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波乱の王立学園
重要な選択肢
しおりを挟む「わたくしが現場に駆けつけた時、女生徒とすれ違ったような気がします。あれはたしか、リリー様だったかと」
「!!」
メアリー様の言葉に一瞬息が詰まる。
そう、そうなのね……。
わたくしはメアリー様とふたりになるため、適当な理由をつけてバーバラ様に退出してもらうことにした。
バーバラ様、誠に申し訳ございません。
「あら、そういえばバーバラ様はあなたのお兄様にまだ会っておりませんでしたわね」
「え?はい、そうですわね」
「わたくしとしたことが、気が利かずに申し訳ないことをいたしました。今侍女に案内させますので」
「ええ?あの、わたくしは後でも」
「アンナ、バーバラ様をご案内して差し上げて」
「かしこまりました」
アンナに先導され、バーバラ様が部屋を出ていく。わたくしは心の中でバーバラ様に謝りつつ、メアリー様に向き直った。
「……メアリー様。実はわたくし、あの時何者かに階段から突き落とされたのです」
「え!?」
「犯人の手がかりがほしくて、先程はあのような質問をいたしましたの。……驚かせてしまったかしら」
「……ええ少し。でも、そのようなことがあったのですね。あ、もしかするとリリー様が犯人では?」
「メアリー様が現場で彼女を目撃したのですよね」
「そうですわ。彼女の髪は珍しいピンク色ですから、間違えるはずがございません」
「……でも、どうしてリリー様がわたくしを?」
「それは……あ!たしか彼女は以前校舎裏で言っていたではありませんか。『ジゼットの転落イベントだけは起こしたい』って」
「……」
「リリー様はきっと以前からジゼット様を憎んでいて、階段から突き落としたいと思っていたのですよ。彼女自身がそう言っていたではないですか」
「……」
「ジゼット様……?」
「そう、それで……」
「あの……?」
「それであなたはリリー様の格好をしてわたくしを突き落としたのですか。リリー様にすべての罪を被せるために」
「!!」
「メアリー様ですよね。あの時わたくしを階段から突き落としたのは」
「……何を仰っているのかわかりませんわ。わたくしは確かに見たのです。ピンク色の髪の女生徒を」
「それはピンク色のウイッグをつけたメアリー様でしょう」
「……言いがかりですわ」
「もしわたくしや他の生徒に姿を見られたときのために変装していたのですよね。リリー様を選んだのは、先程メアリー様が仰られたことが理由でしょうか」
「いい加減にしてくださいませ!犯人はあのリリーとかいう女です。さっさと彼女を捕まえて」
「そうはおっしゃいますが、リリー様にはわたくしを殺す理由が何もないのですよ」
「理由はさっき言ったじゃない!『ジゼットの転落イベントだけは起こしたい』とかいうリリー様の言葉が」
「メアリー様」
「……」
「あれはね、わたくしを転落させるという意味ではないのよ」
「え……?」
「正解は、わたくしがリリー様を階段から突き落とすの。彼女はそれを望んでいるのよ」
「は……?」
「ね、意味がわからないわよね。わたくしは殺人事件の犯人にはなりたくなくて、リリー様から逃げ回っていたというわけ」
「な……そんなバカな……」
「バカみたいな話だけれど、これが真実よ。だから、リリー様にはわたくしを殺す動機がないの」
「は、はは……」
「ねえ、メアリー様」
「……」
「どうしてわたくしを突き落としたの?」
「……」
部屋の空気がピリリと張り詰める。
わたくしはメアリー様から視線をそらさない。
しばらくは無言のにらみ合いが続く。
やがて、根負けしたのかやけになったのかはわからないが、メアリー様がポツポツと話し始めた。
「わたくしの家の領地はね、ほとんど作物が実らないの」
「え……?」
これまでの話題とまったく関係なさそうな話を始めたメアリー様に困惑するが、口を挟むのをぐっとこらえて話の続きを待つ。
「そういう土地なのよ。だからミルズ伯爵領では他の産業が栄えたの。その中でも一番の収入源と言えるのが、ドレス産業」
「!!」
「ドレスのデザイン、生地となる布の生産、加工、仕立てまで、ほぼすべての工程を伯爵領の領民が担っていたわ」
「……」
「我がミルズ伯爵領は、ファルザム王国におけるドレスのシェアの大部分を占めていたの。……あなたのところの『バリミーア』が開店するまでは」
「バリミーア……」
なんとなく、メアリー様が言おうとしていることがわかってしまった。
ファルザム王国のドレス製作を一手に引き受けていたというミルズ伯爵領は、我がバーガンディ公爵家がバリミーアを開店したことにより、だんだんと顧客を奪われていったのだろう。
ならば、今回のことはその報復?
