おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏

文字の大きさ
10 / 12

10.久しぶりに笑った日

しおりを挟む
 「とりあえず服を着ていいかな?」

 自分で脱いだとはいえ寒くなってきたし、なにより自分以外の温もりをダイレクトに感じてしまい落ち着かない。

あれ、私って欲求不満なのか?

「あ!すみません!」
「え?」

 突き飛ばされたと気付いた時には既に遅く立ち上がって失敗したわ。タンコブだなと諦めていたら強い力で引き上げられた。

「ありがとう。もう、大丈夫よ?」

 何故かさっきよりも密着が凄くて、離れようとしてもちっとも動かない。

「レインさん?」

 それどころか頭上にスリスリされているようで。流石に動揺してきた。

「貴方を好きですと言ったら笑いますか?」

すき……。

「え、私?」

 少し緩められたのでなんとか顔を上げたら、予想以上に至近距離だった。

 若い子に見つめられるのがなんかツライ。

「殿下の側には私と先程ナオ様が会った影のどちらかが必ずいます。でも、この店に行く時には…あいつに会わせたくなくてというか、俺が行きたくて。だから貴方は、店でアイツに会った事はないんです」

 無表情な彼は、今や拗ねたような顔をしながら横を向いて独り言のように呟いているその姿は、冗談ではなさそうで。

「私は、君よりかなり年上だし、なによりこの世界の人じゃないから子供とかも無理かもだし」

 この国の結婚は20歳から22歳だと聞いた。

「私は、今日で25になりました」
「今日が誕生日?」
「はい」

めでたいじゃない。

「おめでとう!」
「ありがとうございます。って、あー、貴方を前にすると調子が狂うな」

 頭をグシャリとしてため息をついているのをみてちょっと笑ってしまったら、彼は怒っているようだ。

「何が可笑しいんですか?」
「いや、今日のレイン君はよく喋るなぁと」

 いっつも最低限しか話さないのに珍しい。

「本気なんですが」
「ちょ」
「駄目ですか?」
「ん」

剥き出しになったままの肩に息がかかり、背中をッッと撫で上げられ変な声が出てしまった。

「タイム!慣れすぎじゃない?!」

 なんなの?!硬派なイケメンワンコじゃなかったのか?

「慣れてない。他に取られたくなくて焦っているんです」

 この子は何を言ってるんだろうか。

「ナオ様の店は、食事の評判もですが、明るくて笑った顔が可愛いと評判なんですよ。あと必死で涙目になって呟いている所なども素がいいと」
「ふぉッ」

私、口に出ていた?

「いや、確かにもうムリ間に合わないとか言ってるかも」

 時間に追われて、でも自分しかいないし半泣きでご飯を盛る日も少なくない。

見られていたとは!

「恥ずかし過ぎる!」

 かといって、無意識の呟きだしコントロールは出来ないし。

「脱線しましたが、ひやひやしていて。もう、見ているだけでは我慢できなくて…ナオ様?」

 ある程度生きている私は目の前のワンコが本気なのか、誂われているのではないかとじっと彼を見てしまう。

 綺麗な青い目に今は少し上気したシャープな頬。

 あのきらきら王子に命令されて言っているわけではなさそうだけど。

「年下は嫌ですか?頼りなく見えますか?」

 きりっとした眉がちょっと下がって、なんか可愛いくて。そんなころころ変わる珍しい彼の顔を眺めているうちに、なんかごちゃごちゃ考えるのも馬鹿らしくなってきて。

「いきなり婚約はなしでお付き合いからなら、お願いします」

 特に取り柄もない、いつもテンパってばかりの私でいいなら。

あれ?

「もしもーし」

 なんか、今度は急にだんまりになっちゃった?

ガシッ

「ひゃ!」

いきなり両肩を掴まれた。

「本当に?」
「え、ええ」
「あの、嘘とかなしですよ?あ、一筆書いてもらえますか?縛るつもりはないんですが、信じられなくて」

 なんか怖いと顔に出ていたらしい。

「あの、直ぐに紙を屋敷から持ってきます!」
「あ、ちょ!」

バタン!

「いったい何なの?ヘクチッ」

風のように去っていったレイン君と半裸な私。

「…ふふっ、なんか可笑しい」

こんな訳わからない状況なのに、この世界に来て、初めてちゃんと笑えたかも。

 私は、暫く笑いが止まらなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』

ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています この物語は完結しました。 前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。 「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」 そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。 そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?

番(つがい)はいりません

にいるず
恋愛
 私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。 本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。  

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

処理中です...