おばさん冒険者、職場復帰する

神田柊子

文字の大きさ
3 / 24
第一話 おばさん冒険者、職場復帰する

3

しおりを挟む
「それじゃあ、この新聞記事は本物なのね?」
「ええ、そうよ」
 ミラに確認され、アリスはうなずいた。
 冒険者ギルドの食堂の料理長ミラ・キャリッジと、ギルドマスターであるドム・キャリッジは夫婦だ。
 アリスは彼らに再会した夜、二人の家に泊まらせてもらうことになった。
 ミラはアリスと同じ歳の四十三歳。ドムは二つ上の四十五歳。二人とも五年前と見た目にはあまり違いがない。
(役職はずいぶん上がったみたいだけど)
 ミラの手製の料理が並ぶ食卓で、彼女が手に持っているのは一週間ほど前の日付の新聞だ。
 大手の新聞社は物品用の転移魔法陣を社内に持っており、国内外の情報を素早く伝える。だから、南の国境でも、王都の最新情報が知れるのだ。
 その新聞の一面は、立太子の式典の記事だった。
 アリスもファーラドの前に寄った街で同じ新聞を買って、大事にとってある。
「ウィルフレッド王の唯一の王子エディアルド殿下が、王太子に決まった。アリスティーナ王妃はこの式典も体調不良で欠席、だとさ」
 ドムが見出しを読み上げる。
「エディの晴れ舞台なんだから、式典に出てから出発してもよかったんじゃない?」
「ダメダメ。あの女も出席するのよ? あの女の顔を見たら、魔法をぶっ放さない自信がないわ」
 あの女とは、アリスの異母姉フローレンスのことだ。
 姉への恨みを何度も聞かされた二人は肩をすくめて、口をつぐんだ。
 アリス・カルスは正式な名前をアリスティーナ・カルセンス・エトールという、正真正銘エトール王国の王妃だ。
 アリスは当時のカルセンス公爵が見目のいい平民に産ませた子どもで、母に似なかったアリスは貴族の中では平均レベルの容姿だったけれど、公爵は公爵夫人との間にできた実子として届け出た。十歳になり王都の公爵邸に引き取られたが、十四歳のときに異母兄クリストファーの手引きで公爵邸から逃され、冒険者になったのだった。
 ――実際のところ、義母と異母姉のいじめにブチ切れ、屋敷を火の海にする寸前でクリストファーに説得されてあきらめ、交換条件で公爵家から解放されたのだけれど。
(完全に解放とはいかなかったのよね。お兄様はずっとアリスティーナの籍を残していたんだから。……まあ、エディのためには良かったってことにしておくわ)
 十四歳からずっとファーラドで冒険者をやっていたアリスが王妃になっているのは、クリストファーとウィル――当時は第三王子だったウィルフレッドの暗躍の結果だ。
 ちなみに、フローレンスが長子、嫡男のクリストファーは次子。横暴で話の通じないフローレンスにはクリストファーも被害を被っていたらしく、彼だけはアリスの味方だった。
 第三王子ウィルフレッドとカルセンス公爵家の令嬢アリスティーナが結婚。その間に生まれたエディことエディアルド・エトールは、出生時から正しくエトール王家の王子となっている。――問題があるとしたら、全てが極秘だったことだけだ。アリス達はファーラドで結婚し、エディもこの街で生まれたのだ。
 その後、第一と第二の両王子が失脚。第三王子のウィルフレッドが王位を継いだ。
 王妃アリスティーナは産後に体調を崩したことになっており、エディアルド王子も母に付き添って離宮暮らし。ずっと表に顔を出さなかった王子だけれど、この度の立太子を機会に公務にも参加する――というのが公式発表だ。
「ああーっと、そうだ。『完全防御の魔女』が帰ってきたんだから、久しぶりに昔馴染みのやつらに声をかけて集まるか?」
 気を取り直すように、ドムが提案した。
「いいわね。そうしましょ」
 ミラも手を叩き、アリスも、あの人は? この人は? と知人の近況を尋ねた。
「そういえば、『完全防御の魔女』って呼ばれるのも懐かしいわ」
 話の切れ間にふとアリスが言うと、ドムが首を傾げる。
「旅の間は二つ名で呼ばれなかったのか?」
「隣国まではさすがに広まってないもの」
 アリスは家畜化された魔鳥である笹鳥のマスタード焼きを頬張る。じわりと肉汁が口の中に広がり、非常においしい。ファーラドでは毎食ギルドの食堂で食べようかしら、と思うくらいだ。
 そんな料理を作ったミラは驚いた顔で、
「隣国? 旅ってどこまで行ってたの?」
「エトール王国をひとまわりしながら、北と東の隣国の王都と主要都市ってところかしら」
 このエトール王国は、西は海に面している。南はファーラドの外にある無国籍地帯『リリンの森』があり、こちらはよほど実力のある冒険者でなければ通り抜けできないから、南との交易は海経由だ。北と東は友好関係にある隣国に接していて、人や物品の行き来も多い。
「王都に主要都市って、それは冒険者の旅じゃねぇだろ」
「そうよね。エディの希望に合わせてたんだけど、あたしもさすがに途中で気づいたわ」
 五年前、ファーラドにウィルがやってきた。アリスとエディも王都で暮らさないか、エディに跡を継いでほしい。ウィルはそう言った。
 アリスはエディの判断に任せると答え、エディは修行の旅に出たいとアリスに話した。
(だから、あたしはウィルから逃げるんだと思ってたんだけど、あの子ってばずっとウィルやお兄様と連絡を取り合ってたんだもの)
 エディは隣国の王都であちこち歩きまわって、他国人でも入れる公共施設は全部回っていた。評判の領地があれば足を延ばし、農地から商業都市まで訪れた。エトール国内ではほとんど全部の領地を回った。合間にダンジョンに潜ったり、アリスから魔法や体術の訓練を受けていた。
 やけに頻繁に遭遇する行商人だと思っていたのがクリストファーからの使者で、情報のやりとりのほかに座学の課題も出されていたらしい。
(王位を継ぐための修行ね……)
 貴族社会から距離を置くと決めたのは自分だけれど、アリスは一人で取り残されたように感じる。
 身軽になったけれど、寂しい。
