5 / 67
第一章「復讐の序曲」
5、カエイン
なんとしてもカエイン・ネイルを怒らせ、デリアンとエルメティア姫が忘れられないような、出来るだけ残忍な殺し方をして貰うのだ。
数百年とは言わないが、せめて二人が生きている数十年は語り草になるように、なるべく悲惨な、あるいは印象的な死に方がいい。
全身細切れにされるか、伝説のように首を斬られて腐らない魔法をかけられ、いつも二人が目にするような場所に飾られるのが理想だ。
そんな救いようのない最期の望みを遂げるべく訪れたルーン城は、王国一巨大な建物だけあって、内部はかなり複雑で入り組んだ構造となっていた。
幼い頃は前王の息子である王太子の遊び相手にと、頻繁に兄弟で両親に連れられてきていたが、最近は宮廷夜会の晩ぐらいしか城を訪れる機会がなかったので、現在も武官として出仕しているクリス兄様頼りで城内を進んでいく。
偶然かわざとかは分からないが、私達はエルメティア姫やデリアンに出くわさずに、魔法使い達の居住区画の入り口へと到達した。
複雑なレリーフと凝った装飾が施された巨大な両開き扉は、前に立っただけで触れずともひとりでに勝手に開き――
天井の高いホールに足を踏み入れるのとほぼ同時に、奥から光沢のある水色のローブを纏った、青髪の女性のように綺麗な顔をした青年が現れた。
「レイヴン様」
クリス兄様が呼びかけると、応えるように青年が私の顔を見ながら挨拶する。
「初めましてアレイシア様。私はカエイン様の二番弟子のレイヴンと申します。
いらっしゃるのをお待ちしておりました」
いったん言葉を切ると、レイヴンという魔法使いはクリス兄様に向き直り謝罪する。
「クリスティアン様、申し訳ありませんが、ここから先はアレイシア様のお一人のみお通しするように言われております」
「一人で大丈夫か?」
心配そうに尋ねるクリス兄様に私は頷く。
「大丈夫よ」
どっちみちカエイン・ネイルとは二人きりで話したかったので、クリス兄様には席を外して貰う予定だったからちょうど良かった。
「薬の調合には時間がかかりますゆえ、帰りは私共でお送りします」
「では、シア、俺は先に屋敷へ帰って待っている」
別れ際、私より頭一個分目線の高いクリス兄様の顔を見上げ、私は最後にお礼の言葉を伝えた。
「ええ、送ってくれてありがとう。クリス兄様」
小さな頃からいつも私を庇ってくれた、優しい兄への感謝とお別れの気持ちをこめて――
その後、レイヴンに付き従って歩き、何階分もの階段を上ってゆきながら、私は、つくづく無理して昼食を食べておいて良かったと思った。
どうやら王族以外がこの国の最高位魔法使いに会うには体力も必要らしい。
やがて階段が途絶えたのでこれで終わりかと思いきや、通路を突き当たりまで進むと、また階段場に出た。
「ここからはお一人でどうぞ。
この塔の最上部にカエイン様はいらっしゃいます」
レイヴンに示された果てしなく続くような螺旋階段を見上げた私は、殺して貰いに行くのもゆるくないものだと思った。
はっきり言って普段から体力を鍛えていない、ただのか弱い令嬢であったなら、とても上りきれなかっただろう。
しかし途方もない階段を上って到着した一番上の、中央にやけに豪華な大きなベッドが置かれている部屋は無人だった。
もしかしたら嫌がらせなのだろうかと疑いながら、ベッドを回って室内を観察すると、棚と棚の間の見えにくい位置に扉があった。
開くとさらに細い階段が続いていて、あやうくキレそうになったところで空気の流れを感じ、はっとして一気に駆け上がる。
塔の最上部へ飛び出すとそこは屋根つきの見晴台になっていて、高所特有の強い風が吹き抜けていた。
さっと見回した瞳に、一方の端で黒いマントをはためかせて立つ、カエイン・ネイルらしき人物の背中が映った。
私は歩み寄りつつ、王でさえ恐れる存在をいきなり呼び捨てにする。
「会いに来てやったわよ、カエイン・ネイル!」
ピクッと肩が反応するにように動いて振り返ったのは――濡れたような漆黒の髪に妖しく輝く金色の瞳、白皙の極めて整った顔立ちをした、魔性的なほどの凄絶せいぜつな美貌の、どう見ても見た目20代前半から半ばの青年。
――昨日、意識を失う寸前に見た美しい悪魔だった――
「王族以外に呼び捨てにされるのは206年ぶりだ」
どうやら細かい記憶の持ち主らしい。
「あなたみたいな裏切り者には敬称をつける価値もないわ!」
一瞬、見惚れてしまった自分を口惜しく思いながら、さっそく憎まれ口を叩く。
「裏切り者?」
興味を引かれたように問い返し、カエインは私の顔をじっと見つめた。
「そうよ、前王を裏切り、今は簒奪王に仕える卑しい身分でしょう?」
「とてもその簒奪王に仕えている侯爵家の娘とは思えない台詞だな」
ともすれば風の音で聞き逃しそうなその静かな声の受け答えに、普段、口汚い台詞を言い慣れておらず、なかなか効果的な煽あおり文句を吐けない自分に苛立つ。
あえてカエインの言葉を無視して、私は嫌みったらしい口調で続けた。
「しかも前王を裏切った理由が、エルメティア姫への恋で盲目になったゆえというじゃないの!
