96 / 135
第5章 勇者の試練
1 たどり着いた場所
しおりを挟む
ぐおおおおんっ……!
咆哮とともにスラッシャーFが時空の狭間に落ちていく。
ほどなくしてその姿は消え、声も聞こえなくなった。
死んだのか、あるいはまったく別の空間に迷いこんだのか。
──異空間通路については、『一周目』の人生で僧侶のアリアンから聞いたことがあった。
本来、二つの世界を行き来するのは神や魔王クラスの力が必要だ。
人の力でそれを行うには、かなりの危険が伴うんだとか。
希少で高価な素材を使った特別な儀式で通路を開く必要がある。
しかも、その通路は不安定なうえに、あちこちに時空のねじれが生じており、そこに落ちたら二度と戻ってこられない──。
俺が今いるのは、そんな空間だ。
「俺も、時空のねじれに落ちないようにしないとな……」
ゾッとしながら周囲を見回す。
辺りには、どこまでも七色の輝きが広がっており、前後左右どころか上下の感覚すら希薄だった。
どこへ進めば、元の場所に戻れるのか。
そもそも、戻ることが可能なのか。
──カナタ。
俺を呼ぶ声が、どこかから聞こえた。
美しい鈴の音のような、女性の声。
「この声──」
俺は呆然とつぶやく。
「まさか、女神様……?」
そう、かつて俺を異世界に召喚した女神様の声に似ている。
──そこにいるのですね、カナタ。
次の瞬間、周囲の景色が切り替わった。
七色の光の空間から、柔らかな日差しが差す草原へと。
前方には美しい神殿がある。
そして俺の目の前には、薄桃色の髪を長く伸ばした美女がたたずんでいた。
すらりとした肢体に、純白の衣をまとっている。
「久しぶりですね、カナタ」
やっぱり、女神様だった。
「どうして──」
「本来ならもう会うことはなかったはずなのですが、これも縁ですね」
女神様が微笑んだ。
「あなたが迷いこんだ異空間通路は無数の時空と通じています。その一つが──私の領域につながったようですね」
「領域?」
「神の領域である天界──そこにほど近い場所。普段はつながることはないのですが、今日は時空乱流が激しく……たまたま接続したようですね。あなたの気配を感じたので、天界からここまで移動して来たのです」
女神様が説明する。
「異空間通路ってそんな場所にまでつながっているんですか?」
「本来は、ここまで広範囲にさまざまな空間に接続できるはずはないのですが──」
俺の問いに、女神様は少し困惑したような顔で、
「あなたが勇者の使命を拒否したことで、歴史が変わり──あるいは因果律そのものが乱れ、二つの世界に影響が出ているのかもしれません。あなたの世界と異世界との間の通路が大きく開き始めているのも、そのためでしょう」
「俺のせいで……?」
「カナタが気に病むことではありません。勇者の使命は強制ではありませんので。自らの意志で決めたこと。胸を張ってよいのですよ」
女神さまの笑みはどこまでも優しい。
「神の力をもってしても、この空間を完全に安定することは至難の業です。ですが、明日には時空流も収まるでしょう。その後でなら、安全にあなたを元の場所に戻すことができます」
「本当ですか。よかった」
「今日は神殿にとどまってください」
「ありがとうございます!」
「あなたのために神殿内に部屋を用意しました。即席で作ったものですが、どうかゆっくりお休みください」
至れり尽くせりだ。
「何から何までありがとうございます。
俺は再度礼を言い、女神様とともに神殿内を進む。
途中、兵士たちと何度かすれ違った。
白い仮面に幾何学的なデザインの甲冑姿。
「あれは?」
「私のしもべである神操兵です」
と、女神様。
「分かりやすく言えば、天使のようなものですね」
「天使……」
まるでロボットのような無機質な印象だ。
等間隔に並んだ神操兵とやらは、どこか不気味な印象を漂わせていた。
俺と女神様は、かつ、かつ、と足音を鳴らし、神殿を進んでいく──。
「あ、そうだ」
俺はふと思いついた。
「実は──ベルクやアリアンが俺のいる世界に来ているんです。もう死にましたけど、フィーラも。俺を勇者にするために、襲ってきたんです」
「そう……ですか」
わずかに表情を暗くし、うつむく女神様。
「ベルクやアリアンも強硬手段を取ってくる可能性は十分にあります。だから俺、もっと強くなりたい」
「では、あれをお渡ししましょう」
「えっ」
「『一周目』で使い慣れたものです」
と、女神様。
「それって、まさか」
「ええ、勇者の聖剣です」
女神さまが微笑んだ。
「確か、二周目の人生には一周目で得たアイテムは引き継げないんじゃ……?」
一周目の人生で、老衰で死ぬ直前に聞かされた話を思い出す。
「ええ、引き継ぐことはできません。ですから、カナタ──あなたはあらためて聖剣に認めてもらう必要があります」
女神様が言った。
「その試練には危険が伴いますが──どうしますか」
「……やります」
俺は決断した。
ベルクやアリアンのことだけじゃない。
魔族だって、これからも現れるかもしれない。
もっと力をつけなきゃならない──。
咆哮とともにスラッシャーFが時空の狭間に落ちていく。
ほどなくしてその姿は消え、声も聞こえなくなった。
死んだのか、あるいはまったく別の空間に迷いこんだのか。
──異空間通路については、『一周目』の人生で僧侶のアリアンから聞いたことがあった。
本来、二つの世界を行き来するのは神や魔王クラスの力が必要だ。
人の力でそれを行うには、かなりの危険が伴うんだとか。
希少で高価な素材を使った特別な儀式で通路を開く必要がある。
しかも、その通路は不安定なうえに、あちこちに時空のねじれが生じており、そこに落ちたら二度と戻ってこられない──。
俺が今いるのは、そんな空間だ。
「俺も、時空のねじれに落ちないようにしないとな……」
ゾッとしながら周囲を見回す。
辺りには、どこまでも七色の輝きが広がっており、前後左右どころか上下の感覚すら希薄だった。
どこへ進めば、元の場所に戻れるのか。
そもそも、戻ることが可能なのか。
──カナタ。
俺を呼ぶ声が、どこかから聞こえた。
美しい鈴の音のような、女性の声。
「この声──」
俺は呆然とつぶやく。
