銀色の魔物

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青の瞳の友

3話(終)

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 新しい生活を始めたジンは、最初こそ慣れないといった風だった。だが次第にその村に溶け込んでいった。まるで昔からそこに住んでいるかのように周りとも馴染んで楽しそうに過ごしている。
 そんなジンを見ると、心に傷を抱えていたことを知っているだけにとても喜ばしく思う反面、寂しさにも近い妙な感覚をアルゴは覚えていた。それが何かがわからないほど生きてきた年数は短くない。だが意識しないようにした。ようやく普通の人間のように穏やかに楽しげに過ごせているジンを見るとこのままがいいとしか思えなかった。
 別に同性なのが問題ではない。大昔は異性同士が基本だったと聞いたこともあるが、少なくとも現在の人間にもエルフにも特に性別を気にする習慣はない。跡継ぎなどを気にする者はあえて異性を選ぶかもしれないし、中には生産性がない恋愛は意味がないという考えの者もいるが、大抵の者はどちらでも気にしないのが普通だ。
 ただ、ジンは人間でアルゴはエルフだ。友としてそばにいるのと伴侶としてそばにいるのでは意味が違ってくる。大抵のエルフは人間を受け入れないし、人間もまた身近にエルフがいる状況を自然だと捉えないだろう。異種間の恋愛など、避けたほうがいいに決まっている。
 おまけに生を全うする期間があまりにも違い過ぎる。エルフは何百年、下手をすると千年だって生きるかもしれないというのに人間はわずか百年すら生きるのが稀だ。おそらく「生きる」という価値観が全く違う。アルゴは例えジンが年を重ね見た目が驚くほど変わっても気持ちが変わることはないだろう。そして例えジンが生を終えてもその尊さに思いを馳せつつ慈しむことができるだろう。だが人間であるジンは違う。もしアルゴに対して気持ちを向けてくれたとしたら、いつまでもあまり見た目の変わらないアルゴや自分が生を終えようとしていてもまだまだ先を生きるアルゴにおそらく心を痛めるに違いないと思った。

 このままが一番いい。

 出会って最初の頃言ったように、普通に生活し、伴侶を持ち、子を成して幸せになって欲しい。
 エルフであるため、アルゴはあまりジンがいる村に訪れることはなかった。魔法を使って耳を隠すことはできるがそこまでして村に入りたいわけではない。

「何それ。耳にプライドでも詰まってるのか?」

 ジンと会う時はよく森で一緒に狩りをしたり散歩をしたり食事をしたりしていた。その時も小さな湖の近くで座っていたジンはおかしそうに笑う。日中にも会うがその時は月の美しい夜だった。月明かりにもジンの夜の黒に染まった美しい青は映える。

「エルフをよくわからない生き物にするな。プライドは詰まっておらんが誇りには思っている」
「誇りかあ。そういえば触らせてもくれないもんな」
「当たり前だ。エルフの耳に触れるのはその伴侶くらいなものだ」
「そうなんだ。結構神聖なものなんだな」

 お前なら触れても構わない。

 思わずそう言いたくなり、アルゴは座っていた手元にある石をあえてつかむと小さな湖に投げた。石は何度も表面を跳ねた後沈んでいく。

「今の、すごいな。俺もやってみたい」
「お前ならすぐにできるだろうな」

 お前になら何だってやってやりたいし教えてやる。お前が笑ってその美しい瞳が幸せなほどきらきらと揺らぐなら何だってしよう。

 そう言葉にする代わりにアルゴはただそっと微笑んだ。

「好きな人ができたんだ」

 町が滅び親が殺され憎悪と悲しみにゆがんだ目をしていた少年は、あまりに幸せそうに笑う青年になっていた。アルゴの口元が一瞬震える。だがすぐに笑みを浮かべた。

「村の住民か?」
「ああ。見た目も中身もとても綺麗な女性なんだ」
「もう打ち明けたのか」
「まだ」
「お前なら絶対に大丈夫だ。上手くいく。そして嫁となるその人を私に紹介しろ」
「まだ打ち明けてもないのに嫁? っていうか人間嫌いなのに会ってくれるの?」
「お前の家族になる者なら当たり前だろう」
「ならがんばらないとな」

 その人間はジンが言った通り、中身もとても綺麗だった。アルゴに対しても朗らかで優しい笑みを向けてきた。二人が幸せそうな家族となるのに時間はかからなかった。
 アルゴはもちろん心から祝った。痛みを感じないわけではなかったが、ジンが幸せになることを願ったことに嘘偽りはない。だから心から嬉しく思ったのも本当だった。
 祝いの品として、クエンティ王国でのみ現れるクエンティサーペントという魔物の皮を使い、アルゴは二人に腕輪を手作りした。そのレアな魔物の皮は運気が上がると言われている上に、アルゴが魔力を込めた青い魔法石をその加工品に編み込んだ。青にしたのは瞳に合わせてだ。エルフの作るアクセサリーはかなり貴重な上に効力が高い。それに魔法石にはそれぞれに合った魔力を込めた。
 魔力の強い人間が少なくなっていっているのもあり、ジンの腕輪にはあまりに強すぎるジンの魔力を制御する力を込め、結婚相手には幸運を高める力を込めた。それらの腕輪を渡すと二人はとても喜んでくれた。ジンは代わりに親の形見であるペンダントを貰って欲しいと言ってきたがそれは断った。
 だというのに、幸運の力は発揮されなかった。
 望んでいた子も生まれ、これからますます順風満帆だと思われたジンの人生はまたしても奪われた。あれほど幸せそうにきらめいている美しい青がまた陰る出来事に襲われた。
 またしてもというのだろうか、魔物討伐を目論んでいた他の大きな町の政策に追いやられた魔物たちが運悪くその村を襲ったのだ。小さな村は一瞬のうちに跡形もなくなった。丁度ジンが仕事で村を離れていた時の出来事だったとアルゴも後で知った。
 何故ジンばかりがそんな思いをしなければならないのだろう。何故その悲しみを代わりに背負うことができないのだろう。何百年と生きようが大切に思っている者たった一人を、ひたすら幸せに包んでやることすら何故できないのか。
 とはいえ今度は憎悪に青を歪めることはなかった。魔物討伐が原因だったと耳にしたジンはその美しい青をただただ悲しみに曇らせ、森の奥でたった一人ひっそりと暮らすようになった。
 自暴自棄になってはいない。日々一応生きていた。アルゴが訪れると酒を酌み交わしもする。それでもあのきらめいていたあまりに美しい青は曇ったままだった。アルゴにとってはわずかな年数だが、人間であるジンにとってはどれほどとてつもなく長い年数をそうやってただ一応生きているだけだっただろうか。
 そんなジンに心を痛めながら何度も思ったことがある。「共に生きよう」と。
 だがそれは何の解決にもならないことをそれこそ何百年と生きていたアルゴはわかっていた。
 時は心を癒しなどしない。だが精神力の強いジンはなんとか自分の中の苦しみと折り合いをつけているようだった。アルゴはただ、いつだってそばにいられるようにした。
 気づけば老い、美しい青は年のせいで白みを帯びてきていたある日。
 ジンが小さな小さな生き物を拾ったと知った──



 閉じていた目に片手を置いた。もう片方の手で首もとにあるジンのペンダントにそっと触れる。浮かべていた笑みはそのままに、アルゴはそっと指で目頭を拭った。
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