「バリミーアのせいで少しずつうちの顧客は離れていき、数年経った頃にはパーティードレスの受注はほとんどなくなってしまった」
「そう、だったの……」
「それでも普段着用のドレスを売って細々と店を続けていたけれど、それすらバリミーアに根こそぎ持っていかれてしまった」
「……」
これはわたくしが学園に入学してからのことね。
スージーが学園用のドレスを大量にデザインしてくれて、出来上がったドレスを着たわたくしは学園で注目を浴びることになってしまった。
ご令嬢達の強い要望によって、それらのドレスはバリミーアで売り出されることになった。普段着用ドレスとして。
それが、ミルズ伯爵領に致命的なダメージを与えるなどとは思いもせずに。
「わたくしが特別クラスにいるのは頭がいいからじゃないわ。学園の高い授業料を払うゆとりがミルズ伯爵家にはもうないの。だから、なんとしても特別クラスの授業料免除を受けなければならなかったのよ!」
「メアリー様……」
そこまで……ミルズ伯爵家はそこまで追い詰められていたのね。
死に物狂いで勉強しなければ学園にいられないほどに。
でも───
「わたくしに何かしたところでバリミーアには何のダメージもないでしょう?それなのになぜ」
「相変わらずジゼット様は自己評価が低くていらっしゃいますわね。バリミーアの売り上げはジゼット様が支えておられるのに」
「わたくしが?」
「バリミーアのドレスはジゼット様に憧れる令嬢達が真っ先に買い求めているんですよ。それによって流行が生まれ、他の令嬢達も後を追うように買い求める」
「……」
「広告塔であるジゼット様がいなくなればバリミーアの売り上げは激減する。それは確実に言えることですわ」
「だから、わたくしを殺そうと思った?」
わたくしの言葉にメアリー様は一瞬だけ声を詰まらせたが、すぐに調子を取り戻す。
「別に…最初から殺そうと思っていたわけではないわ」
「最初というのは、図書館でのこと?」
「……気づいていたの?」
「気づいていたのはわたくしではなくクロフォード様だけれどね。彼は倒れた書架の近くにあなたがいたことに気づいていたわ」
以前、クロフォード様からこっそりと耳打ちしてもらったことがあったわ。「メアリー様に気をつけろ。彼女は倒れた書架の近くにいたから」って。
クロフォード様も犯行の瞬間を見たわけではなく、半信半疑だったようだけどね。
わたくしは大事な友人を疑うなんてことはしたくなかったから、ただの偶然だろうと都合のいいように解釈してしまっていた。
メアリー様の反応を見るに、あの時の犯人もメアリー様で間違いないようだけれど。
メアリー様は複雑そうな表情だ。まさかクロフォード様から疑われていたとは思いもしなかったのでしょうね。
「そうよ。図書館で書架を倒したのはわたくし。それから階段に油を撒いたのもね」
メアリー様はやけになってしまったのか、聞かれてもいない罪まで自白し始めた。
……でも、そうなのね。
あの時階段に撒かれていた油もメアリー様の仕業だったのね。
心が痛い。友人だと思っていた相手からの殺意が心に突き刺さる。
「死ななくてもいい。大怪我をしてくれればあなたの評判は地に落ちるはずだった。なのに、あなたは毎回あの男に庇われて怪我ひとつ負わなかった」
わたくしが大怪我をすれば、傷モノ令嬢として学園の生徒達から噂され、わたくしの評判は地に落ちるはずだったわけだ。
そうなればバリミーアの売り上げは激減し、離れていった顧客はミルズ伯爵家の店に戻ってくるという筋書きだったのだろう。
もしダリルがいなければ、メアリー様の筋書き通りに事が運んでいた可能性が高い。
わたくしは今さらながらその事実に恐怖した。
「そんな時、コーネリアス様とジゼット様の婚約話が噂されるようになったわ。わたくしはあなたにコーネリアス様との婚約を本気で考えてはどうかと提案したわね」
「そうね。でもわたくしはそれを拒否した」
「……あなたが王太子妃になれば王家御用達の店にドレスをオーダーするだろうから、バリミーアの広告塔にはなれないと思ったの。それなのに」
「……」
あの時の発言まで計算ずくだったというの?わたくし、人間不信になりそうだわ。
「あれもこれも、全部失敗。公爵令嬢を殺そうとしたんですもの、もうわたくしに未来はないわ」
「すべてを話す気になったのはそのせい?」
「ふ、どのみちもう時間切れだったのよ。卒業すればあなたを狙う機会はなくなるし、伯爵領もそれまでもたない」
「メアリー様……」
「さあ、わたくしを捕まえて。騎士団にでも警備隊にでもさっさと引き渡せばいいわ」
「……」
メアリー様はもうすべてを諦めてしまったかのような表情だ。実際、公爵令嬢を殺そうとしたことがバレればメアリー様は破滅だ。
その一方で、このままわたくしが黙っていればメアリー様が罪に問われることはない。
わたくしは、どうするべきなのかしら。
メアリー様を捕まえるべきなのか、すべてをなかったことにするべきなのか。
これは、重要な選択だ。
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