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第一章:奔走する者と、機を待つ者。
第17話 暗黙の了解(1)
しおりを挟む16年前、公爵家の次男がとある子爵家の令嬢と恋に落ちた。
学校で知り合った事がきっかけだったらしい。
2人の愛は学び舎にて順調に育まれ、やがて婚約をするまでに至った。
しかしそれを良しとしない者が居た。
公爵家の次男、その姉である。
本来、貴族の結婚は同じ爵位か1つ差の範囲内で行うのが通例である。
しかし子爵家は、家格的には公爵より3つも下。
普通なら結ばれない2人だった。
それが成ったのは、単に次男の両親が個人の感情に配慮がある親だったからに他ならない。
しかし姉は、どうやら通例から外れたソレが、どうしても許せなかった様だ。
『姉はその令嬢に常日頃から相当辛く当たっていたらしい』というのは、事が全て終わった後で囁かれ始めた噂である。
しかもその噂の現場は、主に大人の目が届きにくい学校内だった。
わざとぶつかったり、足を引っ掛けたり、雑巾を投げられたり。
そんな陰湿な事が繰り返されていたという。
陰湿だが、1つ1つは良くある些細な出来事だった。
しかしそれだって、積もれば次第に疲弊していく。
そんな彼女達の様子に、外野達は少なからず気付いていた。
しかし当時、声を上げようとした者は誰一人として居なかった。
姉の『公爵令嬢』という権力に逆らってまで助ける勇気がなかった。
おそらくはそれが理由だろう。
一方、令嬢の婚約者・公爵家次男である彼も、その事実には気付いていた。
しかし「心配をかけまい」として彼女はその事実を彼には伝えていなかったし、嫌がらせの内容も命の危険に晒されるような深刻な物ではない。
だから「姉上も結婚すれば認めてくれるさ」と、楽観視していた。
そんな中、とある事件が起こった。
子爵令嬢が15歳時である。
王城で開催された社交開始のパーティーで、令嬢は婚約者の姉から赤ワインをドレスへと引っ掛けられた。
言い逃れが出来ないほど見事に、そのドレスには大きなシミが出来た。
そして衆人環視の中で、令嬢は姉にこう言われたのだ。
「あら貴方、居たのね。全く気付かなかったわ。……それにしてもそんな汚れたドレスで王城のパーティーに参加し続けるなんて、王族の方々に対して失礼が過ぎるのではなくて?」
自分が汚した事などすっかりと棚に上げて、彼女はそう言いながら鼻で笑った。
そして、親切よろしくこんな提案をしてくる。
「仕方がないわね。私が新しいものを用意してあげるから、さっさと着替えていらっしゃいな」
満面の笑みで告げられた言葉は、婚約者の姉から与えられた究極の二択だった。
私の慈悲にすがるか。
それとも、黙って此処を去るか。
もしもその慈悲にすがれば、おそらくそれ以降、彼女に対して頭が上がらなくなる。
もしも彼女の言葉に何か反論でもしようものなら、きっと今回の事をやり玉に挙げて、こう言うだろう。
「あの時助けてあげたのだから、貴方は私に大恩がある筈だけれども」
と。
つまりもしも今彼女にすがるのなら、令嬢の未来に自身の意志は存在しない。
しかし黙ってここを去れば、姉は嬉々として言うだろう。
『王族が主催するパーティーを途中で退席する様な非常識をする女が公爵家の一員になる事など、認められない』と。
つまりもしもここを去るのならば、婚約は解消される。
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