【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

文字の大きさ
3 / 67
第一章「復讐の序曲」

3、最悪な目覚め

 目を開くと視界に映ったのは、二度と見ることがないと思っていた侯爵家の自室のベッドの天蓋だった。

「起きたのですね、アレイシアお嬢様!
 ただ今、旦那様や奥様を呼んで参ります」

 すぐ横で聞きなれた侍女のエリスの声がした後、パタパタと駆けていく足音が響く。

「……えっ……?」

 にわかに状況が飲み込めずに呆然としていると、部屋に勢い良く駆け込んでくる人物があった。

「シアっ――やっと目覚めたのね!!」

 灰色の瞳を怒りで燃やした騎士服姿の母が、水色の髪とマントを靡かせてこちらへ駆け寄って来る。
 ――と、いきなり、バチン、と、力任せに私の頬を平手打ちにした。 
 直後、頬に発火したような熱と痺れたような痛みが広がり、「これが夢ではない」と悟った私は、一気に頭から血の気が引く。

「恋に敗れたからと言って、あの世に逃げようとするとは情けない!!
 それでもお前は誇りあるバーン家の娘なの!!」

「……そんなっ……!?」

 ぶたれたことではなく、まだ自分が「生きている」という悪夢のような現実に衝撃を受け、思わず絶望の呻きが口から漏れた。

「シーラ、お前、何もいきなりぶたなくても……」

「そうです、母上、昨日死にかけたばかりのシアに向かって、何をなさるのですか!」

 母に続いて入室した父と兄が私を庇ってくれる。
 クリスティアン――クリス兄様の発言で、舌を噛んだのがまだ昨日のことだと分かった。
 幼児の頃から母には厳しくされてきたが、自ら死のうとした翌日でもまったく容赦がない。

「何を言っているの、ゲオルク、クリス!!
 元はといえばあなた達がシアに甘いから、こんなことになったんじゃないの!
 先の内乱の英雄であるデリアンとエルメティア姫はすでに周知の仲だった。だから、私は何度もこの子の傷が深くなる前に、婚約についてはっきりさせるべき訴えたのに!!
 あなた達がシアの頼みを聞いて、ずるずると確認を先伸ばしにしたから、こんなことになってしまったんでしょうに!」

 デリアンの心を取り戻す時間が欲しかった私は、何もしないで黙って見ていて欲しいと家族に頼み込んだのだ。

「しかし、内乱前までは、シアとデリアンの仲は良好そのもので挙式を待つばかりだった。シア本人の気持ちもあるが、私も父親として希望を捨てきれなかったのだ……。
 それに、今やカスター公となり王の腹心となった飛ぶ鳥を落とす勢いのデリアンとの婚約は、こちらから解消するにはあまりに惜しかった……」

 内乱が始まってすぐにデリアンは父を亡くし、公爵位と領地を引き継いでいた。
 兄も父の言葉に深く頷く。

「たとえ母上の言う通りであっても、俺にはどうしても、シア本人の気持ちを無視することができなかった……」

 私より2歳年上のクリス兄様は妹想いで、この数ヶ月間、同い年で友人のデリアンとは険悪状態だった。

「お母様、お父様とお兄様を責めないで下さい。悪いのはすべてこの私です……!」

 言いながら、この半年間で起こった辛い出来事が蘇り、勝手に全身が震えだす。

 自ら命を絶つことで、ようやくこの苦しみを終わらせられると思っていた。
 それなのに、いったいどうして噛み切ったはずの舌が治っているのか? 
 そんな私の疑問に答えるように、お父様が大きな溜め息をついて語りだす。

「何にしてもシア、お前の命が助かって良かった!
 それも、昨日お前が舌を噛んだ時、たまたま近くにこの国の筆頭宮廷魔法使いカエイン・ネイル様が居合わせ、治癒して下さったおかげだ。自分の運の良さとネイル様に感謝して、二度とこのような馬鹿な真似はしないようにな!」

 つまりこの悪夢のような状況の原因はカエイン・ネイルなのだ。
 たまたま近くに居あわせた?
 いいや違う。
 確かに私は意識が落ちる前、エルメティア姫が「カエイン」と呼ぶ声と、上から舞い降りる黒い影を見た。
 この国の齢300を超える宮廷魔法使いが年甲斐もなくエルメティア姫に懸想している話は有名なものだ。
 間違いなくエルメティア姫がカエイン・ネイルに私を助けるよう命じたのだ。

 許せない! いったい何様のつもり?
 短剣を止めたデリアンといい、私を苦しめている張本人達が、揃って私の「死ぬ権利」を邪魔するなんて!
 いったいどこまで私を生き地獄を味わわせたいというの?

 吐きそうなほどの怒りが腹の底からこみ上げてくる。

「しかもネイル様はお前の精神状態を心配し、昨夜わざわざ二番弟子のレイヴン様を使いに寄越して伝言を下さった。
 もしも死にたいほど辛いようなら、心を回復させる魔法薬を処方して下さるとね。
 ただし、個人に合わせて調合するので、お前が直接貰いに行く必要があるらしいが――」

 どうせその魔法薬とやらも、慈悲深いエルメティア姫が可愛そうな私に与えるよう、カエイン・ネイルに指示したのだろう。
 
 まったく、どれほど人を馬鹿にすれば気が済むのか。
 エルメティア姫の好意を受けるぐらいなら、自ら毒をあおってのたうち回って死んだ方がうんとマシだ。

 とはいえ、余計な真似をしてくれたお礼は、たっぷりカエイン・ネイルに伝えねばならない。
 
 恨みを込めて奥歯を噛み締める私の前で、お母様がいかにも疑わしそうな眼差しをお父様に向ける。

「ゲオルク、その話なんだけれど、私にはどうもうさん臭く感じられるわ。
 カエイン・ネイルは人嫌いで、冷たく残忍な性格だとの評判だもの。
 果たしてそんな人物が無償で他人を助けようとするかしら?
 その魔法薬とやらの見返りに、後から何を求められるやら……」

 母の否定的な意見を遮るように私は発作的に言う。

「お父様! 私、ぜひカエイン・ネイル様にお会いして、その魔法薬を頂きたいわ!」
感想 43

あなたにおすすめの小説

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

【完結】試される愛の果て

野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。 スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、 8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。 8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。 その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、 それは喜ぶべき縁談ではなかった。 断ることなったはずが、相手と関わることによって、 知りたくもない思惑が明らかになっていく。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています