【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

文字の大きさ
34 / 67
第四章「歓喜の瞬間」

8、足りないもの

しおりを挟む
「まさか、するわけがないよ……!
 逃げる道中、シアがずっと辛そうにしていた理由が分かって、すっきりはしたけどね。
 軽蔑されるべきなのも敗者という言葉が相応しいのも、いつも情に流され、大事な局面で判断を誤ってきたこの愚かな僕だ……!
 反乱時には戦いを避けようとして敵側に捕まり、父の敗北を後押しし、母を自死に追いやった――」

 セドリックの母親であるセレーナ妃は、ルーン城が占拠されるのに伴い反乱軍側の捕虜となっていたが、エリオット王の戦死の知らせを聞いた直後、自ら命を絶ったと聞いている。

「そうして今回も、見知らぬ者が倒れているのを見過ごせず、危うく最愛の君を巻き添えにして死ぬところだった!」

 叫んだセドリックの声と私の肩を抱く手は激しくぶるぶると震えていた。

「セドリック……」

「だが僕は、もう二度と同じ過ちは犯さないし、優先順位を間違わないと誓う!」 

 強い決意を滲ませるセドリックの声を耳にしながら、私も今まさに、優先順位を誤ろうとしていることに気がつく。

 言われたようにエルメティアの性格なら、手駒である世界第二位の魔法使いアロイスの力を最大限度に利用してくるだろう。
 ここで感情のままにカエインを拒めば不利な戦いになり、今度こそセドリックを巻き込んで破滅することになる――

「そうね、セドリック、あなたの言う通りだわ……」

 噛み締めるように呟く私をセドリックは熱く潤んだエメラルド色の瞳を見つめ、宣言するように言い放つ。

「ああ、これからは何よりも大切な君を優先する! 
 アレイシア愛してる! 君は僕のすべてで、命そのものだ」

「……え?」

 唐突な愛の告白に、一瞬耳を疑い、冗談かと思って問いかける。

「いきなり何を言いだすの、セドリック?」

「いきなりじゃない、言っても困らせるだけだと思って口にしなかっただけで、子供の頃からずっとシアだけを見つめ、想ってきた。
 今回死にかけて一番後悔したことも、僕が君をどれほど愛しているか伝えられなかったことだ!」

 呆気に取られる私の背後で、カエインが呆れたように呟く。

「セドの気持ちにはエティーですら気がついていたというのに、シアの鈍さは犯罪級だな」

「だって今まで一緒にいても、そんな雰囲気は微塵もなかったのに……。
 ごめんなさい、セドリック、私は……」

 気まずさに俯く私の返事をセドリックが途中で遮る。

「分かっているからいいよ。シアの瞳にデリアンしか映っていないのも、僕をまったく恋愛対象に見ていないことも長年のつきあいで身に染みている。
 ただ二度と後悔しないために、僕の気持ちを伝えて置きたかっただけなんだ」

「そうだとしても、臆面もなく人前で告白するあたり、セドは死にかけて何かが吹っ切れたようだな」

「その点に関してはあなたには敵いませんよ、カエイン。なにしろ僕は、シアにたいするのと同じように、幼い頃からつねにエティーを特別扱いするあなたを見てきました。
 だから正直、こうして助けられて世話になっていても疑念がある。こんなに簡単にシアに心を移し、エティーを見限ることができるのかと。
 ……信用したくても、僕はあなたのことを何も知らないに等しいし……」

 ――セドリックの発言が、私の中で、かつての母の言葉と重なる――

『自分に都合の良い想像をして、よく知りもしないものを簡単に信じるのは愚か者のすることよ。
 生き残りたいならばつねに己の目で見て確認し、考え続けなさい、アレイシア。真実から目を反らしたり、思考停止すれば、たちまち泥沼にはまりこむわ』

 思えば幼い頃から繰り返し母に言い聞かされてきた心構えは、すべて勝つために必要な論理であり、身についていないだけで私は勝者の「思考法」自体は知っている。

「別にシアさえ俺の愛を信じてくれれば、セドに信用されなくても構わない」

 すまして答えるカエインの台詞を受け、私はさっそく母の教えの実践に入る。

「カエイン、たしかに私は洞窟であなたを信じると言ったけど、セドリックが言うように、信じきるにはあまりにもあなたは謎が多過ぎるわ。エルメティアのこともそうだし、賢者の塔の塔主という立場、賢者の珠のことも……」

 以前の行いはともかく、出会ってからこれまでのカエインの私への態度はひたすら献身的で寛大なもの。ずっと彼を信じたいという欲求はあった。
 誠意の証明という面でも、欺き、利用するだけ利用して邪魔になったら始末するという、手酷い仕打ちを私に受けてもなお危機に駆けつけて救ってくれた今回の行動を合わせれば、足りないどころか多すぎるぐらいだ。

 だけど味方としてやっていく必要があるなら、それだけではいけないのだ――必要最低限度はカエインのことを知って理解しなければ――

 カエインは親指と人差し指で顎を挟み、少し考え込むような仕草をしたあと、頷く。

「それなら一つ一つ不明な点を解消していこう。ちょうどこの神殿には俺の立場を説明するのに分かりやすい壁画がある。もしシアが良ければ今から案内するが?」

「お願いするわ、カエイン」

「僕も行くよ!」

 慌てたように腰を浮かせるセドリックを止めようと、とっさに胸を押さえると、ぜいぜいとした呼吸が手に伝わってきた。

「駄目よ、セドリック。あなたはまだ横になっていないと!
 早く体力を回復させて、シュトラスへ一緒に移動しましょう」

 言い聞かせながら強引にセドリックをベッドに寝かせ、私は立ち上がった。

「では行こう」

 合わせるように漆黒のマントを翻してカエインが歩き出し、後を追い始める私に、セドリックが寂しそうな声で問いかける。

「……シア、あとで戻ってくる? このベッドは二人でも充分寝られるよ」

 私は盛大な溜め息をつき、いったん扉の前で立ち止まる。

「セドリック、私達、もう子供同士ではないのよ」

 牢屋の床に並んで寝るのと同じ寝台で寝るのはわけが違う。
 そうでなくてもセドリックの自分への気持ちを知った今、これまでのような距離感ではいられない。

「それは分かっているけど、今の僕にシアを襲う元気なんてないし、ここ最近ずっと夜は一緒だったので、一人寝が異様に寂しく感じる。何よりシアが好きだから、離れていたくないんだ……」

 どうやらセドリックは死にかけたせいで、羞恥心の針が振り切れてしまったらしい。
 困ったものだと思いつつ、

「……早く体力を回復させるためには、一人でゆっくり休んだほうがいいわ」

 つとめて素っ気なく言い、私はカエインを追いかけて廊下へと飛び出した――
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

処理中です...