【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第二章「勇気ある者は……」

7、笑う資格

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「嫌だと言ったら?」
「え?」
「シアが俺以外の男と二人きりで一晩明かすなど実に不愉快だ」
「はぁっ……?」

 切れ気味で返す私に向かい、カエインはニヤリと笑いかける。

「だが、お前は一度言い出したらきかない女だ。
 仕方ないので今日は帰って明日の昼過ぎに出直すが、くれぐれも浮気だけはするなよ?」

 恋人気取りの発言には心底むかついたものの、一刻も早くセドリックと二人だけで話をしたかった私は、無駄な掛け合いはせず、ギロッとカエインを睨むだけに留める。

 ほどなく漆黒のマントを翻してカエインが鉄扉の向こうへ消えたあと――セドリックが意外そうな声をあげる――

「驚いた、 ずいぶん仲が良いんだね!
 カエインが笑っているのを初めて見たかもしれない」

「そうなの?」

 エルメティアと一緒にいる時は笑っていなかったのだろうか? 疑問をおぼえつつも、興奮して頬を上気させるセドリックを見つめる。

「うん、いつも無表情だったよ――と、言っても僕がカエインを見かけたのなんて、数えるほどだけれど……。
 何代も前の王の時代から、宮廷内の仕事は一番弟子のアロイスが勤めていたから、滅多に彼の姿を見かけることはなかったんだ。
 ねぇいったいシアはどうやって彼と知り合い、どうしてここに来たの!? あとこの髪は……?」

 いっぺんに質問してくるセドリックに、私は順を追って、これまでのいきさつを説明する。
 セドリックはつぶらな瞳を見張り、真剣な表情で私の話に聞き入った。

「――そうか……そんなことが……。
 デリアンとエティーが近々婚約することは僕も知っていた……。
 わざわざ一昨日エティーがここに教えにやってきたからね」

「エルメティアが? ここに出入りしているの?」

「うん、二、三週間に一度の頻度で、僕を冷やかしにここにやってくるよ……」

 幼い頃からエルメティアはセドリックを馬鹿にするのが趣味で、『セドリックの癖に』というのが口癖だった。

「……そう……」

「それにしても、シア、 死のうとするだなんて馬鹿なことをっ! 
 僕がいたら絶対にそんなことはさせなかったのに……」

 私の両腕を掴んで、自身のことのように辛そうな表情で訴える、セドリックの変わらぬ優しさに胸が痛む。

「あなたを……見捨てた、こんな私に、そんなことことを言ってくれるの?」

「当たり前だろう! 何があろうと、君は僕にとってかけがえのない大切な人だ。
 それに見捨てただなんて思っていやしないよ。
 君が何をしようと、どう言おうと、あの時の状況は何も変わらなかった。
 長年に渡る父の治世に対する鬱積がついに溢れた瞬間だったのだから――」

 セドリックの父親であるエリオット3世は、遠征先で父王が戦死したことにより10歳の若さで国王に即位した。
 若すぎた王は叔父のサージ公の言いなり状態で傀儡と呼ばれ、その頃からのたび重なる失政と、貴族間の争いの裁定の一貫性のなさにより、徐々に国民と貴族両方の信望を失っていった。

 そうしてサージ公亡き後、エリオット3世は父に習って遠征を重ね、その費用捻出のために導入した新税で国民の、たび重なる軍役代納金の徴収で貴族からの大きな反発を招き、それがとうとう爆発して先の反乱が起こったのだ。

「いいえ……友人が窮地に陥っている時に、何もしようともしなかった私は、最低の屑よ!!
 私は親友のあなたのために、婚約者であるデリアンや、両親の説得を試みるべきだった」

「デリアンはこうと決めたら絶対に意志を変えない頑固者だし、君の両親だって娘の意見をきくような人たちではないよ」

「だからって口をつぐんでいていい理由にはならないわ!
 今回のことだけじゃない……幼い頃から、あなたはどんな時だって私の味方をしてくれたのに――
 私ときたらいつも自分のことばかりで、あなたがエルメティアに馬鹿にされているのを見ても、デリアンの目を気にして庇いもしなかったわ!」

「だけど、そういう時の君は、僕自身より辛そうな顔をしていたよ……」

「お願いだから、セドリック、軽蔑して笑ってちょうだい! そこまでして浅ましくデリアンの愛を求めた挙げ句、捨てられた惨めで間抜けな私を――」

「違うよシア、間抜けというのは、王太子でありながら不甲斐なく、叔父の反乱を話し合いで止めようとして、まんまとエティーに捕らえられたこの僕のような者のことを言うんだ!」

 二年半前、前王が父親の死地であるフィルドニア国へ遠征に出て、国を留守にしている隙に、王弟を筆頭にする諸侯が反乱を起こしたのだ。
 セドリックは話し合いで叔父を説得しようと、武装を解いて会い行った結果あっさり身柄を拘束された。

「しかも廃嫡されても、いまだにこうして生き恥を晒し、今だって足音を聞いて、ついに処刑の迎えが来たのかと毛布の中で怯えて震えていたんだ。こんな臆病で情けない僕を、君こそ笑うべきだ!」

 私は激しくかぶりを振って自分の胸に手を当てた。

「笑えるわけないでしょう?   こんなにも心が痛いのに!  だいたい私は人を笑えるほど強くも賢くもないわ」

「僕だってそうだ!」

 強く同意して私の身体を抱き寄せると、セドリックは惜しむように短くなった髪の毛に触れてくる。

「どうしても僕には理解できない……エティーは分かるけど、デリアンはなぜ君にここまでの惨い仕打ちを?
 間違いなく彼は君に好意を抱いていたはずなのに……いったい何があって急に豹変したんだ?」

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