300歳のいい年をして色に惚けて主人を裏切るなんて、あなた、自分が恥ずかしくないの?」
「352歳だ」
カエインは冷静に訂正して、口元を歪め、初めて無表情だった顔に笑みを浮かべた。
「男に捨てられたという理由で舌を噛みきったお前がそれを言うのか?」
「……っ!?」
逆に痛い部分を突かれて言葉に詰まる。
「そういえばエティーも一昨日、お前を笑い者にしていたな。
武勇で鳴らすバーン家の娘が、花嫁修行に明け暮れた挙げ句、肝心の花婿に逃げられるなんて、王国中のいい笑い者だとな」
「黙りなさいよ!」
一瞬目の前がカッと赤くなって、思わずカエイン・ネイルの胸倉を掴んで睨み上げる。
怒りと悲しみの感情が溢れて止まらなかった。
数百年とは言わないが、せめて二人が生きている数十年は語り草になるように、なるべく悲惨な、あるいは印象的な死に方がいい。
全身細切れにされるか、伝説のように首を斬られて腐らない魔法をかけられ、いつも二人が目にするような場所に飾られるのが理想だ。
そんな救いようのない最期の望みを遂げるべく訪れたルーン城は、王国一巨大な建物だけあって、内部はかなり複雑で入り組んだ構造となっていた。
幼い頃は前王の息子である王太子の遊び相手にと、頻繁に兄弟で両親に連れられてきていたが、最近は宮廷夜会の晩ぐらいしか城を訪れる機会がなかったので、現在も武官として出仕しているクリス兄様頼りで城内を進んでいく。
偶然かわざとかは分からないが、私達はエルメティア姫やデリアンに出くわさずに、魔法使い達の居住区画の入り口へと到達した。
複雑なレリーフと凝った装飾が施された巨大な両開き扉は、前に立っただけで触れずともひとりでに勝手に開き――
天井の高いホールに足を踏み入れるのとほぼ同時に、奥から光沢のある水色のローブを纏った、青髪の女性のように綺麗な顔をした青年が現れた。
「レイヴン様」
クリス兄様が呼びかけると、応えるように青年が私の顔を見ながら挨拶する。
「初めましてアレイシア様。私はカエイン様の二番弟子のレイヴンと申します。
いらっしゃるのをお待ちしておりました」
いったん言葉を切ると、レイヴンという魔法使いはクリス兄様に向き直り謝罪する。
「クリスティアン様、申し訳ありませんが、ここから先はアレイシア様のお一人のみお通しするように言われております」
「一人で大丈夫か?」
心配そうに尋ねるクリス兄様に私は頷く。
「大丈夫よ」
どっちみちカエイン・ネイルとは二人きりで話したかったので、クリス兄様には席を外して貰う予定だったからちょうど良かった。
「薬の調合には時間がかかりますゆえ、帰りは私共でお送りします」
「では、シア、俺は先に屋敷へ帰って待っている」
別れ際、私より頭一個分目線の高いクリス兄様の顔を見上げ、私は最後にお礼の言葉を伝えた。
「ええ、送ってくれてありがとう。クリス兄様」
小さな頃からいつも私を庇ってくれた、優しい兄への感謝とお別れの気持ちをこめて――
その後、レイヴンに付き従って歩き、何階分もの階段を上ってゆきながら、私は、つくづく無理して昼食を食べておいて良かったと思った。
どうやら王族以外がこの国の最高位魔法使いに会うには体力も必要らしい。
やがて階段が途絶えたのでこれで終わりかと思いきや、通路を突き当たりまで進むと、また階段場に出た。
「ここからはお一人でどうぞ。
この塔の最上部にカエイン様はいらっしゃいます」
レイヴンに示された果てしなく続くような螺旋階段を見上げた私は、殺して貰いに行くのもゆるくないものだと思った。
はっきり言って普段から体力を鍛えていない、ただのか弱い令嬢であったなら、とても上りきれなかっただろう。
しかし途方もない階段を上って到着した一番上の、中央にやけに豪華な大きなベッドが置かれている部屋は無人だった。
