皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 トゥ・シェーナ城で佳蓮が蕾を見つめている頃、帝都では一時的に春を告げる大雪が降り、見渡す限り白粉をはたいたような雪化粧になっていた。

 春の訪れを心待ちにする帝都の民は、吐く息は白いけれど雪かきをする手は軽やかだ。その光景を、陽の光で溶け始めた雪の水たまりが映していた。

 ロダ・ポロチェ城ではアルビスが大きな執務机に着席して、淡々と政務をこなしている。側近であるシダナとヴァーリも、同じく各々の机で書類をさばいている。

「陛下、こちらが各領主からの納税報告書になります」

 さばき終えた書類を、シダナはアルビスの執務机の端に置く。

 アルビスは羽ペンを手にしたまま、そこにチラリと視線を向けた。

「ああ、後で目を通す」
「かしこまりました。では次に、騎士団からの予算増額の依頼書です」
「設備費以外は却下。それと交際費の数字が多すぎる。ヴァーリ、詳細を聞いてこい」
「うぃっす」

 事務処理を不得手とするヴァーリは、心得たとばかりに書類を放り出して、勢いよく執務室から飛び出して行った。

 バタンッ!と乱暴に閉じられた扉の音を聞き、アルビスとシダナは同時に顔を見合わせる。

 しばらくアルビスと見つめ合っていたシダナだが、執務机にある手つかずの書類の一つに目を奪われた。

「どうした?」
「……あ、いえ」

 アルビスに問われたシダナは、急にまごつき始める。

「これか?」

 シダナが視線を向けていた書類に、アルビスも目を向ける。すぐに苦笑した。

「報告書に滑りこませてくる暇人が多くてな。いちいち捨てるのも面倒だ」

 アルビスの執務机の端に束になって置いてある書類は、新しい皇后候補を内廷に迎え入れてほしいという貴族連中からの嘆願書だった。

 メルギオス帝国では、始まりの季節であり、たくさんの命が芽吹く春はもっとも喜びに満ちたもの。また皇族が婚礼を挙げる季節でもある。

 今の季節は晩冬。あと一月も経てば雪が解ける。

 本来なら春を迎えると共にアルビスは佳蓮を娶り、聖皇帝となる予定だった。けれど聖皇后になるために召喚された佳蓮は、離宮に戻る気配はない。

 その事実をアルビスは隠すこともしなければ、公にもしていない。

 目ざとい皇后候補たちは、皇帝陛下は異世界の女性を伴侶にしないことに勘付いている。

 女官長のルシフォーネによれば、皇后候補の女性たちは、その座をめぐってそれはそれはえげつない争いを水面下で繰り広げているそうだ。

 皇后候補たちの背後には、有力な領主や権力者が大勢いる。彼らは自身の私利私欲の為に、何としてでも自身が後ろ盾になっている女性を皇后にさせたいのだ。

 きっと彼らは、アルビスが明日婚礼を執り行うと発表しても、すぐに対処できるほど完璧な手筈を整えているはずだ。それを用意周到と揶揄する程、シダナは青臭い人間ではない。

 皇后の座を望む女性は履いて捨てる程いるけれど、その中にアルビス自身を支えたいと願う女性はいるのだろうか。

 やるせなさを隠して、シダナはアルビスの表情を窺う。その美麗な顔からは、何の感情も読み取れない。

 これまでのアルビスならば、帝国の未来と安寧だけを考えて無理にでも佳蓮を離宮に呼び戻し、予定通りに挙式を執り行っていただろう。

 けれどアルビスはそうしない。この先もしないと断言できる。

 佳蓮の望みは一つだけ。その願いを自身の手で打ち砕いてしまったことをアルビスは知っている。

「シダナ、捨ててくれ」
「かしこまりました」

 今度はすぐ頷いたシダナは、用済みとなった書類を無造作に暖炉の中に投げ入れた。

「随分と斬新なやり方だな?」

 目を丸くするアルビスに、シダナは喰えない笑みを浮かべてこう言った。

「カレンさまに、要らない書類はこうして処理するのが一番だと教えていただいたんです」
「……そうか」

 ほんの少しだけアルビスは目を細める。

 けれどそれは、一瞬のこと。すぐさま表情を消したアルビスは、未処理の書類に目を落とす。

 深紅の瞳に映るものすべては色彩が失せ、何もかもがモノクロに見える。

 これからずっとアルビスの心は凍てついたまま。帝都の雪が解けようとも、仄暗く頑なに、氷の檻は彼の前に立ちふさがる。

 けれど、季節は巡る。春はもうすぐだ。
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