牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈

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「リーナ、話がある。執務室まで来てくれるか?」
 談話室で女性ばかり寄って盛り上がっていたところへ、エックハルトがリーナを呼びに来た。
「私も参ります」
 リーナのことを心配しているベルタは、リーナの腕をとって歩き出そうとする。老齢の妻を気遣いルドルフのことを隠しておこうとしたエックハルトだが、今更隠しては余計に心配をかけると思い一緒に話すことにした。


「リーナ、済まない。シュニッツラー侯爵邸に泊めてもらったのは儂の失敗だった。ルドルフがリーナを見初めて愛人にしたいと言ってきている。もちろんそんな話は断るが、ウェイランド伯爵家だけでは守りきれないかもしれない」
 あらかじめ知っていたリーナに驚きはない。しかし、エックハルトの口から改めて聞くとルドルフへの嫌悪が募っていく。
「お義父様、お義兄様、何があったのか全て話してください。お願いします」
 リーナはルドルフと対決する覚悟を決めていた。しかし、エックハルトや義兄であるウェイランド伯爵の意向を無視して動くほどは無謀ではなかった。

「弟のアルノルトが行方不明なんだ。王宮の金を横領した疑いが持たれていて、財務局長のウェイランド伯爵が、金品とリーナを渡せば罪を隠蔽してやると言ってきた」
 説明するウェイランド伯爵は、知らないうちに義妹になっていた年若いリーナに、このようなことを聞かせるのは心苦しく思いながらも、リーナに関わっることなので正直に話した。

「アルノルトお義兄様が濡れ衣を着せられている可能性はありませんか? そうであれば囚われているかもしれません」
 エックハルトとウェイランド伯爵の顔が曇る。
「儂はルドルフがそれほど卑怯な男だと思いたくはないが、妻を持つ身で愛人を求めるようなやつだから、その可能性は高いな」
 エックハルトはかつての部下の変貌を心配していた。上昇思考の強い男だったが、それが叶った今も幸せそうには見えなかった。
「私は弟が横領したと聞いて、慌てて王都を出てきました。もっと、落ち着いて行動すれば良かった」
 ウェイランド伯爵は後悔したように項垂れた。

「お金も唯々諾々と渡しては駄目よ。若い頃に没落したお友達がいたのだけど、彼女のお兄様が騙され盗みの罪を着せられて、解決するためにお金を支払ったら、金を払うのは盗んだ証拠だとずっと脅迫されていたらしいの」
 信用ならないルドルフなどに、大切な領民が収めた税を支払うのは我慢ならないとベルタは思った。
「しかし、このままではウェイランド伯爵家が潰れてしまいます。そして、そのどさくさに紛れてリーナが連れて行かれてしまうかもしれません」
 ウェイランド伯爵の言葉は真実だろうと皆は思った。

「私がシュニッツラー侯爵と会います。そして、彼の家を探ってみます」
 元々リーナはそうするつもりだった。
「駄目だ。そんなことは許さない」
「馬鹿なことは止めてください」
 エックハルトとウェイランド伯爵がすかさず止める。
「でも、このままでは……」
 困った顔でルーナがエックハルトを見上げた。

「仕方がない。ハルフォーフ家を頼ろう。もし、アルノルトが本当に横領をしていたら、爵位と領地を返納することになるが、あれほどの活躍で国を救ったハルフォーフ将軍ならば、領民のことも悪いようにはしないだろう。何よりリーナのことを絶対に守ってくれる」
 代々受け継いできた領地を手放すことは、エックハルトにとってはとても辛いことである。しかし、不正をしてまでも守らなくてもいいと思うと、彼は晴れやかに笑った。
「申し訳ありません。爵位を受け継ぎながら不甲斐なくこのような事態になってしまいました」
 ウェイランド伯爵の目には涙が浮かんだが、爵位を手放す覚悟ができたのか、声は揺れていなかった。



 翌々日、ウェイランド伯爵はリーナを連れて王都へ戻ることになった。
 王都から護衛してきた二人にエドガーが加わる。リーナの侍女であるアリーセも一緒だ。
「父上、母上、アルノルトが領地に戻るようなことがあれば、対処をお願いします。私は財務局の書類を精査してみます」
 ウェイランド伯爵が父と母に頭を下げた。
「領地のことは任せておけ。リーナのことをよろしく頼む。思った以上に無謀な性格のようだから」
 リーナを見てエックハルトが笑っている。リーナは恥ずかしそうに俯いた。
「わかっています。リーナに何かあれば、確実にウェイランド伯爵家は破滅ですからね」
 ウェイランド伯爵も笑い返した。しかし、本当に怖い従姉と、最強と噂されるその息子のことは洒落では済まないと思っていた。



「私は可愛い義妹を売ろうとした。弟のことで狼狽えていたとはいえ、本当に最低の義兄だな。済まなかった」
 馬車の中でウェイランド伯爵がリーナに頭を下げた。エックハルトに似た真面目そうなウェイランド伯爵は、普段はそのようなことをする人には見えない。本当に我を忘れていたのだとリーナは思う。
「いいえ、伯爵としてご家族と領民を守ろうとするのは当然のことです。私の方こそ、巻き込んでしまった可能性があります。申し訳ありません」
 ルドルフがリーナを愛人にしたいがため、アルノルトに罪を着せた可能性がある。そうであるのならば、巻き込んでしまったのはリーナの方だった。
「そう思うならば、リーナの義兄となるアルノルトのために、ハルフォーフ将軍殿に力添えを頼んでください。この件に片がつけば、リーナはハルフォーフ将軍殿と婚約ですね。楽しみでしょう」
 もちろんウェイランド伯爵は従甥であるディルクのことを知っており、リーナの恋人であることも聞かされていた。だからからかうようにそう言った。
 リーナは恥ずかしそうに俯く。

 望まぬ婚約が辛くてリーナが俯いたのだとアリーセは思っていた。

 王都まで馬車で五日の旅。ディルクならば馬を早駆けさせて二日で駆け抜ける。
 満月まであと八日あるので、行き違いになることはないだろうとリーナは計算していた。
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