溺れる天使は悪魔をもつかむ

明樹

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 泣きながら、エイルリスはあることを思い出していた。
 あれは何歳の頃だったか。夜中に雷の大きな音で目を覚まし、怖くて兄のベッドに行き起こすけど、深く眠っていて起きない。
 雷はずっと鳴り続けている。天井に穴を開けて落ちてきそうで怖い。
 兄を起こすことを諦めて両親の所へ行こうとして、耳を押さえながら部屋を出た。すると、両親の部屋から灯りがもれているのが見えた。
 エイルリスは早歩きで進み、部屋の手前で足を止めた。
 両親の大きな声が聞こえる。喧嘩をしてるの?と、雷よりも怖くなる。
 雷の音の合間に、声が聞こえた。

「…リリーを奪った悪魔め!」
「リリーも悪いのよ!あんな悪魔と…」
「黙れ!リリーは…」
「怒鳴らないでっ。子供たちが起きるわ」
「子供たち?俺たちの子供は…だけだ」
「でも、ルシアスも…」
「その名前を言うな!……リスだっ」

「ルリス、大丈夫?」

  アレンに呼ばれて、エイルリスは我に返った。吐く息が白くなるほど寒いというのに、背中には汗が流れている。
 あの夜、両親の会話は、はっきりとは聞こえなかった。だけど、ルシアスという名だけは聞こえた。俺はやはり、リリーとフォラスの子供なのだ。
 エイルリスは、ようやく少し落ち着き、フォラスに声をかけようとしたその時、フォラスの体が崩れ落ちた。地面に横たわり、ピクリとも動かない。

「フォラスさんっ」

 アレンがエイルリスから離れ、フォラスの傍に膝をつく。
 エイルリスもフォラスの様子を見たいけど、まだ抵抗がある。近づけない。
 果たして俺は、復讐を成し遂げたと言えるのか。それとも、実の親を殺した犯罪者になるのか。

「アレン」
「どうしたの?」

 アレンは優しい。フォラスのことが心配なのに、エイルリスの呼びかけに答えてくれる。

「俺はもう、おまえとはいられない」
「えっ、なんで?」

 先ほどエイルリスが出した光る槍は、もう消滅している。
 だから、エイルリスは新たに光る槍を出して、それを自身の胸に突き刺そうとした。
 しかし刺さる直前に、アレンに槍を掴まれた。

「やめろっ!俺のルリスを殺すな!」
「違う!俺は、おまえが好きだったルリスじゃない!実の親を殺した、本当の悪魔だ、悪魔なんだっ」
「俺も悪魔だ!それに前にも言ったよな?俺はルリスが何者でも構わない。ルリスだから愛したんだ。ルリスだって、そう言ってくれたじゃないか!」
「俺は!おまえが慕うフォラスを…実の親を殺したんだぞっ」
「あー、殺してないよ。まだ息がある」
「…え?」

 いつの間に来たのか、アンバーがいた。フォラスの傍で膝をつき、フォラスの胸に手のひらを当てている。そしてゆっくりと顔を上げて、エイルリスを見た。

「この悪魔は、俺が拘束して連れて行くよ。十一年前の、天使殺しの犯人だから。それとエイルリス。君も連れていく。悪魔と天使の混血の子供だから。天使のままだったら見逃してあげようと思っていたけど、今の姿を見ては見逃してあげられない。一緒に来てくれる?」
「…好きにしろ」
「ダメだ!ルリスは渡さない!」

 アレンがエイルリスを背中に隠す。
 エイルリスは、アレンの背中に額をつけて囁いた。

「アレン、おまえは本当に優しいな。俺は、おまえと出会えてよかった。本当に救われた。ありがとう。大好きだよ」
「嫌だっ、行くな!」
「今の俺は、おまえの傍にはいられない。ごめんな」
「エイルリス!」

 アレンが振り向き、エイルリスを抱きしめようとした。
 その手をすり抜けて、エイルリスは空へ舞い上がる。
 気がつくと、エイルリスとフォラスの周りを、数人の天使が囲んでいた。
 翼を出して飛ぼうとするアレンの目の前に、アンバーが立ち塞がる。

「アレン」
「どけよっ」
「君はしつこくエイルリスを追いかけて来そうだな。だから悪いけど、記憶を消すよ」
「は?やめっ」

 アンバーが、アレンの額を指で弾いた。
 途端にアレンが静かになる。翼を閉じて俯く。もうエイルリスの方を見ようともしない。
 エイルリスは、胸が抉られるように痛くなった。
 だけどこれでいい。俺を忘れてくれ、アレン。その方が自由に生きられる。だからこれでいい。そう何度も自分に言い聞かせ、溢れそうになる涙をこらえた。
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