悪役令嬢は間違えない

スノウ

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波乱の王立学園

犯人は誰?

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「あー、ジゼット。その」

「わたくしに内緒でダリルに色々と働きかけていたようですわね」

「それはその……すまない」


 肩を落とし、うなだれるお父様。


「はぁ……」


 まったくもう。そんな顔をされると、怒れなくなってしまうじゃないの。

 わたくしはなにもお父様のやろうとしていたことに腹を立てているわけではない。

 お父様はわたくしの気持ちに気づいていて、わたくしのために色々と動いてくれたのだと理解している。

 それがあったからこそダリルは侯爵令息の肩書きを手に入れ、わたくしとの結婚を望める立場を手に入れることができたのだから。
 
 すべてお父様の手のひらの上だったことは少し悔しいけれど、お父様には本当に感謝しているのよ。

 でも!!

 
「なぜ、わたくしに内緒にする必要があったのでしょうか、お父様」

「うう……」

「ジゼット、そのくらいにしてあげて」

「お母様……」


 わたくしの追及に返す言葉がない様子のお父様を見かねてか、お母様が話に割り込んできた。
 わたくしとしても本気で怒っているわけではないため、お母様の話に素直に耳を傾けることにする。


「お父様があなたに何も言わなかったのは、愛娘をダリルにとられるのが悔しかったからよ」

「エ、エレノア!」

「?」


 それは……どういう感情なのだろうか。
 わたくしにはいまいち理解できない感情だ。


「侯爵令息になった時点でダリルはジゼットと結婚できる立場になったのよ。首席かどうかは関係なく、ね。そんなダリルにせいぜい苦しい思いをすればいいという、一種の嫌がらせよ」

「……」

「嫌がらせ……」
 

 わたくしに黙っていたのはわたくしを苦しめるためではなく、ダリルへの嫌がらせだったようだ。
 お父様、なんて子供っぽい。
 おかげでわたくしは悶々とした日々を送らせていただいたわ。ふん。

 まあ、見方を変えれば、物理的に距離をおくことによってお互いの想いが一時的な感情ではないことを再確認できたわけだし、まったくの無意味とは言えないのよね。

 わたくしはひとつため息を吐き、お父様に向き直った。


「お父様」

「……なんだろうか」

「ありがとうございます」

「!!ジゼット……」

「お父様が動いてくださったことで、わたくしはダリルと結婚できる未来を手に入れられそうです。本当に、ありがとうございます」


 わたくしはお父様に向かって深く頭を下げた。わたくしの感謝の気持ちが少しでもお父様に伝わるように。


「……ジゼット、幸せになるんだよ」

「あなた、気が早いですわよ。まずは婚約いたしませんと」

「ああ、そうだったね」


 こうしてわたくしとダリルは両親公認の恋人同士になったのだった。





「ふう……」


 両親との話し合いが終わり、わたくしはようやく自室に戻ってきた。

 もう遅い時間であるため早く眠ったほうがいいのだが、わたくしにはひとつ気がかりなことが残っていた。
 その事が頭をよぎるせいで、なかなか寝付けずにいるのだ。

 わたくしはベッドの上で何度も寝返りを打った。それでも睡魔はやってこない。

 静まりかえった部屋の中、わたくしはポツリと独り言をこぼした。


「わたくしはあの時、誰かに階段から突き落とされた」


 ダリルがその事について何も言わなかったことから察するに、彼は犯人を見ていないのだろう。もしくは目に入らなかったか。

 ダリルは階段から転落しそうになっているわたくしを見つけたことで、わたくしにしか注意が向いていなかった可能性が高い。
 わたくしはただの不注意によって階段で足を滑らせたのだと思われているのでしょうね、きっと。

 でも、それは真実ではない。
 わたくしは確かに背中を押されたのよ。
 

「……」


 ダリルに庇われて階段から転げ落ちる瞬間、一瞬だけ犯人の後ろ姿を見た気がする。
 犯人はこの学園の女生徒だ。そして、髪色はピンクだったと思う。

 ピンク色の髪は珍しい。
 わたくしが知る限り、学園にはひとりしかいないはず。そしてそれはわたくしのよく知る人物でもある。


「リリー・セネット……」


 彼女の髪はピンク色だったはずだ。
 ならば、リリー様が犯人なのだろうか。

 ……わからない。

 だって、リリー様にはわたくしを害する動機がない。そのはずなのだけど。


「わたくしを殺したい、動機……」


 わたくしが誰かに階段から突き落とされたことは、今のところわたくしと犯人しか知らないことだ。
 表向きには、わたくしが階段から転落したこと自体がなかったことにされているはず。

 わたくしはもうすぐ学園を卒業するから、このまま犯人が捕まらなかったとしても、犯人とは二度と接触することはないだろう。

 このまま何もなかったことにして学園を卒業するべきか、すべてを打ち明けて犯人探しをするべきなのか。


「……」


 これは、慎重に選択すべきことだ。
 わたくしは今度こそ選択を間違えたくないのだから。








「ジゼット様、お久し振りですわね」

「お怪我の具合はいかがですか?」


 それから数日後、わたくしが滞在するタウンハウスにメアリー様とバーバラ様が訪ねてきてくれた。わたくしとダリルへのお見舞いのためだ。

 わたくしとダリルが階段から転落したことは伏せられているが、メアリー様達は実際に現場を見ているため、こちらの事情を知っているのだ。

 あの時、わたくし達が倒れているのを発見したのはクロフォード様だったそうだ。

 彼は助けを呼ぶためにすぐに教室に戻った。

 教室にはまだアルフレッド様もいたため、コーネリアス様がアルフレッド様の注意を引き付けてくれたそうだ。

 その隙にハリス様とクロフォード様が現場に戻り、それぞれひとりずつ怪我人を運んだのだそうだ。怪我人とはもちろんわたくしとダリルのことだ。
 
 カムラン先生は他の生徒がくる前に階段の血痕をきれいに拭き取り、わたくしが階段から落ちたことが広まらないように配慮してくださったそうだ。

 メアリー様とバーバラ様は目の前の惨状に気が動転しており、ほとんど何もできなかったそうだが、それが普通のご令嬢の反応である。彼女達が気に病む必要はない。


「わたくしの怪我のことは心配ありませんわ。このような包帯をしておりますが、もうほとんど痛みはありませんの」

「まあ、そうなのですか」

「では、卒業パーティーにはご出席されるのですか?」

「それはさすがに難しいですわね」

「ジゼット様……」

「残念ですわね」


 わたくしも残念ではあるけれど、こればかりは仕方がない。怪我を治すことが最優先だ。

 それはそうと、今のうちにおふたりに聞いておきたいことがあったのよ。学園卒業後は簡単には会えなくなるでしょうからね。
 
 わたくしはさりげなさを装いつつ話題を変えた。


「そういえばおふたりはわたくしが転落した現場をご覧になったのですよね。その時、何か気になることはありませんでしたか?」

「……気になること、ですか?」

「気になる人でもいいの。何か心当たりはないかしら」

「そう言われましても……」

「うーん……」


 メアリー様とバーバラ様は困惑しているようだ。無理もない。
 でも、何か気づいたことがあるなら教えてほしいの。おふたりの記憶が新しいうちに。

 わたくしの願いが通じたのか、メアリー様が「そういえば」と言って話し始めた。


「わたくしが現場に駆けつけた時、女生徒とすれ違ったような気がします。あれはたしか、リリー様だったかと」

「!!」



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