【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第一章「復讐の序曲」

2、投げ捨てられた恋

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「本来なら、今夜、君の両親がいる前で正式に告げる予定だったが……当人が望むなら仕方がない。先に話すとしよう。
 アレイシア、俺の話とは、正式に君との婚約を解消したいというものだ」

 それは予想通りの発言であり、心の準備もしていたつもりだった。
 にもかかわらず、言われた瞬間、心臓が止まるほどの激しい衝撃を受けた私は、とっさにデリアンの胸元にすがりつき、息も絶え絶えに懇願する。

「……婚約を解消……? そんなの嘘でしょう? デリアン……お願いだから思い直して……!」

「いいや、俺は本気だ。今日をもって君との婚約を破棄する」

 いっそ『君を死刑に処する』と言われたほうがマシだった。
 再度、冷然と言い放つデリアンに抵抗して、私は激しくかぶりを振った。

「いやっ、いやっ……! 待って……デリアン……ううん、ジーク! 私との前世の約束を思い出して……!
 生まれ変わったら今度こそ一緒になろうって、あなた言ったじゃない!」

 麗しい顔に蔑みの色を浮かべ、エルメティア姫が私をあざ笑う。

「シア、妄想癖もその辺にしたら?
 小さい頃からその作り話を聞かされ続け、いい加減デリアンはうんざりしているのよ」

 私は真実だと訴えるためにデリアンの目の前に左手首を突き出す。

「いいえ、作り話なんかじゃないわ! 証拠にこの左手首の痣とデリアンの右手の痣は繋がっている。
 何度も言うように前世で心中にする時に、お互いの腕を紐で縛り合った痕なのよ――」

「もう止せ、アレイシア!」

 苛立ったようにデリアンが叫び、精悍な顔に苦みを浮かべ続ける。

「百歩譲って君の話が真実だったとしても、生まれ変わった以上は別の人格と人生だ。
 それなのになぜ別人だった頃の誓いを守らないといけない?
 かつて幾ら愛し合ってたとしても、一度死んだ時点でそれはもう終わったことだ」

 そのデリアンの言葉は正論だからこそ、瞬時に私の目の前を真っ暗にする効力と威力があった。

「終わった……こと?」

 私は呆然と、噛みしめるように復唱する。


 思えば、この18年間というもの、私はいつか必ずデリアンが――共に死ぬほど愛し合ったジークフリードが――記憶を取り戻す日をひたすら待ちわびてきた。

 だけど今ようやく分かった。
 デリアンが何一つ前世の記憶を思い出さないのは、それがもう「いらない」物だったからなのだ。
 私だけが後生大事に守ってきた、愛も、誓いも、夢も。

 がっくりと脱力し、デリアンの胸元から手を離し、膝から地面に崩れた私は、絶望が深いあまり、逆に笑いたくなった。

「……なんて、なんて私は……馬鹿だったのかしら……」

「アレイシア?」

 両手の指で地面を掻き毟りながら、血を吐くように想いを吐露する。

「……デリアン……あなたはもう終わったことだと言ったけど、少なくとも内乱が起こる前は私達、とても仲の良い幼馴染みで婚約者同士だったじゃない。
 私はただ、幼い頃からずっと、あなたの花嫁になる日だけを夢見て生きてきた……。
 だから……この半年間……他の女性と寄り添うあなたとを見るのは……とても、とても、辛かったわ……!」

 でもその苦しみもこれでやっと終わる。
 私は最後の言葉を言い終えると、素早く胸元に忍ばせておいた短剣を取り出す。
 そして、両手に握り込むと、すかさず喉元に向かって一気に振り下ろした。

 婚約破棄を言い渡されたその場で死ぬ、これ以上の当てつけ行為があるだろうか?

 デリアン、これが私のあなたの心変わりへの――新しい恋への、はなむけよ――

 耐え難い苦しみを一刻も早く終わらせるついでに、その万分の一でも返すべく、せめて二人の瞳に私の死に様を焼き付けてやるのだ。
 一生忘れられない心の傷になることを祈って――

「止めろ、シア!!」

 ところが今となっては元・婚約者となったデリアンは、大声をあげて飛びかかるや、素早く私の手首を掴んで喉元に届く寸前に剣先を止める。
 まさに神速の動き。
 さすが並び立つ者無き武勇の将デリアンというところか。
 腕を捻り上げられ無理矢理地面に押さえつけられた私は、下から恨みをこめてデリアンを睨み上げ、吐き捨てる。

「……死なせてもくれないなんて……ひどい人……!!」

 でも幸運なことに、私にはまだ、歯という最後の武器が残されている。
 迷いなく舌を噛み切ると、たちまち口中に血が充満し、唇の間からだらーっと零れ出た。

「ちょっと!! 何しているの、シアっ! 誰か来てっ!! カエイン!!」

 直後、エルメティア姫のけたたましい声が鳴り響き。
 視界が闇に落ちる寸前――私は、鳥のように漆黒のマントを広げて舞い降りる、美しい悪魔の幻影を見た――
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