おばさん冒険者、職場復帰する

神田柊子

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第一話 おばさん冒険者、職場復帰する

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「リーナ、どこかに当たればいいわよ!」
「はいー! ひぃー、速いです!」
 リーナは悲鳴を上げながら、水球砲を撃つ。
 天井付近を飛び回る斜蝙蝠の動きは速く、リーナの狙いは全く定まらない。
 アリスはリーナの周りに防御壁を作っておいて、自分はそれを出て地面の魔物を相手にしていた。
 今日、リーナたちはダンジョンに来ていた。
 日帰りできる距離にある踏破済みダンジョンだ。
 たいていのダンジョンはフロアボスを倒すと他の階層への転移魔法陣が現れる。このダンジョンは踏破済みなため、一層から最下層まで転移し放題だった。
 今日の採取対象は、この斜蝙蝠が落とす鉱物だった。
(攻撃の衝撃じゃないと落とさないなんて、どういうことですか?! しかも、水魔法限定だなんて!!)
 討伐してしまうと鉱物は採取できないため、死なないように攻撃しないとならない。
「リーナにぴったりじゃない!」
 依頼票を見たアリスに笑われたけれど、自分でもそうだと思う。
 リーナの水球砲の威力は高くないし、命中率も大して上がっていないから、宙を飛ぶ蝙蝠の急所に当てて一撃で倒すなんて、まだ無理だ。
(それでも、アリスおばさんとの特訓で少しは上達したんですよ!)
 蝙蝠は数が多いため、集まっているあたりを狙うと結構当たる。
 戦いの喧騒の中で、カツン、カツンと、小さな鉱物が落ちてくる音が響いていた。
 アリスが相手にしている魔物は雫蜥蜴だ。水属性の魔物で、斜蝙蝠の天敵。――リーナたちと同じく、蝙蝠が落とす鉱物を狙って集まっていた。
 ギルドの資料で斜蝙蝠の生息地を探したのはリーナだけれど、そこに雫蜥蜴の文字はなかった。知っていたら別の場所を選んだのに、とリーナは悔しい。ギルドに帰ったら資料を更新しないとならない。
 アリスは蜥蜴を蹴散らしながら、蝙蝠が落とした鉱物を拾っている。
(アリスおばさん、ぽっちゃりなのに素早くないですか?! 身体強化ですか?)
 防御壁の弾を飛ばして蜥蜴を倒し、鉱物の落下地点までさっと移動して、一抱えくらいある蜥蜴を蹴る。床に当たって跳ねた鉱物をキャッチして、くるりと回転してまた蜥蜴を蹴り飛ばす。そして、また次の場所へ。
 以前、逃げ足だけならリーナが勝てるかも、と思ったのは取り消したい。
「うーん、このくらいでいいかしら。リーナ、もういいわよ」
 アリスに声をかけられて、リーナははっとして腕を下ろした。
「一旦、この部屋から退避しましょう」
 追い縋る蜥蜴を火魔法で隔ててから、アリスはリーナを促した。
 蝙蝠と蜥蜴の部屋を出て扉を閉める。――このダンジョンは屋敷タイプで、部屋に扉があった。強い魔物は扉を超えるけれど、今回の二種は扉を閉めてしまえば追ってこない。
 静かな廊下に出て、リーナはやっと息をついた。
「はぁぁぁー」
「リーナ、よくやったわね!」
 ぽんっと頭を撫でられて、リーナは笑顔になる。
 アリスもにっこり笑ってから、ポーションを取り出して飲み干した。
「あー、疲れた。年を取ると、体力だけはどうにもならないわねー」
「私、楽していてすみません!!」
(おばさんを動き回らせておきながら、私は一人で防御壁の中に立ってるだけでした!)
 年相応なことを言うアリスを、リーナは気遣う。
「あの、無理しないでくださいね」
「大丈夫よ。少し運動しないと。エディがいないからって、深夜にお菓子食べたりお酒飲んだりしてたらこれよ」
 アリスはお腹周りをさする。
「それは確かにそうなりますよね」
 リーナは苦笑する。
「それに、雫蜥蜴も生息しているなんて想定外だったから、仕方ないわよ」
「えっーと……、こう、天井近くに漏斗状の防御壁を張って一か所に集まるようにして、その下で待ってるというのはダメだったんでしょうか?」
 リーナは両手で開いた花のような形を作って顔の前に持ち上げる。
「あー! なるほど! 全然思いつかなかったわ! もう、リーナ、思いついたことは早く言ってちょうだい」
 アリスはリーナの肩を軽く叩いて、
「計画もだけど、作戦もリーナの担当ね! 頼りにしてるわよ!」
 魔法はまだまだだけれど、それ以外の部分で認められた気分になる。
(わわっ! うれしいです!)
「はい! がんばります!」
 リーナは跳ねるようにして敬礼をした。

 ダンジョンに潜った翌日は休みにしていた。
 いつもより少しだけ遅い時間に起きたリーナは料理をしようとしたけれど、使いたい調味料がなかった。
「あっ! コリンの部屋に置きっぱなしでした! あれは実家から持ってきた大事なものなのに……」
 母がブレンドしているハーブ塩は、リーナの実家の味だった。
 家を出たときにたくさん持たせてもらったうちの最後の一本を、コリンの部屋のキッチンに置いたまま忘れてしまったのだ。
「一応配合は知っているので、自分でブレンドできないこともないですけど……」
 これからも一人暮らしをするなら、自分でできるようになったほうがいいだろう。
 リーナは買い置きのパンだけで朝食を済ませ、材料を買いに行くことにした。
 ところが、大通りに出たところで、リーナはノーラとかちあってしまった。
(また会いたくない人に会ってしまいました……)
 珍しく彼女一人だ。
 バッチリ目が合ったため、気づかないふりもできない。
「あ……」
 ノーラは小さく声をあげて、何か言いたそうにしてから、結局黙って目を伏せた。コリンと一緒のときと様子が違う。
(何なんでしょうか……)
 不思議に思ったリーナは思わず声をかけていた。
「あの、今日はコリンは一緒じゃないんですか?」
「え? あ、うん。一人で依頼受けてて……」
 ノーラは驚いた顔でリーナを見た。
「私、コリンの部屋に忘れ物しちゃったんで、取りに行ってもいいですか?」

 久しぶりに入った部屋は、他人の部屋のような匂いがした。
「私、料理しないから、全部持ってってよ」
 調味料を取りに行きたいと言ったら、ノーラは嫌がらずに了承してくれた。
 リーナはキッチンの棚から、目当てのハーブ塩の他にも目ぼしい調味料を取り出す。
(確かにこの棚は私がいたころと何も変わっていませんね)
 ノーラはリーナが棚を開け閉めするのを、テーブルに寄りかかって見ている。
 見張っているというより、話しかけるタイミングをうかがっているように思えて、リーナは「何かお話があるんですか?」と振ってみる。
「うん、そう。えーと、あのさ。コリンって前からあんな感じだったっけ?」
「はい? 知ってて付き合い始めたんじゃないんですか?」
「前は違ったわよね?」
「そうですね」
「イライラしてたり、夜中にうなされてたり。……あんたに声かけるのやめてって言ってんのに、いちいち絡みにいくし」
「そうですか」
(でも、ノーラもコリンと一緒に笑ってましたよね?)
 リーナは呆れながら、茶筒を開ける。封を開けたばかりだったお気に入りの紅茶が残ってたら持って帰ろうと思ったのだ。
「あれ、これは……?」
 茶筒の中には紅茶ではなく、折りたたまれた紙が入っていた。
 リーナはそれを広げて、眉をひそめた。
「魔封風負草? こっちは暗黒崎先見草?」
(違法薬物の原料じゃないですか?!)
 その採取の依頼書だった。冒険者ギルドのものではない。
 リーナも噂にしか知らないけれど、闇ギルドのものではないだろうか。
「コリンが受けている依頼って何ですか?」
 リーナが突然振り返ったからか、ノーラは驚いた顔をした。
「さあ? 知らないわ。……そういう秘密も多くて。私を置いて行っちゃうし。リーナと一緒なのかもって思ってたんだけど」
「まさか! 私はコリンともう関係ありません!」
 それより、とリーナは話を戻す。
「コリンの依頼って冒険者ギルドで受けたものですか?」
「知らないって言ってるでしょ」
 ノーラは口を尖らせた。
(この依頼書はギルドマスターに相談しないとダメなやつです)
 そこで、ドンドンとドアが叩かれた。
 部屋は広くないため、玄関扉を開けたらそのままダイニングキッチンという間取りだ。
 リーナはびくりと肩を揺らす。
「コリン、いるのか?」
 男の声だった。
 リーナが住んでたころ、この部屋にコリンが友人を呼ぶことはなかった。
「またあの男だ」
 ノーラがつぶやいたから、リーナは尋ねた。
「誰なんですか?」
「なんか嫌なやつ」
(何の説明にもなっていませんけど?!)
 リーナは心の中で突っ込んでから、「居留守を使いましょう」と唇に人差し指を当てて静かにするように目配せした。ノーラもうなずいて、二人で扉を見つめながらやり過ごそうとしたのだけれど――。
 がちゃっと鍵が開く音が聞こえたのだ。
(絶妙なタイミングでコリンが帰ってきたんでしょうか?)
 その予想は外れて、開いた扉の向こうには見知らぬ男が立っていた。
「だ、誰ですか?」
「嫌なやつ!」
「なんで合鍵を……」
 リーナとノーラが騒ぐと、男は舌打ちした。さらに、リーナが手に持っている依頼書に目をやって、
「バレちまったら仕方ない。居留守なんて使うから悪いんだぜ」
 一歩で入り込んだ男に腹を殴られて、リーナは意識を手放したのだった。

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