 エディを守って生きてきた十二年。これからしばらくは自分の身を守るだけ。
 何でもできるし何でもやりたい前向きな気持ちと同時に、自分の役目は終わったのだという喪失感もある。
(燃え尽きた感じ、かしら?)
 採取依頼ならどこにでも行くと答えたときに、ドムが「無茶するな」と言った理由が少しわかる気がする。
 その重しの役がリーナ・オルトなのだろう。アリスは無力なリーナを守らないとならない。
(さすがギルマスってところかしら? よく人を見ているわね)
 そこまで思い至って、アリスは疑問を浮かべる。
「ねえ、リーナからだいたいのところは聞いたんだけど……」
「ああ」
「コリン・スポットだっけ? どうしてさっさとギルドカードを剥奪して街から追い出さないわけ?」
 問題を起こした冒険者は罰を受ける決まりだ。
 コリンはどう考えても処罰対象だろう。
 それをドムが放置している理由がわからない。
「領主様に止められてるんだわ。もうちょっと泳がせろって」
「え? 領主案件なの? あんな小物が?」
 コリンはリーナと同郷らしい。
 冒険者になるというコリンに誘われて、幼馴染のリーナは一緒にファーラドにやってきたそうだ。一年前のことらしい。
 現在、コリンは十八歳、リーナは十六歳。故郷の家族は二人が当然結婚するものだと思って、笑顔で送り出してくれたという。
 冒険者登録をしてパーティを組んだけれど、リーナは冒険者に向かなかったためギルド職員になった。職場が別になっても仲良くしていた二人だったが……。
「三か月くらい前でしょうか。コリンが一人で護衛依頼を受けてファーラドから一月ほど離れていたんです。帰ってきたら、荒っぽくなっていて……」
 前はあんなに嫌な感じじゃなかったんですよ、とリーナは昼食をとりながら話してくれた。
「一緒にいた女は?」
「ノーラ・ラグランです。彼女はファーラド出身の冒険者で、前からコリンに迫っていたんですけど……。十日ほど前、コリンは私を追い出して彼女と暮らし始めたんです」
「あなたから彼女に乗り換えたってこと?」
「はい……。それはまあ、仕方ないといいますか、私より彼女のほうがこう……胸とか顔とか……魅力的ですし。一緒にパーティを組めますし。……正直なところ、いつもイライラしているコリンと暮らすのはしんどかったんで、私も納得して別れたんです。だから、文句はないんですよ。それなのに、あちらがいちいち私に絡んでくるんです。ほっといてほしいんですよ、私は」
 最後はリーナもちょっと早口になっていた。
 さすがに腹に据えかねているのだろう。
 アリスならコリンが荒れ始めた時点で鉄拳制裁している。これはアリスが特別なのではなく、冒険者の街ファーラドの女はだいたいそんな感じだ。リーナはずいぶん優しい。
 案の定、ミラも、
「コリンを見るたびに何度フライパンで殴ってやろうと思ったか!」
 と憤慨していた。
 ドムは腕組みをして、「ここだけの話だが」と口を開く。
「コリンは、領地を超えて手配されている犯罪組織に関わっている可能性があるらしい。あいつを追放したせいで組織に深読みされて逃げられると困るんだと」
「それって、護衛依頼のときに関わりができたってこと?」
「いや、あの依頼は安全だ。依頼人の身元もはっきりしている。……その帰路で何かあったんじゃないかと思うんだがな。西方面なんだ。あっちは港があるからいつもざわついているだろ」
 南のファーラドで一番多い問題は魔物だが、西の港湾都市では人が起こす問題が圧倒的なのだ。
「ふーん。それじゃあ、コリンをぶちのめすのはまずいってこと?」
「いや、さすがにこっちも面子があるし、リーナを悪意にさらし続けるつもりはない。コリンが先に手を出してアリスが返り討ちにしたって体なら、問題ないだろ」
「了解、了解。まあ、期待しててちょうだい」
「ほどほどにな」
 アリスがひらひら手を振ると、ドムは苦笑した。
「犯罪組織の摘発は、領主様にがんばってもらわんとな」
「領主様ってあいつよね。代替わりしたんでしょ?」
 ファーラドを含む南の国境の土地は、ソシレ伯爵家の領地だ。現ソシレ伯爵は身分を隠して冒険者をやっていたことがあり、アリスも面識があった。
「アリスが戻ってきたって連絡したら、会いに来るかもなぁ」
「ジャスパーさんがまた青くなるわよ。かわいそうよ」
 アリスを追ってファーラドに来たウィルの素性に気づいたジャスパーは、アリスがウィルをぞんざいに扱うたびに顔色を悪くしていたものだ。
(キラキラ顔のウィルを、何も知らない他の冒険者たちが『王子』なんてあだ名で呼び始めたときは卒倒しそうだったわね……)
 アリスは懐かしいあのころを思い出して、くすりと笑ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。 『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話のパート2、ここに開幕! 【ご注意】 ・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。 なるべく読みやすいようには致しますが。 ・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。 勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。 ・所々挿し絵画像が入ります。 大丈夫でしたらそのままお進みください。

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。 平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。 どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。

処理中です...