不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

六志麻あさ

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第5章 勇者の試練

1 たどり着いた場所

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 ぐおおおおんっ……!

 咆哮とともにスラッシャーFが時空の狭間に落ちていく。
 ほどなくしてその姿は消え、声も聞こえなくなった。

 死んだのか、あるいはまったく別の空間に迷いこんだのか。

 ──異空間通路については、『一周目』の人生で僧侶のアリアンから聞いたことがあった。
 本来、二つの世界を行き来するのは神や魔王クラスの力が必要だ。
 人の力でそれを行うには、かなりの危険が伴うんだとか。

 希少で高価な素材を使った特別な儀式で通路を開く必要がある。
 しかも、その通路は不安定なうえに、あちこちに時空のねじれが生じており、そこに落ちたら二度と戻ってこられない──。

 俺が今いるのは、そんな空間だ。

「俺も、時空のねじれに落ちないようにしないとな……」

 ゾッとしながら周囲を見回す。
 辺りには、どこまでも七色の輝きが広がっており、前後左右どころか上下の感覚すら希薄だった。

 どこへ進めば、元の場所に戻れるのか。
 そもそも、戻ることが可能なのか。



 ──カナタ。



 俺を呼ぶ声が、どこかから聞こえた。
 美しい鈴の音のような、女性の声。

「この声──」

 俺は呆然とつぶやく。

「まさか、女神様……?」

 そう、かつて俺を異世界に召喚した女神様の声に似ている。



 ──そこにいるのですね、カナタ。



 次の瞬間、周囲の景色が切り替わった。

 七色の光の空間から、柔らかな日差しが差す草原へと。
 前方には美しい神殿がある。

 そして俺の目の前には、薄桃色の髪を長く伸ばした美女がたたずんでいた。
 すらりとした肢体に、純白の衣をまとっている。

「久しぶりですね、カナタ」

 やっぱり、女神様だった。

「どうして──」
「本来ならもう会うことはなかったはずなのですが、これも縁ですね」

 女神様が微笑んだ。

「あなたが迷いこんだ異空間通路は無数の時空と通じています。その一つが──私の領域につながったようですね」
「領域?」
「神の領域である天界──そこにほど近い場所。普段はつながることはないのですが、今日は時空乱流が激しく……たまたま接続したようですね。あなたの気配を感じたので、天界からここまで移動して来たのです」

 女神様が説明する。

「異空間通路ってそんな場所にまでつながっているんですか?」
「本来は、ここまで広範囲にさまざまな空間に接続できるはずはないのですが──」

 俺の問いに、女神様は少し困惑したような顔で、

「あなたが勇者の使命を拒否したことで、歴史が変わり──あるいは因果律そのものが乱れ、二つの世界に影響が出ているのかもしれません。あなたの世界と異世界との間の通路が大きく開き始めているのも、そのためでしょう」
「俺のせいで……?」
「カナタが気に病むことではありません。勇者の使命は強制ではありませんので。自らの意志で決めたこと。胸を張ってよいのですよ」

 女神さまの笑みはどこまでも優しい。

「神の力をもってしても、この空間を完全に安定することは至難の業です。ですが、明日には時空流も収まるでしょう。その後でなら、安全にあなたを元の場所に戻すことができます」
「本当ですか。よかった」
「今日は神殿にとどまってください」
「ありがとうございます!」



「あなたのために神殿内に部屋を用意しました。即席で作ったものですが、どうかゆっくりお休みください」

 至れり尽くせりだ。

「何から何までありがとうございます。

 俺は再度礼を言い、女神様とともに神殿内を進む。

 途中、兵士たちと何度かすれ違った。
 白い仮面に幾何学的なデザインの甲冑姿。

「あれは?」
「私のしもべである神操兵です」

 と、女神様。

「分かりやすく言えば、天使のようなものですね」
「天使……」

 まるでロボットのような無機質な印象だ。
 等間隔に並んだ神操兵とやらは、どこか不気味な印象を漂わせていた。

 俺と女神様は、かつ、かつ、と足音を鳴らし、神殿を進んでいく──。

「あ、そうだ」

 俺はふと思いついた。

「実は──ベルクやアリアンが俺のいる世界に来ているんです。もう死にましたけど、フィーラも。俺を勇者にするために、襲ってきたんです」
「そう……ですか」

 わずかに表情を暗くし、うつむく女神様。

「ベルクやアリアンも強硬手段を取ってくる可能性は十分にあります。だから俺、もっと強くなりたい」
「では、あれをお渡ししましょう」
「えっ」
「『一周目』で使い慣れたものです」

 と、女神様。

「それって、まさか」
「ええ、勇者の聖剣です」

 女神さまが微笑んだ。

「確か、二周目の人生には一周目で得たアイテムは引き継げないんじゃ……?」

 一周目の人生で、老衰で死ぬ直前に聞かされた話を思い出す。

「ええ、引き継ぐことはできません。ですから、カナタ──あなたはあらためて聖剣に認めてもらう必要があります」

 女神様が言った。

「その試練には危険が伴いますが──どうしますか」
「……やります」

 俺は決断した。

 ベルクやアリアンのことだけじゃない。
 魔族だって、これからも現れるかもしれない。

 もっと力をつけなきゃならない──。
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