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第一章「復讐の序曲」
4、復讐の序曲
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「そうかシア、ならばネイル様はこの数日中は城にいるので、事前の連絡なしでいつでも取りに来ていいとのことだ」
その時、お母様が「ふん」と鼻を鳴らし、
「勝手にしなさい……! でもいいことシア、今は忙しくて暇がないけれど、時間が出来たら私がたっぷりあなたをしごいて、その軟弱な根性を叩き直してやるわ!」
そう吐き捨てると、マントを翻して靴音高く部屋から出て行く。
「待ってくれ、シーラ!」
それを追うように父は数歩進みかけてから私を振り返り、
「いいか、シア――ネイル様に会う際は、くれぐれも言動には気をつけるのだぞ。
あと、無事に魔法薬を頂いたら、デリアン――カスター公のことはもう忘れて、ほとぼりが冷めるまではお前は王都から離れ、領地かもしくはどこかの保養地で静養した方がいいだろう。
――では、私達はしばらく多忙なので、後は頼んだぞ、クリス!」
早口で捲し立てると、慌てた様子で黒髪を振り乱して走り去っていった。
一人この場に残った母譲りの水色の髪と灰色の瞳をしたクリス兄様が、ベッドの傍らの椅子に腰掛け、私の手を取って両手で優しく包み込む。
「シア、母上はあんな言い方をしても、昨夜、屋敷を訪ねてきたデリアンに、お前があまりにも憐れだと激しい剣幕で詰め寄っていた。
父上も、娘を無用に傷つけたと苦言した上で、二度と顔を見せるなと玄関で追い返したんだ」
「お母様と、お父様が……」
兄の言葉と手の温もりから家族の愛情を感じ取った私は、これから自分がやろうとしていることを思って心が酷く痛んだ。
けれど、前世からの愛を失った絶望と、この胸に燃えさかるドス黒い恨みと憎しみの炎は、親兄弟への情よりはるかに強烈だった。
私は暗い決意をすると共に、部屋の隅にある箱時計を眺め、針が午前中を指しているのを確認してから、お兄様に向き直る。
「……クリス兄様……できれば今日中に、ネイル様に魔法薬を貰いに行ってもいいかしら?」
「昨日の今日で? 大丈夫なのか?」
クリス兄様がそう言ったのは、王城へ行けば、またエルメティア姫やデリアンと顔を合わせる可能性があるからだろう。
「ええ、このまま屋敷にいると……どうしようもない事を考え続けて……却って馬鹿なことをしでかてしまいそうなの……!」
クリス兄様の端正な顔がさっと曇る。
「そうか……分かった……シア。
昼食を取ったらすぐに一緒に出かけよう」
カエイン・ネイルのおかげで私の舌は完全に治癒しており、元々身体の方はなんともない。
問題は食欲が微塵も無いことだったが、私は出かけるために料理を無理矢理口の中へ突っ込んだ。
ところが、身体が生きることを拒否するかのように、一口ごとに吐き気をおぼえ、思いのほか食べ終わるまで時間がかかってしまった。
ようやく昼食を済ませると身支度を整えて馬車へと乗り込む。
王城へと向かう途中、クリス兄様が私に忠告する。
「父上が言っていたように、ネイル様に会う際には特に言葉使いに気を遣わねばならない。
過去に不興を買った者達がその場で首をはね飛ばされたという逸話はお前も聞いたことがあるだろう?」
天才魔法使いカエイン・ネイルはあらゆる属性の魔法を操る。
中でも特に風魔法を得意とし、過去、鋭い風の刃を放っては多くの者の首を刈り取ってきたらしい。
「はい、お兄様、勿論です。ネイル様は、何でも、その首に腐らない魔法をかけて目立つ場所に飾るのがお好きなそうですね」
淀みなく答える私に、クリス兄様はまるで正気を疑うような眼差しを向けて注意した。
「笑いごとじゃない」
どうやら首だけになった未来の自分を想像し、無意識に口元がゆるんでいたらしい。
「いいか、シア。
ネイル様は宮廷魔法使いとして数百年この国の発展に尽力し、先の内乱では反国王派の勝利を後押しした、国王陛下でさえ頭の上がらないお方なのだ。
しかも大の人嫌いで高位貴族だろうと滅多に会えるような人物ではない。
最上位の敬意を払って接するように」
クリス兄様の言うように、カエイン・ネイルは王族以外が会うのは極めて難しい存在。
かくいう私も昨日一瞬姿を見たのが初めてだった。
「分かっているわ、クリス兄様」
神妙な顔を作って頷いてみせたものの、内心では逆に「どうやったら一番カエイン・ネイルを怒らせることかできるのか」という主題について考え続けていた。
誰がエルメティア姫の犬ごときに敬意を払うものか。
待っていなさい、カエイン・ネイル。
命を助けてくれたお礼に、今まで誰にも言われたことのないような、最上級の侮辱の言葉をあなたに贈ってあげる。
やがて馬車が城門をくぐり、自らの破滅を望む私は昨日に引き続き、王城であるルーン城へと入っていった――
その時、お母様が「ふん」と鼻を鳴らし、
「勝手にしなさい……! でもいいことシア、今は忙しくて暇がないけれど、時間が出来たら私がたっぷりあなたをしごいて、その軟弱な根性を叩き直してやるわ!」
そう吐き捨てると、マントを翻して靴音高く部屋から出て行く。
「待ってくれ、シーラ!」
それを追うように父は数歩進みかけてから私を振り返り、
「いいか、シア――ネイル様に会う際は、くれぐれも言動には気をつけるのだぞ。
あと、無事に魔法薬を頂いたら、デリアン――カスター公のことはもう忘れて、ほとぼりが冷めるまではお前は王都から離れ、領地かもしくはどこかの保養地で静養した方がいいだろう。
――では、私達はしばらく多忙なので、後は頼んだぞ、クリス!」
早口で捲し立てると、慌てた様子で黒髪を振り乱して走り去っていった。
一人この場に残った母譲りの水色の髪と灰色の瞳をしたクリス兄様が、ベッドの傍らの椅子に腰掛け、私の手を取って両手で優しく包み込む。
「シア、母上はあんな言い方をしても、昨夜、屋敷を訪ねてきたデリアンに、お前があまりにも憐れだと激しい剣幕で詰め寄っていた。
父上も、娘を無用に傷つけたと苦言した上で、二度と顔を見せるなと玄関で追い返したんだ」
「お母様と、お父様が……」
兄の言葉と手の温もりから家族の愛情を感じ取った私は、これから自分がやろうとしていることを思って心が酷く痛んだ。
けれど、前世からの愛を失った絶望と、この胸に燃えさかるドス黒い恨みと憎しみの炎は、親兄弟への情よりはるかに強烈だった。
私は暗い決意をすると共に、部屋の隅にある箱時計を眺め、針が午前中を指しているのを確認してから、お兄様に向き直る。
「……クリス兄様……できれば今日中に、ネイル様に魔法薬を貰いに行ってもいいかしら?」
「昨日の今日で? 大丈夫なのか?」
クリス兄様がそう言ったのは、王城へ行けば、またエルメティア姫やデリアンと顔を合わせる可能性があるからだろう。
「ええ、このまま屋敷にいると……どうしようもない事を考え続けて……却って馬鹿なことをしでかてしまいそうなの……!」
クリス兄様の端正な顔がさっと曇る。
「そうか……分かった……シア。
昼食を取ったらすぐに一緒に出かけよう」
カエイン・ネイルのおかげで私の舌は完全に治癒しており、元々身体の方はなんともない。
問題は食欲が微塵も無いことだったが、私は出かけるために料理を無理矢理口の中へ突っ込んだ。
ところが、身体が生きることを拒否するかのように、一口ごとに吐き気をおぼえ、思いのほか食べ終わるまで時間がかかってしまった。
ようやく昼食を済ませると身支度を整えて馬車へと乗り込む。
王城へと向かう途中、クリス兄様が私に忠告する。
「父上が言っていたように、ネイル様に会う際には特に言葉使いに気を遣わねばならない。
過去に不興を買った者達がその場で首をはね飛ばされたという逸話はお前も聞いたことがあるだろう?」
天才魔法使いカエイン・ネイルはあらゆる属性の魔法を操る。
中でも特に風魔法を得意とし、過去、鋭い風の刃を放っては多くの者の首を刈り取ってきたらしい。
「はい、お兄様、勿論です。ネイル様は、何でも、その首に腐らない魔法をかけて目立つ場所に飾るのがお好きなそうですね」
淀みなく答える私に、クリス兄様はまるで正気を疑うような眼差しを向けて注意した。
「笑いごとじゃない」
どうやら首だけになった未来の自分を想像し、無意識に口元がゆるんでいたらしい。
「いいか、シア。
ネイル様は宮廷魔法使いとして数百年この国の発展に尽力し、先の内乱では反国王派の勝利を後押しした、国王陛下でさえ頭の上がらないお方なのだ。
しかも大の人嫌いで高位貴族だろうと滅多に会えるような人物ではない。
最上位の敬意を払って接するように」
クリス兄様の言うように、カエイン・ネイルは王族以外が会うのは極めて難しい存在。
かくいう私も昨日一瞬姿を見たのが初めてだった。
「分かっているわ、クリス兄様」
神妙な顔を作って頷いてみせたものの、内心では逆に「どうやったら一番カエイン・ネイルを怒らせることかできるのか」という主題について考え続けていた。
誰がエルメティア姫の犬ごときに敬意を払うものか。
待っていなさい、カエイン・ネイル。
命を助けてくれたお礼に、今まで誰にも言われたことのないような、最上級の侮辱の言葉をあなたに贈ってあげる。
やがて馬車が城門をくぐり、自らの破滅を望む私は昨日に引き続き、王城であるルーン城へと入っていった――
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