「まさか、女神様……?」
そう、かつて俺を異世界に召喚した女神様の声に似ている。
──そこにいるのですね、カナタ。
次の瞬間、周囲の景色が切り替わった。
七色の光の空間から、柔らかな日差しが差す草原へと。
前方には美しい神殿がある。
そして俺の目の前には、薄桃色の髪を長く伸ばした美女がたたずんでいた。
すらりとした肢体に、純白の衣をまとっている。
「久しぶりですね、カナタ」
やっぱり、女神様だった。
「どうして──」
「本来ならもう会うことはなかったはずなのですが、これも縁ですね」
女神様が微笑んだ。
「あなたが迷いこんだ異空間通路は無数の時空と通じています。その一つが──私の領域につながったようですね」
「領域?」
「神の領域である天界──そこにほど近い場所。普段はつながることはないのですが、今日は時空乱流が激しく……たまたま接続したようですね。あなたの気配を感じたので、天界からここまで移動して来たのです」
女神様が説明する。
「異空間通路ってそんな場所にまでつながっているんですか?」
「本来は、ここまで広範囲にさまざまな空間に接続できるはずはないのですが──」
俺の問いに、女神様は少し困惑したような顔で、
「あなたが勇者の使命を拒否したことで、歴史が変わり──あるいは因果律そのものが乱れ、二つの世界に影響が出ているのかもしれません。あなたの世界と異世界との間の通路が大きく開き始めているのも、そのためでしょう」
「俺のせいで……?」
「カナタが気に病むことではありません。勇者の使命は強制ではありませんので。自らの意志で決めたこと。胸を張ってよいのですよ」
女神さまの笑みはどこまでも優しい。
「神の力をもってしても、この空間を完全に安定することは至難の業です。ですが、明日には時空流も収まるでしょう。その後でなら、安全にあなたを元の場所に戻すことができます」
「本当ですか。よかった」
「今日は神殿にとどまってください」
「ありがとうございます!」
「あなたのために神殿内に部屋を用意しました。即席で作ったものですが、どうかゆっくりお休みください」
至れり尽くせりだ。
「何から何までありがとうございます。
俺は再度礼を言い、女神様とともに神殿内を進む。
途中、兵士たちと何度かすれ違った。
白い仮面に幾何学的なデザインの甲冑姿。
「あれは?」
「私のしもべである神操兵です」
と、女神様。
「分かりやすく言えば、天使のようなものですね」
「天使……」
まるでロボットのような無機質な印象だ。
等間隔に並んだ神操兵とやらは、どこか不気味な印象を漂わせていた。
俺と女神様は、かつ、かつ、と足音を鳴らし、神殿を進んでいく──。
「あ、そうだ」
俺はふと思いついた。
「実は──ベルクやアリアンが俺のいる世界に来ているんです。もう死にましたけど、フィーラも。俺を勇者にするために、襲ってきたんです」
「そう……ですか」
わずかに表情を暗くし、うつむく女神様。
「ベルクやアリアンも強硬手段を取ってくる可能性は十分にあります。だから俺、もっと強くなりたい」
「では、あれをお渡ししましょう」
「えっ」
「『一周目』で使い慣れたものです」
と、女神様。
「それって、まさか」
「ええ、勇者の聖剣です」
女神さまが微笑んだ。
「確か、二周目の人生には一周目で得たアイテムは引き継げないんじゃ……?」
一周目の人生で、老衰で死ぬ直前に聞かされた話を思い出す。
「ええ、引き継ぐことはできません。ですから、カナタ──あなたはあらためて聖剣に認めてもらう必要があります」
女神様が言った。
「その試練には危険が伴いますが──どうしますか」
「……やります」
俺は決断した。
ベルクやアリアンのことだけじゃない。
魔族だって、これからも現れるかもしれない。
もっと力をつけなきゃならない──。
11
あなたにおすすめの小説
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
悪徳領主の息子に転生しました
アルト
ファンタジー
悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。
領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。
そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。
「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」
こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。
一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。
これなんて無理ゲー??
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
石しか生成出来ないと追放されましたが、それでOKです!
寿明結未(旧・うどん五段)
ファンタジー
夏祭り中に異世界召喚に巻き込まれた、ただの一般人の桜木ユリ。
皆がそれぞれ素晴らしいスキルを持っている中、桜木の持つスキルは【石を出す程度の力】しかなく、余りにも貧相なそれは皆に笑われて城から金だけ受け取り追い出される。
この国ではもう直ぐ戦争が始まるらしい……。
召喚された3人は戦うスキルを持っていて、桜木だけが【石を出す程度の能力】……。
確かに貧相だけれど――と思っていたが、意外と強いスキルだったようで!?
「こうなったらこの国を抜け出して平和な国で就職よ!」
気合いを入れ直した桜木は、商業ギルド相手に提案し、国を出て違う場所で新生活を送る事になるのだが、辿り着いた国にて、とある家族と出会う事となる――。
★暫く書き溜めが結構あるので、一日三回更新していきます! 応援よろしくお願いします!
★カクヨム・小説家になろう・アルファポリスで連載中です。
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる