安全に関わること。うやむやにするわけにはいかないわ。

 話し合いがひと段落したのでその場はお開きになった。

 アンナとスージーはわたくしのことをとても心配してくれていたようで、ふたりとも泣きながらわたくしに抱きついてきた。
 わたくしは心配をかけて申し訳なく思うとともに、心の奥がじんわりと温かくなった。


 その後わたくしはお風呂で身を清め、遅い夕食をとった。


 夕食を終え自室に戻ると、部屋の前でダリルが待っていた。

 今のダリルは従者の格好をしている。
 お風呂に入ったのか、ほのかに石鹸の香りがする。

 ……ダリル、わたくしとふたりきりになるなというお父様の言いつけを素直に守るつもりはないようね。

 今日もふたりで外出したけれど、あれにはわたくしなりの理由があった。スージーを連れていくわけにはいかなかったものね。

 まあ、お父様もそのことについては何も言わなかったし、言いつけ自体が形骸化けいがいかしている可能性はあるわね。

 わたくしは部屋の前に立つダリルに声をかけた。


「ダリル、疲れているでしょう。今日は早めに休んだほうがいいわ」

「……ジゼット様は他人の心配ばかりですね」

「?」

「それがジゼット様の良いところでもあるけど、おれは少し心配になります」

「ダリル、わたくしに用があるのではないの?」


 いつまでも本題に入ろうとしないダリルに、わたくしはここに来た用件を問う。

 するとダリルは真剣な表情になり、わたくしをじっと見つめた。


「ダリル……?」

「おれ、強くなります」

「え……」

「今よりずっと強くなって、どんな相手からもジゼット様を守り抜いてみせますから」

「……」 

「それだけ言いにきました。おやすみなさい、ジゼット様」

「……おやすみなさい、ダリル」


 ダリルの背中を見送った後、自室に戻る。
 ベッドに横になり、先程のダリルの言葉を反芻はんすうする。


「……まるでわたくしを守る騎士様のようね」


 不覚にも、ときめいてしまった。

 ダメね、わたくし。

 ダリルはわたくしへの忠誠心からああいった言葉が出たのだろうに、わたくしは勝手にときめいて、ひとりで喜んでしまった。


「わたくし、ダリルのことが好きなのかしら」


 だとすれば、これは不毛な恋だ。

 わたくしは公爵令嬢で、ダリルは平民。
 公爵家の跡継ぎとして、いつかは貴族の男性を婿に迎え入れなければならないわたくしは、ダリルを好きになる資格などない。

 この恋はわたくしの胸の中にしまい、絶対に表に出してはならないものだ。

 忘れるのよ、ジゼット。
 ダリルの幸せに、わたくしは必要ない。
 お互いのためにも、今まで通りの関係でいるべきだ。


「……」


 その日、わたくしは眠れない夜を過ごした。



 次の日からダリルは公爵家の護衛に弟子入りし、侍女の仕事が休みの日には彼らから稽古をつけてもらうようになった。

 このことはお父様も許可しているようで、護衛達もダリルに協力的だ。

 ダリルの才能はここでも遺憾なく発揮され、彼はみるみるうちに力をつけていった。

 わたくしとダリルの関係は以前のままだ。

 ダリルへの気持ちを自覚してしばらくは挙動不審な態度をとってしまったが、今は落ち着いている。

 わたくしが一番に考えるのはダリルの幸せだ。
 前回の人生で唯一わたくしを助けようとしてくれた彼に恩返しをする。それは、巻き戻った当初からのわたくしの望みでもある。

 つまり、わたくしは今まで通りでいいのだ。
 ダリルの幸せを一番に考え、できる限り彼の望みを叶えながら生きていく。
 ただ、それだけでいい。

 そう考えたことで、わたくしは目の前が明るくなったような気がした。
 心がストンと軽くなり、以前のように気負うことなく自然体でダリルと接することができるようになったのだ。



