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巻き戻った悪役令嬢
バリミーア
しおりを挟む「さて、この話はこれで終わりだ。次はスージーについてだ」
「……私、ですか……?」
いきなり自分の話題を出され、スージーはどこか不安そうだ。
「スージー、あなたがデザインしたドレスはこれからも注目を集めることでしょう。このままドレスのデザイナーの存在を隠し続けることは難しいわ」
「奥様……」
「お母様……」
それはわたくしも考えていたことだ。
バーバラ様がいなくなっても、いつか別の誰かがスージーを探しだそうとするだろう。
お母様は不安そうなスージーに目線を合わせ、ゆっくりと言葉を続ける。
「スージー、あなたのドレスを大々的に売り出してはどうかと思うの」
「「!!」」
わたくしはスージーと一緒に驚きの表情を浮かべた。
お母様、まさかそんなことを考えていたなんて。
でもスージーは自分の店を出す気はなかったはず。
「スージーがジゼットのドレスだけをデザインしたいというならそれでもいいの」
「え、よろしいのですか?」
「ええ。ただ、デザインしたドレスの色違いをお店で取り扱いたいの。セミオーダーというかたちで」
「色違い……」
わたくしには考えもつかなかった発想だ。
これなら同じドレスでも個性が出るし、できあがったドレスにリボンやレースなどを自分達で足すのは自由。そうすれば一点もののドレスの完成だ。
「もちろん売り上げの何割かはデザイン料としてスージーに渡すことになるよ。名前を出すのが嫌なら伏せたままでもいい」
「そうすれば、お嬢様にこれ以上ご迷惑をおかけしないで済みますか……?」
「っ、スージー……」
スージー……。あなた、バーバラ様の件で責任を感じていたのね。
あれはスージーのせいなどではないのに。
「ジゼットのドレスに憧れる者達はそれで落ち着くだろうね」
「今はスージーのドレスを手に入れる手段がないからこんな騒ぎになっているのよ。同種のドレスを取り扱えば騒ぎも沈静化するはずよ」
「わかりました。すべて公爵家におまかせします」
「スージー、本当にいいの?」
わたくしが思わず口を挟めば、スージーは覚悟が決まったような顔で笑った。
「私がこれからもお嬢様のお側にいるために、これは必要なことなんだと思います」
「スージー……」
「安心なさいスージー。ドレスは一流のお針子達が責任を持って仕立てると約束します。決してあなたのドレスを台無しにしたりはしないわ」
「はい。よろしくお願いいたします」
スージーは深く頭を下げた。
彼女は自分の名を出すことを辞退した。
今後はスージーの名は出さず、公爵家が責任を持ってドレスを売り出すことになるそうだ。
ドレスはセミオーダーで、デザインは種類が決まっているものの、布地の種類や色は好きに指定できるかたちにするそうだ。
それを仕上げるのはスージーではなく公爵家お抱えのお針子達だ。
「さて、そうと決まればお店の名前を考えなければね」
「スージー、君が考えなさい」
「え、私がですか……?」
お父様の無茶振りにスージーは冷や汗を流している。
わかるわ。変な名前をつければ公爵家の評判にかかわるかもしれないものね。
「それでは、『赤き妖精』で」
「却下よ」
わたくしは光の速さで却下した。
「ジゼット、何故却下するの。いい名前だと思うわよ」
「やめてくださいお母様」
いくらお母様の頼みでも、これだけは譲れない。そんな恥ずかしい名前を許すわけにはいかないわ。
「うーん。それ以外となると難しいですね」
「赤に関する名前となると、『バリミーア』はどうだい?」
「確か、火の精霊の名前でしたね」
「そうだよ。よく勉強しているようだね、ジゼット」
「ふふ、頑張りました」
お父様に褒められ、わたくしは誇らしい気持ちになった。
ふふ、お勉強を頑張って良かったわ。
「火の精霊……つまり赤き妖精のようなものですね。ではそれでお願いいたします」
「スージー!?」
全然違うわよ、スージー。よく聞いて。
そして赤き妖精のことは忘れなさい。
わたくしの心の声は誰の耳にも届かず、お店の名前は『バリミーア』に決定した。
いいわ。赤き妖精に比べれば100倍はいい名前よね。とにかく、スージーの負担にならない方向でドレスの件が落ち着きそうで良かったわ。
ドレス専門店『バリミーア』は瞬く間に人気店へと成長した。
ドレスのデザインに融通が利かないのは欠点だと思っていたけれど、どのドレスも他では扱っていない斬新なデザインのため、今のところ大きな不満は聞こえてこない。
