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第一章:奔走する者と、機を待つ者。
第16話 知っておくべきこと
しおりを挟むセシリアがヴォルド公爵のお茶会への参加を決めてから、5日後。
お茶会の前日であるその日、ゼルゼンがセシリアに好声をかけた。
「セシリア、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
場所は、昼下がりの庭園。
辺りには他に誰も居ないその場所で過ごす優雅なティータイムを遮る声に、セシリアは特に気分を害した様子もなく視線を向けた。
「どうしたの?」
そんな風に『友人』の声を後押しすれば、ゼルゼンは「ずっと気になっていた事がある」と話を切り出した。
「この前の社交パーティーで、お前が途中退室した理由の建前についてだ」
そう告げると、セシリアはほんの1秒の逡巡の後で「あぁ、もしかして」と言葉を返す。
「あの王城パーティーでの?」
「あぁ。きっと元々の理由は『腹が立ったから』なんだろうけど……お前が言い訳を用意しない筈がないからな」
俺にもきちんとその建前を教えておいてくれ。
ゼルゼンは、真剣な顔でそう言った。
王城パーティーでの、断りもない途中退場。
その行いは、明らかにマズイ。
それはマナー違反なんて生優しいものではなく、間違いなく不敬に値する行いだ。
本来ならば。
あの時。
常にセシリアの事を注視していたゼルゼンにとって、セシリアの感情の振れはまるで手にとるように分かった。
そして、その感情を持った彼女が、次にどんな行動に出るのかも。
実際、ゼルゼンはセシリアの行動を見事に読み解き、それに則した行動を起こした。
しかしその際、彼女が貴族としてどんな建前を以って行動しているのかにまでは、残念ながら思い至らなかったのだ。
『貴族の義務』を決して疎かにしない彼女が、ソレを脅かす様な事をなんの建前もなく行う筈がないと、分かっていたのに。
あの時は、それで良かった。
当時のゼルゼンに求められていたのは、あくまでもあの場での臨機応変さだ。
そしてそれは、セシリアの行動そのものに対するフォローだけで事足りた。
しかし今後は違う。
今後、セシリアはその建前を前提に行動する。
建前のありかを知らずして、彼女の言動を完璧にトレースする事は出来ないだろう。
だから。
「お前はあの日、ただ周りに対して『ドレスを汚されたから帰る』と言って、主催者に断りもなく実際にその場を後にした」
その時、実際にゼルゼンは彼女の後ろに控えてはいなかった。
その役をポーラに任せて、自分は彼女が帰宅するための馬車の手配に走っていたのだ。
だからこれは、後でポーラから聞いた話である。
そして伝え聞いた事実は、本来ならば周りからある程度の糾弾があって然るべき事だろう。
それなのに。
「何故周りはお前ではなくモンテガーノ侯爵の方を批判してるんだ?」
そういう風に事態が推移している事は、仕事の一環としてマルクから逐一聞いている。
彼は、きっとセシリアの行動の建前を知っているのだろう。
しかしその理由を彼から聞く事はしなかった。
本人に聞けるのなら、本人の意思や思いも引っくるめて聞いた方がきっと確実で齟齬が無い。
そう思ったのは、単に『貴族家に仕える執事』としての自覚が彼にきちんと芽生えているからこそである。
執事の行動は、主人の評価に直結する。
つまりそれは『彼女がどれだけ上手く振る舞ったとしても、自分の行動一つでそれが全て無に帰す可能性がある』という事だ。
そしてそれは、主人に仕える立場としては絶対にあってはならない事である。
彼の真剣な目に、セシリアは一度「ふむ」と思案した。
そしてこう告げる。
「……そうね。それを説明するには、まず社交界で生まれた、とある『暗黙の了解』について話す必要があるわね」
少し話が長くなるけれど。
そう前置きをしてから、セシリアは社交界の裏の顔について静かに語り始めた。
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