もしかしたら嫌がらせなのだろうかと疑いながら、ベッドを回って室内を観察すると、棚と棚の間の見えにくい位置に扉があった。
開くとさらに細い階段が続いていて、あやうくキレそうになったところで空気の流れを感じ、はっとして一気に駆け上がる。
塔の最上部へ飛び出すとそこは屋根つきの見晴台になっていて、高所特有の強い風が吹き抜けていた。
さっと見回した瞳に、一方の端で黒いマントをはためかせて立つ、カエイン・ネイルらしき人物の背中が映った。
私は歩み寄りつつ、王でさえ恐れる存在をいきなり呼び捨てにする。
「会いに来てやったわよ、カエイン・ネイル!」
ピクッと肩が反応するにように動いて振り返ったのは――濡れたような漆黒の髪に妖しく輝く金色の瞳、白皙の極めて整った顔立ちをした、魔性的なほどの凄絶せいぜつな美貌の、どう見ても見た目20代前半から半ばの青年。
――昨日、意識を失う寸前に見た美しい悪魔だった――
「王族以外に呼び捨てにされるのは206年ぶりだ」
どうやら細かい記憶の持ち主らしい。
「あなたみたいな裏切り者には敬称をつける価値もないわ!」
一瞬、見惚れてしまった自分を口惜しく思いながら、さっそく憎まれ口を叩く。
「裏切り者?」
興味を引かれたように問い返し、カエインは私の顔をじっと見つめた。
「そうよ、前王を裏切り、今は簒奪王に仕える卑しい身分でしょう?」
「とてもその簒奪王に仕えている侯爵家の娘とは思えない台詞だな」
ともすれば風の音で聞き逃しそうなその静かな声の受け答えに、普段、口汚い台詞を言い慣れておらず、なかなか効果的な煽あおり文句を吐けない自分に苛立つ。
あえてカエインの言葉を無視して、私は嫌みったらしい口調で続けた。
「しかも前王を裏切った理由が、エルメティア姫への恋で盲目になったゆえというじゃないの!
300歳のいい年をして色に惚けて主人を裏切るなんて、あなた、自分が恥ずかしくないの?」
「352歳だ」
カエインは冷静に訂正して、口元を歪め、初めて無表情だった顔に笑みを浮かべた。
「男に捨てられたという理由で舌を噛みきったお前がそれを言うのか?」
「……っ!?」
逆に痛い部分を突かれて言葉に詰まる。
「そういえばエティーも一昨日、お前を笑い者にしていたな。
武勇で鳴らすバーン家の娘が、花嫁修行に明け暮れた挙げ句、肝心の花婿に逃げられるなんて、王国中のいい笑い者だとな」
「黙りなさいよ!」
一瞬目の前がカッと赤くなって、思わずカエイン・ネイルの胸倉を掴んで睨み上げる。
怒りと悲しみの感情が溢れて止まらなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
【完結】試される愛の果て
野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。
スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、
8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。
8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。
その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、
それは喜ぶべき縁談ではなかった。
断ることなったはずが、相手と関わることによって、
知りたくもない思惑が明らかになっていく。
幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています