皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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「お邪魔しました」

 学校の職員室を出るときのように、佳蓮は出入口の扉で立ち止り、ぺこりと頭を下げた。

 顔を上げれば、深々と頭を下げた大人5人のつむじが見えてちょっと引く。

 ここはトゥ・シェーナ城の中にある神殿。

 シダナからアルビスの話を聞いて、早1ヶ月。ようやっと佳蓮はここに足を向けることができるようになった。

 けれど、収穫はなにもない。ここにはロダ・ポロチェ城と同じステンドグラスと簡素な祭壇と、透明な色とりどりの小石が敷き詰められた水たまりがあるだけで、元の世界に繋がる扉はなかった。

 けれど一度足を向けた佳蓮は、日課のように神殿に通っている。

 時刻が悪かったのか。天候が良くなかったのか。風向きが悪かったのか。そんなことを考えながら、毎日、せっせと敬虔な信者のように神殿に向かう。

 それでも元の世界に繋がる扉にはとことん嫌われてしまっているようで、なんの兆しも見えない。

(うーん……もしかしてここは使用済みだから、もう使えないのかなぁ。なら別のところならいいのかも。もしかして自分の知識不足なだけ?)

 立ち止まったまま、心の中ではあれやこれやと忙しく考える佳蓮に、聖職者の一人がこう言った。

「またいつでもお越しください」

 つまりもう帰れと言うことか。

 居座る気はない佳蓮は素直に頷き、背を向ける。待ってましたと言わんばかりに神殿の扉が音を立てて閉ざされた。

 この神殿を管理する聖職者達も、城で働く人達も、皆女性ばかり。

 トゥ・シェーナは初代聖皇后の頃から、男子禁制の城だ。

(遥か昔にここに誘拐された女性は……幸せだと感じる時があったのかな)

 佳蓮はこの神殿に来ると、もう一人の異世界の女性に思いを馳せてしまう。

 文献など都合のいいことしか残さないのが定説だ。欲望と支配を愛という言葉に置き換えた男を、本当に愛していたのだろうか。
 
 佳蓮はかつての聖皇后が、皇帝陛下を愛していたなどこれっぽっちも信じていない。

 でももう異世界の女性はこの世にはいなくて、聞いてみたいことや教えて欲しいことは沢山あるけれど、聖皇后の手記はどこを探しても見つからない。

 だから自分で答えを探すしかないとわかっていても、中途半端な自由と、暗闇の中を歩き続けるような毎日は思ったより疲弊してしまう。

 佳蓮は振り返って、閉ざされた神殿の扉を見つめる。再び神殿の中へ入ろうとは思わないけれど、部屋にはまだ戻りたくない。

 ずっと神殿の外で待機していたリュリュは、足取りの重い佳蓮にこんな提案をする。

「カレンさま、温かいお茶を淹れますね。図書室から借りた新しい本もご用意しております。あの……ここは寒いですから、早くお部屋に行きましょう」
 
 最後の言葉が、一番説得力があった。

 佳蓮は子供のようにこくりと小さく頷くと、来た道を戻り始める。

 後ろを歩くリュリュは、何も言わない。佳蓮の足取りが遅くても、追い越すことも、早く歩けとも言わない。

(リュリュさん、今、何を考えているんだろうなぁ)

 いつか消えてしまう人間に対してどうしてここまで親切な気持ちになれるのだろうと呆れるほど、リュリュはずっと傍で支えてくれている。

 もし自分が元の世界に戻ったら、リュリュはやれやれとほっと胸をなで下ろしてくれるだろうか。それとも、もう二度と会えないことを寂しいと思うのだろうか。

(……やめよう)

 深く考える分だけ、心に枷がはめられていく。気持ちを強く持たなければ。

 今は一つの事だけを考えて行動しよう。そうすれば、この煩わずらわしい悩みから決別できるはず。

 佳蓮は軽く頭を降って、揺れる気持ちを振り落とした。

 神殿と居城は、渡り廊下で繋がっている。庭は雪化粧で一面銀世界だけれど、渡り廊下の石畳には雪一つない。

 そこを黙々と歩いている佳蓮は、ふと枝の梢に視線を移す。小さな蕾が生えていた。まだ雪は溶けていないが、春はもうすぐだ。

 サクラサク、サクラチル。

 本来だったら、今頃この2つのどちらかの言葉を受け取っていたはずだ。でもそれは叶わなかった未来の出来事。

「もう留年決定だな……どうしよう。クラスメイトと仲良くなれるかなぁ」

 仲間はずれにされるのは嫌だけれど、先輩と呼ばれるのも、ちょっとキツイ。

 佳蓮は元の世界の通っていた高校の校舎を思い出す。屋上に続く階段で一人ポツンとお弁当を食べる自分を想像して噴き出した。

「ぼっちかぁ……上等じゃん!」

 こんなことではへこたれない。街が薄紅色の花に彩られるまでには戻ってやる。

 決意を新たに佳蓮は、枝のこずえにある小さな蕾に向かって、ぎこちなく口の端を持ち上げた。
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