牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈

文字の大きさ
49 / 52

SS:将軍閣下の休日

しおりを挟む
「起こすの、もう少し遅くても良かったのに」
 いつもより早い時間に起こしに来たアリーゼに、ディルクは少し責めるような口調でそう言った。
「ごめんなさい、私が頼んだのです。早朝だけ見ることができる不思議な花が咲いていると庭師から聞いたので、二人で見たいと思って。駄目ですか?」
 今日はディルクの休日であった。騎士団へは次男のツェーザルが将軍代理として出勤している。リーナはせっかくの休日だから早く起きて、できるだけ長い時間ディルクと一緒に過ごしたいと思っていた。

「駄目なんかじゃない。僕はリーナが望むなら大陸の果てまでだって一緒に行くよ」
 ディルクは盛大に首を横に振っている。
『相変わらず大げさな。お庭だから、二十分も歩けば着くのに』
 アリーゼは嬉しそうなディルクを半ば呆れながら見ていた。


 ハルフォーフ家の庭は広大である。その中をディルクとリーナは手を繋いでゆっくりと歩く。しばらく歩くと庭師が待ち構えていた。彼の先導で日陰になった花壇に行くと、そこには朝露に濡れて、まるでガラス細工のように透明な小さな花が咲いている。
「なんて綺麗なの。まるでおとぎの国のようね」
「本当に綺麗だな。でも、リーナの方がもっと綺麗だと思うよ」
「ディルク、恥ずかしいわ。でも、とても嬉しい」
 微笑みながら見つめ合うディルクとリーナ。朝日を受けて輝くリーナの髪もまた、透明な花と同じように清澄であった。



 美しい花を堪能した二人は、再び手を繋いで朝食が用意されている食事室へと向かう。ディルクにとっては運動などと呼ぶことはできない短い散歩だったが、リーナにとってはちょうどいい感じの運動量だったようだ。
「朝食もゆっくりとることができるので、楽しみですね」
 いつもは出勤の時間があるので、短時間で朝食を済ませているディルクであるが、今朝は時間を気にしなくていい。
「二人だけだったならば、もっと良かったのだけど」
 ディルクは残念そうに屋敷の方を見た。
 母は二人の結婚を機に別棟に移り住んだが、一人でとる食事は味気ないと食事時は本棟にやって来る。二人の弟も爵位を継いで王都に屋敷を持っているが、未婚のためハルフォーフ家の屋敷に同居している。四男も子爵となる予定であるが幼いためやはり同居中だ。
 広い屋敷であるので、別々に食事をしたいと言えばもちろん叶えられるが、母を早くに亡くし、多忙な父と年の離れた兄との寂しい食卓しか経験したことがないリーナは、皆での賑やかな食事を望んだ。
「でも、皆さんと一緒に食事をすると楽しいわ」
 リーナにそう言われると、とても反対できないディルクだった。



「リーナさん、今度の夜会用のドレスが午後に届くのよ。試着してみましょうね」
 立派なダイニングチェアに座った母が、満面の笑みでリーナを見つめている。
「母上。本日でなくてもいいでしょう。今日のリーナは僕とずっと一緒ですから」
 大きな体でリーナを隠すようにしてディルクが答えた。
「あら、清楚な白に青碧のリボンが飾られているドレスなのよ。そんなドレスを着たリーナさんをディルクは見たくないの? 可愛いと思うけれど」
 母は余裕の笑みでディルクを見た。抗し切れずにディルクは思わず頷いていた。
 勝利を確信して母は拳を握りしめる。

「ディルク兄様、本日は僕に剣術を教えてください」
 四男のマリオンが頭を下げる。ディルクはこう見えても大国の将軍。大陸最強といわれる剣の使い手だ。マリオンもまだ十三歳だが、普通の騎士なら互角にやり合えるほどの腕前になっていた。
「リーナが着替えている間ならいいよ」
 弟を可愛がっているディルクであるが、やはりリーナを優先したい。マリオンは少し不満そうだったが、仕方がなしに頷いた。

「兄上、少し戦術について詰めておきたいのですが」
 三男のヴァルターは常にディルクと行動を共にしていた。ディルクが王都外へ移動する場合も精鋭部隊の一員として同行する。ディルクに何かあった場合は速やかに全権をヴァルターに移し、別行動をしている次男ツェーザルが将軍位に就くまで暫定的に騎士団の指揮を執ることになっている。
 万が一将軍が凶刃に倒れたとしても、国を荒らす訳にはいかない。ヴァルターの任務もまた重責である。想定できる有事にできるだけ備えておきたいと思うヴァルターだった。
「明日では駄目なのか?」
 当然騎士団でもディルクとヴァルターは共に勤務している。
「兄上は多忙ですから、中々時間がとれません」
 大国の将軍であるディルクは、終戦後もかなり忙しい。
「私は図書室で本を呼んでおりますから」
 リーナがそう言うと、ディルクは悲しそうに頷いた。

「兄上、今から騎士団に出勤しますが、溜まった書類の確認はしませんから。明日頑張ってくださいね」
 ツェーザルはディルクの気分を落ち込ませるような言葉を残して家を出ていく。

「旦那様、ちょっとよろしいですか? 領地から定期連絡がありましたのでご相談したいことがございます」
 執事が書類を手に食事室にやって来る。
 ディルクは将軍であると共に侯爵でもある。広大な領地には代官を置いているが、ディルクの判断が必要なことが多々あった。
「わかった。後で執務室へ来てくれ」
 ディルクはため息をつきながらリーナを見た。


 美しいハルフォーフ家の庭は茜色に染まっている。忙しい将軍の休日も夕方を迎えてしまった。
 庭の四阿にディルクはリーナを誘って、色を変えていく庭を見ている。
「ごめん。ばたばたして中々一緒に過ごせない。もう一日が終わりそうだ」
 残念そうに項垂れるディルク。リーナは微笑みながら首を振る。
「朝にはガラスのような美しい花を一緒に見て、今、消え行く太陽を二人で見送っているの。とても楽しい一日だったわ。本当に幸せよ」
 夕日に赤く染まったリーナもとても美しいとディルクは感じ、そっとリーナの頬に手を伸ばす。
「愛している」
「私もよ」
 そう紡ぐはずだったリーナの言葉は、ディルクの唇に阻まれてしまった。
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。 だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。 それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。 しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。 怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。 戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...