デザインが決まっていることで製作時間が短縮できることと、選んだ布地次第ではお手軽な値段でドレスを仕立てられることが他店との違いで、このおかげで幅広い層に支持されることとなった。
お店の売り上げは順調で、何故かわたくしにも売り上げの一部が入ってくるようになった。
お母様曰く、わたくしはお店の『広告塔』なのだとか。
わたくしに憧れてドレスを注文するご令嬢は今も多く存在するそうで、これは正当な報酬なのだと言われた。
わたくしはわずかな金額を残し、残りすべてを孤児院に寄付することにした。
孤児院の院長や子ども達からはとても感謝されたので、わたくしの選択は間違っていなかったのだと思う。
こうしてわたくしのドレスを巡る騒動は沈静化し、日々を忙しく過ごすうちに、わたくしは14歳になった。
わたくしは相変わらず勉強に明け暮れている。来年は王立学園の入試があるのだ。わたくしには遊んでいる暇などない。
家庭教師からは『絶対に合格できます』とのお墨付きをもらったが、そんなことはわかっている。
学園に多額の寄付をすれば誰でも合格できることは前回の知識で知っている。家庭教師はそのことを言っているのだろう。
だが、わたくしはもうお金の力を使って合格するのは嫌なのだ。
絶対に自力で合格を勝ち取ってみせるわ。
わたくしは強い決意を胸に、今日も勉強に明け暮れる。
「ふう。今日はこのくらいでいいかしらね」
勉強を切り上げることにしたわたくしは、持ち出していた本を公爵家の書庫に戻しにいくことにした。
自室を出て、書庫へと続く廊下を歩く。
もう夜も遅い時間のため、廊下には誰もいない。
ギイ、という音を立て、書庫のドアを開ける。
その時、薄暗い書庫からカタリ、という物音が聞こえた。
「っ、誰!?」
警戒し、思わず鋭い声を出してしまったわたくしに、申し訳なさそうな声が返ってくる。
「……ジゼット様、おれです」
「え、その声はダリル?」
「はい」
物音の正体はダリルらしい。
泥棒ではなかったことに安堵するが、ダリルはこんな薄暗い書庫で何をしていたのだろうか。
わたくしは疑問に思いつつも手早く部屋の明かりを点ける。
ダリルは書棚の前で本を開いていた。
わたくしはダリルが持っている本に見覚えがあった。
「その本、ヘルテラ語の入門書よね。ダリルはヘルテラ語に興味があったの?」
わたくしの指摘に、ダリルはばつが悪そうな顔になる。
「ヘルテラ語に興味があったわけではないんです。ただ、おれもジゼット様が勉強している内容を知りたくなって」
「え?」
意味がわからない。
わたくしの勉強内容なんて知って、ダリルはどうするというのかしら。
「ダリル、もしかして勉強に興味があるの?」
「おれが興味があるのはジゼット様に関することだけです」
「!!」
ほらまた。不意打ちでそんなことを言う。
わたくしが勘違いしてしまうわよ。
わたくしは努めて冷静に会話を続ける。
「つまり、わたくしがヘルテラ語を勉強していたから、その本に興味をもったのね」
「はい」
「もしかして、今回が初めてではないの?」
ダリルの肩がビクリと揺れる。
確定ね。ダリルは以前から書庫に忍び込んでいたようだ。まったくもう。
「はい。……あの、勝手に書庫に入ってすみませんでした」
ダリルはわたくしに頭を下げた。
わたくしは慌ててそれをやめさせる。
「頭を上げなさい、ダリル」
「……」
ゆっくりと頭を上げるダリル。
「ダリルが本を読みたいというならわたくしが許可します。だから、こんな薄暗い中で隠れて本を読んだりしないでね。目に悪いわ」
「……はい。申し訳ありません」
「いいのよ。ダリルの望みはできるだけ叶えてあげたいと思っているから」
「どうしておれなんかにそこまで」
「ダリルはわたくしの恩人だから」
「え?」
「……なんてね。ダリルはわたくしのためによく働いてくれているでしょう。そのお返しと思ってくれればいいわ」
「ジゼット様……」
「さあ、今日はもう部屋に戻りなさい。本のことは書庫番に連絡しておくから」
「わかりました」
わたくしは持ってきた本を手早く元の位置に戻した。
「それではわたくしはもう行くわ。おやすみなさい、ダリル」
「おやすみなさい、ジゼット様」
わたくしはそのまま自室に戻ったのだが、わたくし達のやり取りをお父様が見ていたことには気づいてなかった。
わたくしが出ていった後、お父様とダリルが言葉を交わしていたことにも。
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