 そうして時は過ぎ、ある日わたくしはお父様に呼び出された。
 バーバラ嬢の件で話があるという。


「お父様、ジゼットです」

「ああ、入りなさい」


 わたくしが部屋に入ると、そこにはお父様とお母様、そしてなぜかスージーが座っていた。


「お父様、なぜスージーがここに?」

「この件にはスージーも無関係ではないからね。彼女にも同席してもらった」

「そう、ですか……」


 できればスージーには嫌な話は聞かせたくなかったけれど、そういうわけにはいかないようね。

 わたくしは空いている椅子に腰かける。
 

「お父様、バーバラ様のことでわたくしにお話があるとか」

「ああ。ジゼットが知りたがっていたバーバラ嬢の目的がわかったよ」

「!!」


 わたくしはついついスージーのほうに目をやってしまう。幸い彼女は気づいていないようだ。


「バーバラ様はやはり……?」


 わたくしが言葉を濁すと、お父様はゆっくり首を横に振った。そして、わたくしの目をじっと見つめてこう言った。


「バーバラ嬢の目的はジゼット、君だ」

「………はい?」

「ジゼットは同年代の貴族達から『バーガンディの赤き妖精』と呼ばれているようだね」

「ぶほっ」

「ジゼット、お行儀」

「……申し訳ありません、お母様」


 その話、今関係ありますか?お父様。
 いえ、関係あるんでしょうね、きっと。


「ジゼットに憧れる令嬢は多い。その中にはバーバラ嬢も含まれる」

「!!まさか」

「バーバラ嬢は相当ジゼットに傾倒していたようだよ。それこそ信奉者と言っても過言ではないほどに」

「信奉者……」


 お父様にそう言われ、わたくしはバーバラ様のことを思い出してみる。

 バーバラ様はお茶会などでお会いした時には他のご令嬢には目もくれず、わたくしにばかり話しかけてきていた。
 話の内容はドレスに関するものがほとんどで、彼女はわたくしのドレスのデザイナーを知りたがっているように見えた。

 ……うーん。

 わたくしの信奉者、なのかしら……?
 バーバラ様はわたくしよりもドレスに関心があるように見えるのだけど。

 わたくしの微妙な表情を察してか、お父様が言葉を補足する。


「バーバラ嬢はジゼットに憧れるあまり、ジゼットと同じドレスを手に入れようとした。店でドレスをオーダーしたが、ジゼットと同じドレスを仕立てるのは困難だったようだ。」


 それはそうだろう。
 おそらくバーバラ様はわたくしのドレスの特徴を自分の記憶を頼りに言葉で説明したのだと思う。

 ドレスの製作を請け負った人は実物を目にしたわけではないから、ドレスの特徴を聞いただけで同じドレスを仕立てられるわけがない。

 
「それで諦めれば良かったのだが、バーバラ嬢は諦めようとしなかった」

「……それで、ドレスのデザイナーを見つけだし、わたくしと同じドレスをオーダーしようと?」

「いいや、バーバラ嬢はできればジゼットに内密に事を進めたかったようだよ」

「?」

「秘密裏にドレスのデザイン画を手に入れ、侯爵家の息のかかった者にドレスを作らせるつもりだったそうだ」

「……いろいろと無理がありすぎるでしょう」

「そうだね。私もそう思う」


 つまり、デザイナーの部屋からデザイン画を盗み出し、勝手にドレスを仕立てるつもりだったということよね。

 わたくし達の話を聞いていたスージーの顔色は真っ青だ。

 バーバラ様の行動はわたくしへの憧れからくるものだというが、やろうとしたことは犯罪だ。
 
 デザイン画を手に入れるためにはなんとしてもデザイナーを突き止める必要がある。
 だからお茶会ではわたくしにデザイナーについての話ばかりしていたのだろう。

 しかし、わたくしは決してデザイナーの名を明かさなかった。

 バーバラ様はそれでも諦めず、とうとう一線を越えてしまったというわけだ。

 尋問によれば、バーバラ様は侯爵家の使用人の紹介であの男達と知り合ったらしい。

 公爵令嬢のドレスのデザイナーを突き止めようとしていることを家の者に知られれば、絶対に止められる。
 その事をわかっていたバーバラ様は、侯爵家の力を借りず、第三者にデザイナー探しを依頼しようとしたそうだ。
 そして、使用人から男達を紹介された。

 
「あの男達、どう見てもならず者の類にしか見えませんでしたよ」


 本当に侯爵家の使用人があんな不審者をお嬢様に紹介したのかしら。


「その使用人は裏ではガラの悪い連中とも付き合いがあったようでね。要するに、使用人としては不適格な人材だったということだよ」

「その使用人は実行犯の男達とともに、しかるべき処分を下されたそうです。わたくし達の前に現れることはもうありませんよ」

「そうですか……」


 なんとなくそれ以上言葉が続かず、わたくしは黙り込む。


「あーゴホン。そういうわけでね、ギムソン侯爵家との話し合いの結果、この件には箝口令を敷くことになったよ」

「両家にとって醜聞になるからですね」

「そうだ。ギムソン侯爵は事が発覚するまで娘のしでかした事をまったく知らなかったようでね。こちらが同情してしまうくらい取り乱していたよ」


 お父様のこの発言に、すかさずお母様が口を挟む。


「侯爵家当主が『知りませんでした』で済むわけがありませんわ」

「はは、耳が痛いね」


 お父様は情けない顔で笑っている。


「では、この件はこれで解決したということですね」

「ああ。表向きには『無かったこと』になるね」

「そうですか……」

「ギムソン侯爵の話によれば、バーバラ嬢は修道院に入ることになるそうだ」

「!!」


 お父様が最後にとんでもない事を口にした。


「お父様、それは決定事項なのですか?」
 
「ジゼット、どうしたの?」

「ジゼット、これはあちらが言い出した事だよ。一種のけじめだね」

「けじめ……」


 まだ子どもと言っていい年齢のバーバラ様が修道院に入るのはさすがにかわいそうに思ってしまう。

 なんとかいい落としどころを提案したかったが、わたくしの足りない頭ではいい案など思い浮かぶわけもなく、結局何も言い出せないままこの件は終わったことになってしまった。
 
 

 
 

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