【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第二章「勇気ある者は……」

6、お返しは……

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 同意を求められたデリアンは、発作的にたてがみのような金髪を掻き毟り、溜め息まじりに吐き捨てる。

「その女のことなら俺にはもういっさい関係がないし、興味もないので好きにするといい――と言いたいが――侯爵家に戻らなければ家族が心配するだろう?」

「あら、デリアン。逆にこの状態で戻ったほうが家族は心配すると思うわ」

 相変わらず人を人とも思わない会話の内容に、堪えきれぬ憤怒の感情が溢れて歪みかけた顔面を、不本意ながらもカエインの胸元に埋めて隠す。
 怒りでうち震える私の身体を、カエインの両腕が包み込むように抱きしめた。

「任かせてくれ――そこら辺は俺が、魔法薬の副作用が出たのでここで療養させるとでも、適当な理由を書いた手紙を侯爵家に送っておこう――」

「そういうことならカエイン、シアのことは全面的にあなたに任せるわ!
 ただし王国の二本の剣の片方と呼ばれているバーン家に、これ以上無駄な恨みは買いたくないから、くれぐれも死なない程度に可愛がるように気をつけてちょうだい」

「そこは心配無用だ。なにせ俺はベッドの上では蜜のように甘く優しい男だからな。
 殺すどころかシアの身体を毎日悦びで存分にとろけさせてやる予定だ。
 ――実はここに呼ばれる前にも少し味見をしていたのだが、想像以上にシアは甘美な味わいだった」

 もしかして舌を噛まれて口から血を垂れ流したことを言っているのだろうか。

「それは、それはお楽しみのところを邪魔して悪かったわね。
 だったらこれで話も終わったことだし、すぐにベッドに戻ってたっぷりシアを可愛がってあげるといいわ」

「ありがとう。ぜひそうさせて頂くよ」

 カエインの愉悦が滲んだ声に、低くくぐもったデリアンの声がかぶさる。

「エティー、俺は先に行く!」

「待ってデリアン、私も行くわ」

 慌てたようなエルメティアの声が響き、脇をすり抜けて行く二人の足音と気配がした直後、乱暴に扉が閉じられる音が室内に響き渡る――

 ――と、部屋に残された私は、

「いつまで図々しく抱いているのよ!!」

 八つ当たり気味に叫んでカエインの腕を振りほどき、力いっぱい胸を突き飛ばす。

 終始無言でしがみついていただけの私への嫌みなのか、

「なかなかの名演技だったじゃないか」

 ニヤニヤ笑いを浮かべて軽口を叩くカエインの顔を、今すぐ引っ掻いて血まみれにしてやりたかったが――他に優先すべきことがある私は、ぐっ、と堪える。

「そんな下らないことより、カエイン。
 さっそくだけど、今貸した分の取り立てをしてもいいかしら?」




 ――それから少し後――

「ねぇ、カエインここの階段は省略できないの?」
「……まあな……」

 私はカエインの後ろに続いてルーン城の地下牢獄を目指し、細く長く暗い階段を下っていた。

 貸した分のお返しにと私がカエインに求めたのは、この先にある牢獄で幽閉されている、幼馴染にして親友のセドリックとの面会だった。
 カエインは手に持った短い杖の頭部分の珠を光らせて、進行方向を照らしながら下へ下へと進んでいく。

 そうして地の底に吸い込まれていくような階段をひたすら下り――
 ようやく辿り着いた地下牢獄の入り口には、見上げるほど巨大な黄土色の岩でできた二体のゴーレムが立っていた。
 カエインは珠の光で私の顔を照らしだし「以降、この女はこの扉の中へと通してもいい」と門番のゴーレム達に告げてから、扉を開けるように指示を下す。

 開け放たれた扉をくぐれば――その先はいよいよ、両脇に鉄製の扉が並ぶ地下牢獄内の通路――

「この牢獄を守っている門番も見回りもはすべて、作り主である俺の指示にしか従わないゴーレムで、絶対に脱獄の手引きなどしないので安心だ。
 ――何しろ、人間というやつは裏切るからな」

 この男が言うと妙に説得力がある。

「しかもお前の会いたがっているセドリックのいる部屋は、この牢獄の最奥部分にあって、途中10体のゴーレムに会わないと辿りつけない場所にあるから、俺の許可無き者が潰されずに生きて通り抜けるのはまず不可能だ」

 解説しながら、カエインは見回りのゴーレムに出会うたびに、いちいち私の顔を見せて「この女は通していい」と教えていく。

 そして数えて10体目のゴーレムとすれ違った私の瞳に、ついに通路の突き当たりにある扉が映る。
 あそこが最奥部分のセドリックがいる牢屋に違いない。

 三年弱ぶりの親友との再会に舞い上がり、私は閂を開ける間ももどかしく、扉についた小さな覗き窓から中の様子を伺った。
 ところがぼーっと照らされた室内には毛布の塊が床に転がるだけで、特にセドリックらしき姿は見えなかった。
 本当にこの中にセドリックがいるのだろうか? 
 疑問を感じながらも、扉が開くのと同時に私は室内に飛び込み、懐かしい幼馴染の名前を大声で呼ぶ。

「セドリック!! 私よ!!」

 すると、室内中央の床にあった毛布の塊が、ビクンと大きく跳ね上がり――次の刹那――中から叫んで立ち上がる人物があった。

「――その声、シアなの……!?」

「ええ、私よ、セド!!」

 煌く長い銀髪に、乙女のように甘く優しく美しい顔立ち、エルメティアと同色でありながらまったく逆の印象の陽だまりのように穏やかで温かい緑色の瞳。
 目の前に立っているのは間違いなく、絶世の美女であった前王妃に生き写しの、幼馴染の廃太子セドリックだった。

「本当にシアなの! ……これは夢……? 信じられないよ、君にまた会えるなんて……!?」

 セドリックは両腕を広げて感極まったように叫ぶと、いきなりがばっと私に抱きついてきた。

 苦しいほど強く抱きしめられながら、私はセドリックの肩越しに、石造りの粗末な牢屋内を見回す――

 見たところ調度は隅に置かれた椅子式便器のみで、見事なまでに毛布以外何もなく、唯一の照明である床に置かれたオイルランプが寒々しい室内を照らしている。

 ――これが一国の王子として生まれた者の現在の住まいとは……。

 そう思う一方、これほどまでに今の私の気分に合致した住処もないと思える。

 再会の興奮をおさめるようにセドリックが溜め息をつき、抱擁する腕の力を緩めたタイミングで、私は背後のカエインを振り返る。

「カエイン、私はセドと色々積もる話があるので、今夜はここに泊まることにするわ。
 悪いけどあなたは一度帰って、明日またここに来てくれる?」
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